早瀬さくらは謎をとかない

『さくらー?』

もう一度私の名前呼ぶ。

すると、自分の意志ではないのに、勝手に口が開いた。

『どうした?』

『今日、部活ないって!だから、放課後遊ぼー!』

そういえば、高校時代、私もよく友達と遊んでいたなぁ。
私はもやがかかっているその子を見つめる。

しかし、なんど見ても思い出せないのだ。

高校3年間の仲だったんじゃないの…?
私は何を忘れてしまっているの…?

ズキ、と頭に痛みが走る。




私は何か、大事なことを忘れている…?



気づけば、私の視界は学校からショッピングモールへと移り変わる。
…そういえばここ、高校時代よく行っていた

ここのクレーンゲームがなかなか取れなくて、友達と一緒に通っていた覚えがある。




『おまたせ、さくら!』

『ううん、全然待ってないよ、むしろ今来たところー!』


夢の仲の私は笑っている。

もやがかかっている友達も、柔らかい雰囲気をしていることが分かった。







『やっぱ最初は、プリだよね!』

女子の大定番、プリクラ。
遊びに行ったとき、必ず一枚は撮っていた


懐かしい、と心の中で思うと、視界はプリクラの中へと移動した。


『まって、最悪!加工外れた!』
『まって私もなんだけど!!!』

げらげらと笑っている高校生の私たち。

私って、こんなに無邪気に笑う人だったんだ。




『じゃあ、次は落書きだねー!』

友達の声がして、私とその友達は落書きをし始める。



和やかな雰囲気に包まれながら、穏やかに笑っている私たち。


この時の私は楽しかったんだろうな。

テニスもうまくいっていて、友達関係も悪くなくて。
成績だって悪くじゃないし、運動だってできる方だ。


きっと、毎日が輝いていたに違いない。




まだテニス選手の夢を持っていて、本気でかなえようとしている私だ。



ふと気づくと、プリクラからスタバへと移動していた。

『まって、新作最強じゃん!』
『これはインスタ映えだわー!』

もりもりのホイップに包まれた、イチゴとミルクのフラペチーノ。


そういえば、こんなに甘いものも最近は食べなくなっていた。
むしろ、避けていたのかもしれない。

こんなにキラキラとした生活から、自ら遠ざけていたんだ。


『…最近さ、さくらは楽しい?』

写真を撮り終わってひと段落ついたあと、ふいに友達の口からそんな言葉が漏れた。


『うん、私は今が、多分一番楽しい。』

そういった私の顔は、多幸感に満ち溢れた顔で答えていた。


『…そっか、そうなんだー…』

『___は、最近どうなの?例えば、部活とかさー?』


私が友達の名前を言ったのだろう、でも、今の私の耳にはノイズとなって聞こえなかった。



『えー?うーん、部活はそこそこかな』

少しその子の声が低くなったのを見逃さなかった。


『さくらほど上手なわけではないし、怒られてばっかりだし…』

あぁ、この子は、自分の実力をわかっているんだ。
高校時代の私は、自分の実力を過大評価しすぎたのかもしれない。

だから、あんな風に罰が当たったのかー…





高校生の私は、優しく微笑んだ


『大丈夫だって!___だって、上手だよ』

『あー、うん、ありがとう、そう言ってもらえるとやる気出た!』

そして2人は、残りのフラペチーノを飲み干した。












視界が一瞬で暗くなり、次は学校へと移った



『テニス部ファイトー!』

『いくよー!』

『1年もっと声出せー!』



懐かしい風景。
そういえば、高校時代のテニス部は、みんな和気あいあいとしていて、元気だった



多分、この夢に出てくる早瀬さくらは、高校1年生
このときから1年生の中でテニスは上手な方だった


『1年生大会まであと1週間だよー!』

先輩の一人が話している


『シングルとダブルスのメンバー、今日の部活で発表らしいよ!』

『やば!まって超楽しみ!』


練習が終わると、いつも顧問から大会の主要メンバーが発表される。

発表される瞬間を心待ちにして、みんな練習に励んでいるんだ
  


『やっぱさー、』

同級生の一人が声を上げる

『主要メンバーは、さくらじゃない?』

『だよねー!うちもおもった!』

当然褒められたことに戸惑いながら、少しだけ嬉しくも感じる



『ほ、ほんとに?』

『そうだよー!さくらぶっちぎりで上手だしさ』


1年生は、男女合わせて20人もいる

その中で一番うまいなんて、お世辞だったとしても嬉しい





少し気分が上がっているなか練習している私




休憩時間になって、私が休憩している間、他の子が何か喋っている



『さくらほんとにかっこいいー!』

『マジで憧れるわ!』

『なんであんなに上手いんだろ、シンプルに尊敬』

その少し遠くで、友達の___も話を聞いているのが見えた。



『てかさー、ここだけの話ね』

話している子の1人が声を低くする

『___って、小学生の時からテニスやってたらしいよ』




その声は、___にもはっきりと届いていた

___の顔が歪む。


その状況に、誰一人気づいていない



『えー!マジで!?たしかさくらは、中学のときは趣味でやってたくらいって言ってたよね!?』

『あー!言ってた!』

『高校から本格的に始めたさくらに負けるって、ヤバくない!?』

『え、普通に考えてやばーい!』

『なんか可哀想かも、これで大会メンバーに選ばれなかったら!』

『うわ、かわいそー!』


なんて、酷い人たちなのだろうか
私が所属していたテニス部には、こんな悪い人たちがいたのか。


少し遠くで話を聞いていた___は、今にも泣きそうな目で、空を仰いでいる




私、は、何をしているのだろう
視界の悪い世界で、必死に私を探す



あ、マジか


このとき私は、先輩と楽しそうに話していた

そして、その姿を鬼の形相で睨見つける、
___の姿があったー…
















視界が急に変わる


このときからもう、___は私を恨んでたのかもしれない

小学生の時からテニスをしていた___と、高校から始めた私

それなのに、私ばかり褒められて。
私ばかり選ばれて。

もし逆の立場なら、私のことが嫌いになって当然だ。





2年後、私はキャプテンとなる。


『さくらおめでとう!』

『さくらなら納得だわ』

『部長ー!頑張ってね』




そうだ、私は、“すごい”、“天才”
そんな都合のいい言葉ばかりかけられていたのかもしれない

___にとって、その言葉は私そのもの

届きたくて、届かない存在





___は、どんな気持ちでテニスをしていたんだろうか

辞めたかった?
辛かった?
悔しかった?
苦しかった? 




