追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される

お猫様生活が始まって、更に日が経った。
昼間の居場所は、すっかり執務室に定着していた。
侍女たちとの『お猫様接見時間』も毎日夕方に設けられ、侍女長が名付けて管理している。
最初は渋い顔をしていた侍女長も、今では接見時間になると侍女たちをきっちり整列させ、花の持ち込み可否や滞在時間まで誰より丁寧に仕切っていた。
有能な人というのは、猫の面会にまで隙がないらしい。

王妃陛下も、週に二度ほど執務室へ顔を出すようになった。

「ミィに会いに来たの」

そう言って、殿下が書類仕事をしているあいだ、ミレイユをひざに乗せてのんびりしたり、猫じゃらしを持ち込んだりする。

「フニャニャニャニャッ!!(猫の本能不思議!!じゃれたくないのにじゃれてしまう!!)」

王妃が本気で猫じゃらしを振るので、こちらも本気で前足が出てしまう。
ひげが揺れ、耳がぴんと立ち、獲物を追うみたいに目まで丸くなるのだから、猫の体は本当に正直だった。

「王妃様がお猫様のために時間を作っていらっしゃる」

という事実は、またたく間に宮廷の話題になった。
王様は公式には何も言わなかったが、ある朝、執務室前の廊下でミレイユを見かけると、立ち止まり、無言でしばらく撫でていった。

周囲の侍従たちが石みたいに固まるなか、王様は最後に一度だけ頷き、「よし」と言って去っていく。
それだけだったのに、侍従たちのあいだでは『陛下もお猫様ご贔屓』という共通認識がしっかり出来上がった。

明るい時間は、悪くない。
むしろ、かなり居心地がいい。

問題は、夜だった。
正確に言えば、夜の『寝場所』の話だ。

最初の数日、ミレイユは執務室のソファで眠っていた。
殿下が就寝のため執務室を出たあと、一人でソファに丸まり、そのまま朝を待つ。
暖炉の火が落ちると少し冷えるが、毛布が一枚あるし、特段不自由はない。
ない、はずだった。

ただ。

「ニャァ……ニャァ……(夜が、少し怖い)」

王宮の夜は静かだった。
廊下を見張りの衛兵が歩く足音だけが、ときどき扉越しに響く。
昼間は侍従も侍女もいて、殿下もいて、賑やかとまではいかなくても、少なくとも一人ではなかった。

でも夜は違う。

扉の向こうの足音が遠ざかると、執務室は完全に静まり返る。
暖炉の火も少しずつ小さくなり、蝋燭の匂いと、本と紙の匂いだけが部屋に残る。
その静けさの中で、ミレイユはどうしても考えすぎてしまう。

魔女のこと。
公爵家のこと。
元の自分に戻れるのか。
戻れないとしたら、どうなるのか。

(考えてはいけない。考えても仕方がない。眠ろう)

そう思って目を閉じても、眠れない夜は暗い方へばかり思考が転がっていく。

たとえば。
このまま一生、猫だったとしたら。
魔女が王太子と結婚して、本物のミレイユのことなど誰も知らないまま年月が過ぎていく。
公爵家の父も、侍女頭も、侍女たちも、みんな『ミレイユ様』がそこにいると思ったまま、本当の自分のことを忘れてしまう。

(そんなことない、と思いたい)

でも、『ミレイユ様』が王宮で元気にしていれば、誰も本物のミレイユが行方不明だとは気づかない。
偽物がうまく振る舞っている限り、本物はいないも同然だ。

そう考えてしまう夜は、どうしても長い。

毛布の中で小さく丸まり、尻尾を鼻先に巻きつけても、不安までは温まらなかった。
目を閉じるたび、暗い未来ばかりが浮かんでくる。

(…………)

そういう夜は、とても長かった。