案内された部屋は、屋敷の北に位置する、いちばん奥まった場所にあった。
四畳半ほどの広さで、窓を開ければ中庭が見える。
きちんと掃除はされている。埃っぽさもない。
けれど、襖の紙の黄ばみや、置かれた箪笥の質も、廊下の向こうにちらりと見えた部屋とは明らかに違っていた。
「以前、使用人が使っていた部屋です」
案内してくれた人が、悪びれもせずに言った言葉に対して、私は、頷くことしかできない。
荷物を置き、一人になる。
それでようやく、胸の奥に詰まっていたものを少しだけ吐き出せた気がした。
祇園の置屋の畳とは違う。
足の裏に伝わる感触も、障子を抜ける風の冷たさも、この屋敷のものはどこか余所余所しい。
同じ畳のはずなのに、こんなにも温度が違うのかと思う。
なんて遠いところに来てしまったんだろう。
つい昨日まで、窓から見えていたのは祇園の石畳だった。
夕方になれば、どこからともなく三味線が流れてきて、姉さんたちの笑い声が混じった。
ここでも三味線の音は聞こえるのに、不思議なくらい別のものに聞こえる。
同じ音色のはずなのに、胸の奥をあたためるのではないのに、かえって祇園を思い出させた。
ぼんやりしていると、すっ、と障子が開いた。
「お前が弥生か?」
振り向くと、そこにいたのは、さっき障子の向こうで目が合った彼だった。
知らなければ、女性だと見間違えてしまうほど、この世のものとは思えないほどの美貌。
すらりとした体つき。端正な顔立ち。切れ長の目が、まっすぐ私を見る。
きつい目元なのに、睨みつけるような圧はない。ただ、静かだった。
「……はい、そうです」
「東城院千景。お前とは腹違いの兄になると聞いた」
千景。
その名前を、頭の中でそっと繰り返す。
私の兄にあたる人。
けれど異母兄弟だから、母親は違う。
そう言い聞かせても、その響きにはまだ馴染めなかった。
「弥生です。よろしゅう、おたの申します」
「ここでの生活は、しばらく慣れないことが多いだろう」
千景は短く頷くと、そのまま部屋に入ってきた。
そして畳の上に膝をつき、私と目線を合わせる。
急に近づいた気配が、今まで出会った誰とも違って、息が止まりそうになる。
「表立っては何もできないが、困ったことがあれば聞くといい」
「……はい」
「ただ、その京言葉は直した方がいい」
千景は淡々と言った。
責めるでもなく、憐れむでもなく、ただ事実だけを置いていくような口ぶり。
「この家で、『梨園の娘』として生きるなら、そうしろ」
それだけ言い残して、千景は立ち上がると、躊躇いなく障子を閉め、そのまま部屋を出ていった。
私はしばらく、閉まった障子を見つめていた。
冷たいのか、優しいのか、よくわからない人。
けれど、この屋敷に来て初めて、まともに言葉を交わした人だった。
四畳半ほどの広さで、窓を開ければ中庭が見える。
きちんと掃除はされている。埃っぽさもない。
けれど、襖の紙の黄ばみや、置かれた箪笥の質も、廊下の向こうにちらりと見えた部屋とは明らかに違っていた。
「以前、使用人が使っていた部屋です」
案内してくれた人が、悪びれもせずに言った言葉に対して、私は、頷くことしかできない。
荷物を置き、一人になる。
それでようやく、胸の奥に詰まっていたものを少しだけ吐き出せた気がした。
祇園の置屋の畳とは違う。
足の裏に伝わる感触も、障子を抜ける風の冷たさも、この屋敷のものはどこか余所余所しい。
同じ畳のはずなのに、こんなにも温度が違うのかと思う。
なんて遠いところに来てしまったんだろう。
つい昨日まで、窓から見えていたのは祇園の石畳だった。
夕方になれば、どこからともなく三味線が流れてきて、姉さんたちの笑い声が混じった。
ここでも三味線の音は聞こえるのに、不思議なくらい別のものに聞こえる。
同じ音色のはずなのに、胸の奥をあたためるのではないのに、かえって祇園を思い出させた。
ぼんやりしていると、すっ、と障子が開いた。
「お前が弥生か?」
振り向くと、そこにいたのは、さっき障子の向こうで目が合った彼だった。
知らなければ、女性だと見間違えてしまうほど、この世のものとは思えないほどの美貌。
すらりとした体つき。端正な顔立ち。切れ長の目が、まっすぐ私を見る。
きつい目元なのに、睨みつけるような圧はない。ただ、静かだった。
「……はい、そうです」
「東城院千景。お前とは腹違いの兄になると聞いた」
千景。
その名前を、頭の中でそっと繰り返す。
私の兄にあたる人。
けれど異母兄弟だから、母親は違う。
そう言い聞かせても、その響きにはまだ馴染めなかった。
「弥生です。よろしゅう、おたの申します」
「ここでの生活は、しばらく慣れないことが多いだろう」
千景は短く頷くと、そのまま部屋に入ってきた。
そして畳の上に膝をつき、私と目線を合わせる。
急に近づいた気配が、今まで出会った誰とも違って、息が止まりそうになる。
「表立っては何もできないが、困ったことがあれば聞くといい」
「……はい」
「ただ、その京言葉は直した方がいい」
千景は淡々と言った。
責めるでもなく、憐れむでもなく、ただ事実だけを置いていくような口ぶり。
「この家で、『梨園の娘』として生きるなら、そうしろ」
それだけ言い残して、千景は立ち上がると、躊躇いなく障子を閉め、そのまま部屋を出ていった。
私はしばらく、閉まった障子を見つめていた。
冷たいのか、優しいのか、よくわからない人。
けれど、この屋敷に来て初めて、まともに言葉を交わした人だった。



