梨園の花嫁〜歌舞伎の御曹司は、芸妓の娘の義妹を手放せない〜

梨園の家の日常が、少しずつわかってきた。

父である宗景は、歌舞伎の当主として稽古と公演に追われる毎日を送っていた。
御曹司である千景も、学校が終わればすぐに稽古。

三味線、琴、笛、太鼓。
屋敷のあちこちから聞こえてくる音に紛れて、張りつめた声や、床を踏む足音が混じる。
片付けの途中や、廊下を拭いている最中に垣間見える稽古の様子は、思わず目を背けたくなるほど厳しい。

ひとつ動きを違えれば叱声が飛ぶ。
腰が落ちていない、指先が甘い、扇の返しが遅い。
汗を流しながら何度も繰り返すその姿は、私が京で見てきた芸事の稽古ともどこか似ていて、それでいてもっと苛烈だった。
舞台の上の華やかさは、ああいう時間の上に成り立っているのだと、嫌でもわかる。

宗景は、屋敷にいる日より劇場や稽古場にいる日のほうが多かった。
夕食にも姿を見せないことがよくある。
千景も学校が終わると、すぐに自宅かどこか別の場所での稽古。
休日は朝から稽古に出かけ、帰ってきてもすぐ自室に籠もるか、また別の稽古に向かった。

歌舞伎の御曹司として、幼い頃から舞台に立っているらしい。
そのせいか、千景はまだ若いのに、立っているだけでどこか空気が違った。
背筋の伸び方も、物を見る目も、何気なく襖を開ける所作ひとつも、すでに舞台の人のように見えることがあった。

薫子は私より二歳下の十歳。
家族の前では聞き分けのよい子を演じているが、誰の目も届かないところでは、私に露骨な態度を取ることが多々あった。

「ねえ、あなた、お母さんは芸妓だったの?」
「……はい」
「芸妓の子が、どうしてうちに来るの。迷惑じゃないの」

何も言えない。

迷惑かどうかは、私が決めることではない。
宗景が引き取ると言ったから、私はここへ来た。
けれど、だからといって、そう言い返すのも違う気がした。
きっと自分が薫子の立場なら、同じことを思ったに違いない。

「……ごめんなさい」
「また変な訛り。本当に気味が悪い」

薫子は鼻を鳴らし、そのまま行ってしまった。
その場に一人取り残され、私は廊下の窓から庭を見た。
そこには桜の木があった。
まだ蕾も見えず、枝ばかりが空に伸びていて、遠目にはただの枯れ木のように見えた。

春は来ているはずなのに、この屋敷ではまだ何もほどけない。
そんな気がした。