『ドリアン山の最後の二等兵』~桃色の寺の菩提樹の下で~

「日本街道-ถนนญี่ปุ่น-だ」

 中村軍曹はそれだけ言って、先に歩き出した。

 道へ近づくにつれ、空気の匂いが変わった。

 腐葉土の甘い湿気に混じって、どこか焼けたような、古い汗のような匂いが漂ってくる。

 赤土は踏み固められ、丸太が横に渡されている。

 所々に石が積まれ、崩れかけた側溝の跡も見えた。軍用の道路だと、相沢にもすぐ分かった。

「ここを通れば兵站地に出られるんですか?」

 問いかけると、軍曹は小さく首を振った。

「もう使われていない。前に進出した時、現地の村人を集めて作らせた道だ、今では白骨街道だがな」

 その声には、疲労よりも重い何かが滲んでいた。

 相沢は足元を見た。赤土の間から、半分白骨化した人骨や、錆びた空薬莢が顔を出している。

 相沢が空の薬莢を拾い上げると、手の中で冷たく光った。

 誰かがここで撃ち、誰かがここで倒れたのだ。
 
 ふと、風が吹いた。
 
 鬱蒼としたジャングルの奥から、低い呻き声のようなものが聞こえた気がした。

 相沢は思わず振り返る。だが、そこには闇しかない。

「……聞こえましたか?」

「何も聞こえん」

 軍曹はそう言ったが、その歩調は少し早くなっていた。

 道は緩やかに山を巻いて続いている。

 両脇には切り倒されたまま朽ちかけた巨木が横たわり、白く乾いた幹が月明かりを反射していた。

 まるで骨の列のようだった。
 
 相沢の腹が鳴る。
 
 昼から何も食べていない。

 背嚢の中の握り飯はすでに腐りかけているだろう。

 だが、それでも食べるしかない。
 
 口に運んだ瞬間、酸っぱい匂いが鼻に抜けた。

 吐き気をこらえながら噛み砕く。
 
 その時だった。
 
 遠くに、かすかな灯が見えた。
 
 相沢は立ち止まる。
 
 闇の中に、橙色の点がいくつも揺れている―焚き火だ。

 人の気配だ。

「村かもしれん…」

 中村軍曹が呟いた。

 相沢の胸が高鳴る。

 食べ物。水。屋根。

 生き延びるためのすべてが、あそこにあるかもしれない。

 だが同時に、別の感情が喉元まで込み上げてきた。

 西田の白い顔。銃声。熱い赤土。

 ――俺は、生きるためなら何でもするのか。

 風に乗って、強烈な匂いが流れてきた。

 腐った果物のようで、どこか甘い。

「……ドリアンだ」

 軍曹が言う。

 灯はゆっくりと近づいてくる。

 いや、こちらが近づいているのだ。

 やがて木々の隙間から、高床の家と、裸足の子供の影が見えた。

 その瞬間、犬の激しい吠え声が夜を裂いた。

(つづく)