追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される

ヴェルモンの宮廷では、その後しばらく、こんな話が広まっていた。
王太子殿下は、妻であるミレイユ王太子妃を大変溺愛している、と。

人間の日には、執務の合間に二人で本を読む。
昼食をともにする。庭を散歩する。夜は同じ部屋で過ごす。
王宮の者たちは、そんな二人を見て、たいそう微笑ましそうな顔をした。見るたびに、である。
以前より殿下の表情がやわらいだ、という声まで上がるほどだった。

そして二のつく日には——

「今日もお猫様がおいでだ!」

宮廷じゅうが、目に見えて浮き立った。
殿下が薄いピンクのリボンをつけた白猫を抱いて廊下を歩けば、侍女たちは壁際に整列して、きちんとお辞儀をする。

「お猫様!」
「今日もお綺麗!」
「ピンクのリボンまで完璧……!」

王妃が「今日はミィの日ね」と言って執務室に顔を出し、白猫を膝に乗せてくつろいでいく。
王様が廊下で白猫を見かけ、無言でしばらく撫でてから「よし」と言って立ち去るのも、すっかり日課になった。
侍従が「本日のお猫様のご朝食」として白身魚のムースを用意するのも変わらない。

「殿下、お猫様のお世話をご自分で」
「私の特権なのだから当然だ」
「……ごもっとも」

侍従は毎回、深く深くお辞儀した。
もう誰も、そこに疑問は持たない。

庭師は『お猫様専用の散歩コース』を、今年の春も丁寧に整え直した。

「毎月必ず来てくれるんだから、しっかりしておかないとな」

そう言って、生け垣の切り込み具合まで本当に念入りに確かめているらしい。
猫の日が近づくと、庭師のやる気まで少し上がるのだと、侍女たちは噂していた。

そして、殿下の溺愛は、猫の日にはさらに加速した。
どういうことかと言えば。
人間のミレイユへの溺愛は、殿下なりの控えめな形でなされていた。
本を見繕う。食事を共にする。散歩に誘う。静かな時間を分け合う。
そういう積み重ねだ。

でも、猫のミィへの溺愛は——遠慮がなかった。

「こちらへ来なさい」
「膝に乗るといい」
「今日はどこにも行くな」
「ニャア」
「そうか」

抱き上げて、撫でて、リボンを確認して、食事を気にして、寝所に連れていき、朝には「よく眠れた」と言う。
人間のミレイユには、まだ少し照れがある。
でも猫のミィには、照れずに全部できる。

(結局……猫の私も人間の私も、どちらも溺愛してくれるということ)

ミレイユは、殿下の膝の上で撫でられながら、ごろごろと喉を鳴らした。

(得したのか損したのか……まあ、どちらでもいいか)

どちらの日も、ここにいる。
それが一番、大切なことだ。

「ミィ」
「ニャア」
「明後日は人間に戻るな」
「ニャア」
「戻ったら……庭を歩こう。庭師が新しい花を植えたそうだ」
「ニャア(一緒に行きたいです)」
「そうか。では約束だ」

殿下の手が、白い毛並みをそっと撫でた。
ミレイユは目を細める。喉が、静かに鳴り続ける。
窓の外では、五月の風が庭の花を揺らしていた。
薄いピンクのリボンが、日の光を受けてきらりと光る。

もう、猫のことを不吉だと言う者は、この国にはいない。
いたとしても、王太子と王妃と王様と、ついでに宮廷じゅうのお猫様支持者たちが許さないだろう。

白猫の令嬢と過保護な王太子は、こうして仲良く暮らしましたとさ。
ただし月のうち三分の一ほどは、白猫としてもにゃあにゃあ暮らしましたとさ。
人間の日も、猫の日も、どちらもたっぷり幸せに。

めでたし、めでたし。