追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される

婚約式は、昼過ぎから行われる予定だった。
ブランシュフォール公爵家を出るのは正午。
王宮までは馬車で一時間ほどの距離がある。

午前中は、最後の準備にみっちり費やされた。
ミレイユの支度が整い、あとは出発の刻を待つばかりとなった頃、不意にミランダが口を開いた。

「ミレイユ様、式典でお使いになる香水を準備してまいりました。お部屋でつけてまいりましょうか」
「香水は普段使わないから、いらないかな」
「でも本日は特別な日でございます。王太子殿下との初めてのお目見えですもの。少しだけ、品のよい香りをまとわれては」

ミレイユは少し迷ってから、こくりと頷いた。
今日は特別な日だ。せめてそれくらいは気を遣ってもいいのかもしれない。
花も、髪も、衣装も完璧なのだから、香りだけ何もないのも少し味気ない気がした。

侍女頭は一足先に玄関ホールの確認へ向かっている。
いま居室にいるのは、ミレイユとミランダの二人だけだった。
扉の向こうからは、使用人たちが忙しく行き来する気配がかすかに聞こえる。
その音だけが、やけに遠かった。

ミランダが小さな瓶を取り出す。
澄んだ水色の液体が、硝子の向こうで静かに揺れた。
花の香りかと思ったが、近づいてみると少し甘くて、どこか不思議な香りがする。
華やかなのに、胸の奥がざわつくような匂いだった。

「これは?」
「南方から取り寄せた珍しい香水でございます。どうぞ、お試しくださいませ」

ミランダが、ミレイユの手首へ瓶の口を近づける。

(あまり強い匂いじゃないといいけど)」

そう思った、その瞬間だった。
ぱっと、瓶の口から青白い光が弾けた。

「え——」

光がミレイユの全身を包み込む。
まるで電撃を流し込まれたみたいに、びりっと痺れが走った。
息が詰まる。足元が揺れる。何かがおかしい。何かが、一気に変わっていく。

体が縮んでいく。
逆に、世界がどんどん大きくなっていく。

視界が何かで覆われ、バタバタと手足を動かす。
指先から感覚が遠のいたかと思えば、次の瞬間には、爪先とも指とも違うものが床を掻いていた。
やっとの思いで視界が開けたかと思ったら、高かったはずの天井が、ひどく遠い。