追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される

それから一週間が経った。
今度は、本物のミレイユと殿下の結婚式が行われ、その夜、殿下の寝所に呼ばれた。

猫のとき、何度もこの部屋で眠ったはずなのに、まだ少し不思議な感じがする。
同じ部屋なのに、見え方がまるで違う。
天井は高い。でも、猫のときほど遠くはない。
床は近いのに、逆に、ちゃんと人の足で立つには少し心許ない。

「どうした。ぼんやりしている」
「少し……猫の目に慣れすぎていたみたいで、人間の視界がまだ新鮮で」
「そうか」

殿下がミレイユのそばへ来た。

「困ったことがあれば言ってほしい」
「はい」
「色々あったが……ミレイユ。君を大切に思っている」

ゆっくりと抱きしめられる。
猫のときとは違う。

あのときも温かかった。
でも今は、もっと近くて、もっとはっきりしていて、ひどくどきどきする。
腕の強さも、胸に響く鼓動も、猫だった頃にはぼんやりとしかわからなかったものが、今は全部、人間として伝わってくる。

(これが……人間としての時間)
(思っていたより、違和感がない。殿下と一緒にいることへの……違和感が)

ミレイユはそっと顔を上げ、殿下とキスをした。
猫のときに積み重ねたものが、ちゃんとここへ繋がっている気がした。
猫にならなかったら、こんなふうに関係を築くことはできなかったかもしれない。
そんなことを考えてしまう。

考えて——いると、ふと、頭上に違和感が走った。

「ミ……レイユ……耳が……」

殿下の目線を追うように、頭へ手をやる。
ふかっとした質感のものが、ぴる、と指先をかすめた。

「え……?」

さらに、腰のあたりに何かがしゅるりと巻きつく感覚がして、視線を落とす。
そこにあるのは、ベルトではない。白い尻尾だ。

「へ?……あ!?み、見ないでください」
「いや、だが耳が」
「言わないでください!」
「し、尻尾まで……」
「だから言わないでくださいってば!」

ぽん。
とでもいうような、妙な感覚が体を抜けた。

(この感覚……)
「……ミィ」
「ニャー!!(また……!?)」

世界が一気に大きくなる。
床が遠い。いや近い。ベッドが高い。
視線の高さが変わるたび、毎回少しだけ混乱する。

ミレイユは自分の前足を見た。
白い毛。小さな肉球。
猫になっていた。

(やっぱり……!)

さっきまでそこにあったはずの人間の手はなく、代わりに白い毛に埋もれたピンクの肉球がある。
見上げると、驚きながらミレイユを見つめる殿下の顔。

「い、急ぎ宮廷魔術師を呼ぶ……!」

宮廷魔術師が以前、「浸透変身の名残が出る可能性がある」と言っていたのを思い出す。
ほどなく呼ばれてきた宮廷魔術師は、猫になったミレイユを一目見て、ああと頷いた。

「これは……恐らく、猫であった期間が長かったための副作用でしょう」

長期間の変身は、体質に影響を与えることがあるらしい。

「二のつく日——二日、十二日、二十日から二十九日の間、再び猫になることが起きると思われます」
(ど、どうしよう……なんで、よりによって初夜に……)

耳までぺたりと伏せたくなる。
というか、たぶん実際に伏せていた。

「今はどうすることもできないのか」
「残念ながら」
「ニャア(ごめんなさい……変な体質になってしまって)」
「謝るな」

殿下がミレイユを見た。ミレイユも殿下を見た。

「ニャ?(え?謝っているとわかった?)」
「そういう顔だ」

ミレイユは思わず耳をぴくりと動かした。

(この人……相変わらず、猫の表情を読むのが上手い)
「大したことではない」

殿下が静かに続ける。

「月のうち三分の一ほどが猫になる、ということだな。残りの日は人間でいる」
「はい、おそらく」
「……それの何が問題なんだ。問題があるか?」
「いや、あの……月に三分の一、婚約者の方が猫になるというのは、かなり特殊な状況でございますが」
「そうか。では私の方から聞くが」

殿下がミレイユを抱いたまま、宮廷魔術師を見た。

「ミレイユが猫になっている日に、私が困ることは何かあるか」
「……特には」
「では問題はない」

あまりにも迷いのない言い方だった。

ばたばたした初夜のまま、再び二人きりになると、猫のまま抱きしめられる。
人間として触れ合いたかったのに、今は胸元に収まるしかない。

(ああ……好きなのに……なんだか猫の身体がもどかしい)

喉の奥が小さく鳴る。
困っているのか、嬉しいのか、自分でもよくわからない。

「ミレイユ。私も少し残念に思っている……」
「ニャ……」

それでも、抱く腕は優しかった。
その優しさが、余計にもどかしかった。