侍従との朝のやりとりが、すっかり日課になった。
「お猫様、本日のご朝食は白身魚のムースと、鶏のスープでございます。昨日より少し香草を減らしまして、より召し上がりやすくしたとのことです」
「ニャア(ありがとう、侍従。あなたは優しい人ね)」
「ありがとうございます、と仰っているように聞こえます!」
侍従が朝から感動している。
ミレイユはそれを横目で見ながら、食事に集中した。
白身魚のムースは口当たりがなめらかで、鶏のスープはやさしいのに物足りなさがない。
令嬢時代に飲んだ高級なコンソメスープより、素材の味がまっすぐ出ていて、むしろ猫の舌にはこちらのほうが合っている気さえする。
「はぐ、はぐ、はぐ……(コックが本気を出し始めている……)」
ミレイユが夢中で食べているあいだ、侍従は少し離れたところで、なぜか見守るように立っていた。
食べるたびに耳がぴくりと動き、喉が小さく鳴るのが面白いのか、何度か目元をやわらげている。
食後、ミレイユは窓辺へ移動した。
ここから庭が見える。庭では今日も庭師が働いていた。
雨上がりらしく土は黒く、花壇の縁には朝の光が溜まっている。
ミレイユに気づいた庭師が、小さく手を振ってくれた。
(庭師……あなたは最初に親切にしてくれた人ね)
あのとき王宮の庭へ入り込んだばかりで、びくびくしていた自分に、追い払うでもなく、ただ見ていた人だ。
思い返せば、あの時点でこの庭は街の路地よりずっとやさしかったのかもしれない。
ミレイユはゆっくりとまばたきをした。
庭師が目を細め、こちらもわずかに頭を下げる。
猫の返礼として合っているのかわからないが、今のミレイユにできる礼儀はこのくらいだった。
その日の午後、殿下が謁見に出ているあいだ、ミレイユは一人で執務室にいた。
侍従が時々様子を見に来るが、つききりではない。
ならば、この時間を有効に使わない手はない。
まずは、書棚の確認だ。
前から、魔術に関する本が何冊か混じっているのには気づいていた。
あれを改めて見てみたい。
猫の姿では本を開けないし、ページを捲ることもできない。
けれど背表紙の題名を読むことならできる。
どんな本があるかだけでも把握しておけば、いずれ殿下に『その本を』と伝える方法が思いつくかもしれない。
いや、猫が本を指定するという時点でかなり無理があるのだけれど、それでも手がかりがないよりはずっといい。
ミレイユはしっぽをぴんと立て、書棚の前をゆっくり歩いた。
下の段には政治や歴史の本が多い。
二段目、三段目になるにつれて、革張りの古い装丁が目立ち始める。
『王国魔法史概論』
『魔法理論基礎』
『変身魔法の歴史と事例』——
(変身魔法!)
ミレイユは、その本の前でぴたりと止まった。
『変身魔法の歴史と事例』。
これだ。この本に、自分の身に起きたことを解く手がかりがあるかもしれない。
けれど、猫の前足では取れない。
仮に落とせたとしても、今度は開けない。
(どうすればこの本を……)
ミレイユはその場でしばらく考え込んだ。
耳を動かし、尻尾の先を落ち着きなく揺らしながら考えた末、ひとつの作戦を立てる。
「お猫様、本日のご朝食は白身魚のムースと、鶏のスープでございます。昨日より少し香草を減らしまして、より召し上がりやすくしたとのことです」
「ニャア(ありがとう、侍従。あなたは優しい人ね)」
「ありがとうございます、と仰っているように聞こえます!」
侍従が朝から感動している。
ミレイユはそれを横目で見ながら、食事に集中した。
白身魚のムースは口当たりがなめらかで、鶏のスープはやさしいのに物足りなさがない。
令嬢時代に飲んだ高級なコンソメスープより、素材の味がまっすぐ出ていて、むしろ猫の舌にはこちらのほうが合っている気さえする。
「はぐ、はぐ、はぐ……(コックが本気を出し始めている……)」
ミレイユが夢中で食べているあいだ、侍従は少し離れたところで、なぜか見守るように立っていた。
食べるたびに耳がぴくりと動き、喉が小さく鳴るのが面白いのか、何度か目元をやわらげている。
食後、ミレイユは窓辺へ移動した。
ここから庭が見える。庭では今日も庭師が働いていた。
雨上がりらしく土は黒く、花壇の縁には朝の光が溜まっている。
ミレイユに気づいた庭師が、小さく手を振ってくれた。
(庭師……あなたは最初に親切にしてくれた人ね)
あのとき王宮の庭へ入り込んだばかりで、びくびくしていた自分に、追い払うでもなく、ただ見ていた人だ。
思い返せば、あの時点でこの庭は街の路地よりずっとやさしかったのかもしれない。
ミレイユはゆっくりとまばたきをした。
庭師が目を細め、こちらもわずかに頭を下げる。
猫の返礼として合っているのかわからないが、今のミレイユにできる礼儀はこのくらいだった。
その日の午後、殿下が謁見に出ているあいだ、ミレイユは一人で執務室にいた。
侍従が時々様子を見に来るが、つききりではない。
ならば、この時間を有効に使わない手はない。
まずは、書棚の確認だ。
前から、魔術に関する本が何冊か混じっているのには気づいていた。
あれを改めて見てみたい。
猫の姿では本を開けないし、ページを捲ることもできない。
けれど背表紙の題名を読むことならできる。
どんな本があるかだけでも把握しておけば、いずれ殿下に『その本を』と伝える方法が思いつくかもしれない。
いや、猫が本を指定するという時点でかなり無理があるのだけれど、それでも手がかりがないよりはずっといい。
ミレイユはしっぽをぴんと立て、書棚の前をゆっくり歩いた。
下の段には政治や歴史の本が多い。
二段目、三段目になるにつれて、革張りの古い装丁が目立ち始める。
『王国魔法史概論』
『魔法理論基礎』
『変身魔法の歴史と事例』——
(変身魔法!)
ミレイユは、その本の前でぴたりと止まった。
『変身魔法の歴史と事例』。
これだ。この本に、自分の身に起きたことを解く手がかりがあるかもしれない。
けれど、猫の前足では取れない。
仮に落とせたとしても、今度は開けない。
(どうすればこの本を……)
ミレイユはその場でしばらく考え込んだ。
耳を動かし、尻尾の先を落ち着きなく揺らしながら考えた末、ひとつの作戦を立てる。



