どんな理由があろうと、婚約式の当日に婚約者を猫に変えて入れ替わるなんて、絶対に許してはいけないことだ。
殿下を騙すことも。公爵家のみんなを欺くことも。
そして何より、ミレイユを勝手に白猫に変えたことも。
(絶対に戻る。この女のしたことを証明してみせる)
奥歯を噛みしめたい気分だった。
けれど、いまのミレイユにできるのは、小さな前足にぎゅっと力を込めることだけだ。
肉球のあいだから、かすかに爪がのぞいた。
魔女が立ち上がり、鏡の前に立つ。
「完璧。さあ、今日から私がミレイユ・ド・ブランシュフォールです」
「ミャ!ミャーーー!(待って!戻して!元に戻してください!)」
ミレイユは喉が痛くなるほど鳴いた。
けれど、それは甲高い猫の鳴き声でしかない。
言葉にはならないし、悔しさも伝わらない。
魔女がドアを開ける。そして振り向きもせずに言った。
「逃げなさい。さもなくば、侍女たちが見つけてしまう。不吉とされる猫がどんな扱いを受けるか——教えてあげなくてもわかっているでしょう?」
ドアが閉まった。
ぱたん、という音がやけに冷たく響く。
ミレイユは一人、広すぎる居室の床に取り残された。
(嘘でしょ。嘘よ。これは夢。夢に決まってる)」
ぶるぶると体が震える。
尻尾の先まで勝手に細かく揺れていた。
でも夢ではなかった。
冷たい床の感触も、速すぎる心臓の音も、ひげの先に触れる空気の流れさえ妙に生々しい。
どのくらいそうしていただろう。
やがて、ドアの向こうから廊下を走る足音が聞こえてきた。
侍女頭の声がする。
「ミャウ!ミャウ!!(ここ!ここにいる!私はここにいるよ!)」
ミレイユは弾かれたようにドアへ飛びついた。
前足でカリカリと引っ掻く。爪が木を削る、細く乾いた音だけが立つ。
けれど猫の力では、分厚いオーク材のドアはびくともしない。
二本足なら簡単に回せたはずの取っ手が、いまはひどく高いところにあった。
「部屋に!部屋に猫が入ってきて!!」
魔女が変身したミレイユが、侍女を伴って部屋に戻ってきてドアを開けた。
目が合った次の瞬間、その顔がみるみるうちに青ざめていった。
「ニャア!ニャア!ニャニャニャ!(私よ!ミレイユよ!)」
必死に鳴く。
足元に駆け寄ろうとしても、猫の声は猫の声でしかない。
もどかしさに喉の奥がひりついた。
「なぜ、なぜ猫が……!」
侍女頭が一歩、二歩と後ずさる。
顔が青いどころではない。紙みたいに白かった。
「だ、誰か!誰かいますか!お嬢様の部屋に猫が!」
殿下を騙すことも。公爵家のみんなを欺くことも。
そして何より、ミレイユを勝手に白猫に変えたことも。
(絶対に戻る。この女のしたことを証明してみせる)
奥歯を噛みしめたい気分だった。
けれど、いまのミレイユにできるのは、小さな前足にぎゅっと力を込めることだけだ。
肉球のあいだから、かすかに爪がのぞいた。
魔女が立ち上がり、鏡の前に立つ。
「完璧。さあ、今日から私がミレイユ・ド・ブランシュフォールです」
「ミャ!ミャーーー!(待って!戻して!元に戻してください!)」
ミレイユは喉が痛くなるほど鳴いた。
けれど、それは甲高い猫の鳴き声でしかない。
言葉にはならないし、悔しさも伝わらない。
魔女がドアを開ける。そして振り向きもせずに言った。
「逃げなさい。さもなくば、侍女たちが見つけてしまう。不吉とされる猫がどんな扱いを受けるか——教えてあげなくてもわかっているでしょう?」
ドアが閉まった。
ぱたん、という音がやけに冷たく響く。
ミレイユは一人、広すぎる居室の床に取り残された。
(嘘でしょ。嘘よ。これは夢。夢に決まってる)」
ぶるぶると体が震える。
尻尾の先まで勝手に細かく揺れていた。
でも夢ではなかった。
冷たい床の感触も、速すぎる心臓の音も、ひげの先に触れる空気の流れさえ妙に生々しい。
どのくらいそうしていただろう。
やがて、ドアの向こうから廊下を走る足音が聞こえてきた。
侍女頭の声がする。
「ミャウ!ミャウ!!(ここ!ここにいる!私はここにいるよ!)」
ミレイユは弾かれたようにドアへ飛びついた。
前足でカリカリと引っ掻く。爪が木を削る、細く乾いた音だけが立つ。
けれど猫の力では、分厚いオーク材のドアはびくともしない。
二本足なら簡単に回せたはずの取っ手が、いまはひどく高いところにあった。
「部屋に!部屋に猫が入ってきて!!」
魔女が変身したミレイユが、侍女を伴って部屋に戻ってきてドアを開けた。
目が合った次の瞬間、その顔がみるみるうちに青ざめていった。
「ニャア!ニャア!ニャニャニャ!(私よ!ミレイユよ!)」
必死に鳴く。
足元に駆け寄ろうとしても、猫の声は猫の声でしかない。
もどかしさに喉の奥がひりついた。
「なぜ、なぜ猫が……!」
侍女頭が一歩、二歩と後ずさる。
顔が青いどころではない。紙みたいに白かった。
「だ、誰か!誰かいますか!お嬢様の部屋に猫が!」



