追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される

『お猫様ブーム』は、たった三日ほどで王宮全体に広がった。

最初は、殿下の執務室付きの侍従と侍女だけだった。
けれど侍従が食堂でミレイユの様子を話したことで、厨房担当、清掃担当、庭仕事担当、警備担当にまで、あっという間に噂が広がっていった。

「お猫様がピンクのリボンをおつけになっているらしい」
「碧い目をした白猫で、とても賢いとか」
「殿下がご自分でリボンを結ばれたと!?」
「それは凄いな……」
「陛下もお気に召したとか」
「王妃様も可愛がっていらっしゃるって聞いたわ」

噂は廊下から廊下へ、部屋から部屋へとするすると移動していく。
猫が歩いていない場所でまで、自分の話が進行しているのだから不思議なものだ。

そしてある朝。
殿下の執務室から侍従と一緒に厨房へ向かって廊下を歩いていると、壁際に侍女が三人、まるで誰かを待ち伏せるみたいに並んでいた。

「あっ、お猫様!」

三人が一斉に顔を向ける。

「今日もお綺麗……!」
「ご機嫌はいかがですか、お猫様」

一人が深々とお辞儀をした。
別の一人が、小さな小皿を恭しく差し出す。

「厨房の方からいただいた鶏肉でございます。お口に合いますでしょうか」
「ミャッ(え、廊下で鶏肉が出てくるの……?)」
「お猫様に廊下でお食事をいただかせるのは——」

侍従が困った顔で口を挟む。
けれど匂いがとてもいい。
思わずミレイユは、侍女が持つお皿へ鼻を近づけて、くんくんと匂いを確かめてしまった。

「失礼いたします、侍従様。ちょっとだけ、ほんの少しだけ……!」

侍女たちの声は真剣そのものだった。
しかも全員、妙に目が輝いている。
そこまで言われると、断るほうが難しい。

ミレイユは侍従と侍女たちのやり取りを聞きながら、一口だけ鶏肉をいただいた。
やわらかくて、ちゃんと美味しい。

「食べてくださいました……!」
「涙が……」
「ミャー(泣く必要はまったくないのでは……)」

一口のつもりが、結局そのまま残りも完食してしまった。
複雑な気持ちのまま、ミレイユは歩みを再開する。
後ろで侍女たちが、たいへん小さな歓声を上げていた。

その日の午後、殿下の執務室に侍女長がやって来た。
五十代ほどの、背の高い厳格な女性だ。
宮廷のすべての侍女を管理する立場にあり、立っているだけで空気が少し張る。
ミレイユは初めて見た。

「殿下、少しよろしいでしょうか」
「どうぞ」

侍女長が部屋へ入り、ミレイユを見た。
すっと目が細くなる。

「ミャウ?(睨まれてる?)」
「……お猫様とはこちらですか」
「そうだ」
「侍女たちが仕事中にお猫様を探し回ったり、廊下でお猫様を待ち受けたりしておりまして、少々業務に支障が出ております」
「それは困ったな。しかし、制限を設けるのも……」
「ですので、お猫様の『ご訪問時間』を設けていただければと思いまして。一日一回、三十分程度、侍女たちがお猫様にご挨拶できる時間を。そうすれば仕事中の混乱が防げます」

あまりにも整った提案だった。
叱責でも禁止でもなく、仕組みで解決しようとしている。
さすが侍女長である。

殿下がミレイユを見た。
ミレイユも殿下を見返す。

「ミィはどうだ」
「ミャ?(……私に聞いてる?どうも何も、私は猫で、あなたは王太子で、私に決定権は……)」

けれど、侍女長の提案自体は悪くない。
侍女たちが仕事を放り出してミレイユを追いかけるのは、ミレイユ自身も申し訳なく思っていた。

ミレイユは立ち上がり、侍女長の方へ一歩歩いた。
侍女長が少しだけ驚いた顔をする。
ミレイユはその足元にきちんと座り、ゆっくりとまばたきをした。

「ニャー(賛成します)」

侍女長の厳しい口元が、ほんの少しだけやわらいだ。