無能の花嫁は余命僅かな鬼狩り当主に溺愛される

寝室の布団の上に座り、目を閉じている千隼様から手を離すと声をかけた。

「あの、千隼様いかがでしょう?」
「ああ。瘴気が浄化された、ありがとう」

私は自分の両手を繁々と見つめる。祈りを捧げるように手に神経を集中させると触れているものを癒すことができるようだ。

「ナユタマルが言っていたことは本当みたいだな」
「ええ」

マルはあのあと色々なことを教えてくれた。
鬼童子に長らく山に封印されていたが、鬼童子の復活が近いことから封印が弱まり解くことができたこと。しかし途中で鬼に襲われ命からがら神堂家にやってきたところを私に保護されたこと。

「私が撫でたり、作った食事でマルが力を取り戻せたなんて」
「桜天女も伝説ではなく実在していたしな」
  
何千年と生きる神獣のマルが言うには桜天女は神堂家が災いに見舞われた代に転生をし、その度に当主の妻となり助けになってきたそうだ。
桜天女の今世での姿が私であり、私には天授の力があるということを聞いた時は本当に驚いたが、その力は神堂家当主の妻となり、初めて開花するということを知り納得する自分もいた。

「ナユタマルの話から今までのことを考えれば全て納得がいく。真白のその天授の力をもつ手から作り出された物や触れたものには、癒しの力が宿るのだろう。だから俺の鬼紋の一部も消えたんだ」
「では先程からどんなに手を当て、祈りを捧げても千隼様の残りの鬼紋が消えないのはなぜなのでしょうか?」

桜天女の生まれ変わりだと聞いた私はすぐに千隼様の体に手を当てて祈りを捧げて見たが、腰元から下の鬼紋が消えないのだ。

「マルは千隼様になんと言っていたのですか?」

鬼紋が消えないと嘆く私を横目に、マルが千隼様に耳打ちをしてから姿を消したのだ。なんでも人間界に留まるには神獣界に届出が必要らしい。
千隼様は不自然にこほんと咳払いをする。

「……そのなんだ。夫婦仲良く暮らしていればそのうち消えるだろうと言っていた」
「具体的な策はわからないのでしょうか?」
「それは……」
「そのお顔はやはり何かご存知なのですね?」
「いや、知らない」

なぜだか頬を僅かに染めた千隼様を見ながら私は首を傾げる。

「今度マルが来たら聞いてみます」
「その必要はない」
「え……?」

ふいに千隼様の手が伸びてくると、私をふわりと抱えて膝に乗せる。

「あ、あの……」
「真白、お前に言っておきたいことがある」

千隼様の吐息が耳元に触れて、心臓が音を立てる。

「俺はお前をずっと前から知っていた。だから妻にしたんだ」
「え?」
「あれは十年ほど前だ。偶然山で会った女の子と朝日を一緒に見たんだ」

心臓が期待から駆け足になっていく。

「……もしかして……あの時、鬼から私を助けてくれたのは千隼様なのですか?」
「覚えててくれたのか? あの日からお前がいつも心の中にいた。生まれてきた意味があると信じようと言ってくれたお前を、ずっと忘れられなかった」

目の前の千隼様と赤い瞳の男の子と姿が重なると涙がはらりと落ちた。千隼様がそっとそれを拭う。

「真白を愛してる。生涯、俺のそばにいてくれ。真白が必要なんだ」
「……はい……っ」

ずっと誰かに必要として欲しかった。生まれてきた意味が欲しかった。ようやく私は巡り会えたのだ。私を愛して必要としてくれる、世界でたった一人の愛しい人に。
鬼童子の復活は近い。けれど怖くなんかない。二人で寄り添い手を取り合えば、どんな困難も乗り越えていける。

「千隼様、愛しています」

赤く優しい瞳を見つめてから目を閉じれば、優しい口付けが落とされた。