千穐楽の翌日、劇場はまだ片付けの人の出入りで落ち着かない。
昨日あったことが、今日になってやっと消化できてきた気がする。
瑠璃子のことも、嘉月のことも、千景のことも、何もかもを一度に思い出すには、朝の空気はあまりにも冷たい。
舞台は終わっている。
けれど衣装も小道具も山のように残っていて、裏方の仕事はむしろ今日の方が多いほど。
千穐楽が終われば、綺麗に幕が下りるわけではない。
華やかな表の裏で、残されたものをもとへ戻す手がいくつも要る。
本来なら、千景は久しぶりの休みのはず。
それでも今日は、一緒に劇場へ来てくれた。
理由は言わなかった。
けれど昨夜、嘉月の話をした時の千景の表情を見れば、私にもわかる。
嘉月のことを、千景は気にしているのだ。
それはただ警戒しているというより、もっと深いところで引っかかっている顔。
劇場の入口で階段を上ろうとした時、不意に声がかかった。
「弥生さん」
振り返ると、嘉月が立っていた。
昨日と同じく落ち着いた洋装姿で、けれど今日は迷いなくこちらへ歩いてくる。
昨日は確かに面影を追うような目だった。
けれど今日は、何かを確かめるために来た人の目をしていた。
「少し、お話ししたいことがあるのですが」
「……私に、ですか」
「ええ」
その一歩前に、千景が静かに庇うように、わずかに前へ出る。
「妹に何か」
嘉月の視線が千景へ移る。
その目が、一瞬だけ鋭くなった。
「妹、か。千之助君」
「……何だ」
「ひとつ、聞いてもいいだろうか」
嘉月は私ではなく、千景をまっすぐ見た。
「千宗殿の血液型と、君自身の血液型は」
あまりに予想外の唐突な問いに、目を見開いた。
千景も眉を寄せる。
劇場の入口近くとはいえ、人の声が絶えず行き交う場所で。
こんなところで口にする話ではない。
そう思ったのに、嘉月の声には一歩も退く気配がなかった。
「そして、弥生さん。君の血液型は?」
「なぜ、そんなことを尋ねる」
「不躾ですまないが、答えてほしい」
低いが、有無を言わせない声だった。
千景は数秒だけ嘉月を見返し、やがて短く答える。
「確か……父はAB型。俺はA型だ」
「うちは……検査したこと、あらしまへん」
「……そうか」
嘉月は、ごく小さく息を吐いた。
その顔から、迷いがひとつ消える。
「私はO型です」
「それが何だ」
「弥栄菊さんも、O型だった」
「な、なんで……そない……母の血液型まで……」
「……少し、場所を移しましょう」
空気が変わったのがわかる。
嘉月の顔を見ると、明らかに昨日のような遠慮のある顔をしていない。
この人は、ただ母の面影を見つけて声をかけてきた人ではないことは、もう確かだった。
人の目から外れた場所に移動すると、嘉月が少しずつ話し始めた。
昨日あったことが、今日になってやっと消化できてきた気がする。
瑠璃子のことも、嘉月のことも、千景のことも、何もかもを一度に思い出すには、朝の空気はあまりにも冷たい。
舞台は終わっている。
けれど衣装も小道具も山のように残っていて、裏方の仕事はむしろ今日の方が多いほど。
千穐楽が終われば、綺麗に幕が下りるわけではない。
華やかな表の裏で、残されたものをもとへ戻す手がいくつも要る。
本来なら、千景は久しぶりの休みのはず。
それでも今日は、一緒に劇場へ来てくれた。
理由は言わなかった。
けれど昨夜、嘉月の話をした時の千景の表情を見れば、私にもわかる。
嘉月のことを、千景は気にしているのだ。
それはただ警戒しているというより、もっと深いところで引っかかっている顔。
劇場の入口で階段を上ろうとした時、不意に声がかかった。
「弥生さん」
振り返ると、嘉月が立っていた。
昨日と同じく落ち着いた洋装姿で、けれど今日は迷いなくこちらへ歩いてくる。
昨日は確かに面影を追うような目だった。
けれど今日は、何かを確かめるために来た人の目をしていた。
「少し、お話ししたいことがあるのですが」
「……私に、ですか」
「ええ」
その一歩前に、千景が静かに庇うように、わずかに前へ出る。
「妹に何か」
嘉月の視線が千景へ移る。
その目が、一瞬だけ鋭くなった。
「妹、か。千之助君」
「……何だ」
「ひとつ、聞いてもいいだろうか」
嘉月は私ではなく、千景をまっすぐ見た。
「千宗殿の血液型と、君自身の血液型は」
あまりに予想外の唐突な問いに、目を見開いた。
千景も眉を寄せる。
劇場の入口近くとはいえ、人の声が絶えず行き交う場所で。
こんなところで口にする話ではない。
そう思ったのに、嘉月の声には一歩も退く気配がなかった。
「そして、弥生さん。君の血液型は?」
「なぜ、そんなことを尋ねる」
「不躾ですまないが、答えてほしい」
低いが、有無を言わせない声だった。
千景は数秒だけ嘉月を見返し、やがて短く答える。
「確か……父はAB型。俺はA型だ」
「うちは……検査したこと、あらしまへん」
「……そうか」
嘉月は、ごく小さく息を吐いた。
その顔から、迷いがひとつ消える。
「私はO型です」
「それが何だ」
「弥栄菊さんも、O型だった」
「な、なんで……そない……母の血液型まで……」
「……少し、場所を移しましょう」
空気が変わったのがわかる。
嘉月の顔を見ると、明らかに昨日のような遠慮のある顔をしていない。
この人は、ただ母の面影を見つけて声をかけてきた人ではないことは、もう確かだった。
人の目から外れた場所に移動すると、嘉月が少しずつ話し始めた。