気づいてあげられてなかった

ただ、言葉を

“一緒に頑張ろう” 

“___だってできるよ”

“一緒に優勝しよう”


なんで、それができなかったんだろう















そして、引退試合に向けて準備をする期間になったとき

『大会出場メンバーを発表する』




顧問からそんな言葉が聞こえた






 『……………以上、このメンバーが主要メンバーとして大会に出てもらう』















その中には、___の名前がなかった。








『あぁぁ…うぅ…』

部員の一人は、選ばれたことに嬉し泣きをしている。

みんなそれぞれ、ハイテンションで喜んでいる人ともいれば、静かに喜んでいる人もいる


___は…

呆然と立ち尽くしていた






20人のなかで、主要メンバーに選ばれるのはほんの数名。








“高校から本格的に始めたさくらに負けるって、ヤバくない!?”


不意に、誰かが話していた言葉が脳裏に蘇る


ねぇ、___、今、何を思っている?
小学校、中学校、高校。

12年間やっていたテニス部の引退試合に主要メンバーとして出られなかったこと
 
どう感じてる?


私は選ばれた。
___は選ばれなかった。

私は部長兼キャプテンになれた
___はなれなかった


こうした少しの積み重ねが、大きな憎しみを生み出す







そして、大会前日の部活帰り







私は信号をまがってきたトラックにはねられて骨折した。





と、思っていた
完全に私の不注意だと思っていた






けど




私は肝心なことを忘れていた






あの日、あのとき










私は、押されたんだ












そして、耳元で___の声が聞こえた







『これで、いいんだ。』

























『あぶない、さくらっ!』


部員の誰かがそう叫ぶ。

だけど、もう、遅かったんだ












おかげで引退試合は欠席になり、私のバカみたいな夢は幕を閉じた。




















ハッとしてベッドから起き上がると、午前4:00だった。

「私、忘れていたんだ…」

夢を見て思い出した。
高校時代の記憶、全て



「私は、テニスが好きなままだった」

そして

「自ら夢を失ったわけじゃ、なかったんだ」



目覚めた私の記憶は、少しだけなくなっていて、自分で自分をすごい責めた。

テニスが嫌になった



…けど






私は、他人から自分の夢を奪われたんだ

「はは…なんだ…そうだったんだ…」


全てを思い出すと、私の瞳から大粒の涙がこぼれた



悔しい…、悔しい…悔しい…


もし、私が事故を起こしていなかったら、引退試合にでれていた。

私の補欠として、___が試合にでることはなかったんだ




「うぅ…なんで…なんで………」





もやがかかっていた___の顔は、夢を見るたび薄くなっていった

そして、今は鮮明に___の顔が思い浮かぶ


___の名前、顔、特徴、全て









はるな、春奈だ。

___の名前

高校1年生から仲良かった、春奈。


いつから関係にヒビが入ってしまったのだろうか


「うわ……春奈…」



事故のせいか、春奈のことを忘れてしまっていた。

だけど。
春奈のことを思い出せた




美月、大我、春奈

3人は、私の人生を大きく変えた人たち


美月は明るい笑顔で私を照らしてくれたよね

春奈は、高校でできた初めての友達だった

そして、大我は…
私に再びテニスの楽しさを教えてくれた人





美月と大我の謎が深まったときに、突然春奈のことを思い出した


全て、私に深く関係している人物





あぁ、もう




わけが、わからないよ…





***



「おはようございます、先生」

事件がおこって、数日後、再びテニス部は動き出す 

「おはよう、真鍋」

朝の一番最初の会話は、だいたい真鍋になった。
…いつもは大我だったのに

「大我との連絡、まだつかない?」

「…はい、まだです」

真鍋はうつむいて答える

「最近学校も休んでいるし…」



真鍋の話によると、ちょくちょく学校内では姿を見かけていたそうだ

だか、最近になると学校も休むようになり、一切姿を見せなくなっていた


「真鍋さ、大我の家って知ってる?」

…待ってるだけじゃ、しょうがない

「え…?」

与えられた未来は短いんだ
だから

「大我の家に、直接行ってみない?」

自分の力で、変えるんだ。












「テニス部ー!集合ー」

副部長の真鍋は今、大我の分までテニス部の仕事をしている


「今日は大会一週間前です。この暑さに気を抜かず、全力で練習してください。」

真鍋が部員全体にそう告げた。


真鍋も、なんだかんだ頼りがいのある副部長。
今まで大我が表立って仕切っていたから、なんだか新鮮だ。





大会一週間前、そして、三年生の引退が近づくこの季節


大我は、キャプテンとしてのプレッシャーに耐え切れずにいなくなってしまったのだろうか。
それとも、単純にテニスが楽しくなくなった…?
私の様に、誰かに嫌がらせをされていた…?

妄想は膨らむばかりで、結局大我がいなくなった理由にならない。


「どうして急にいなくなってしまったの…?」




こんな、大事な時に。





「先生、お願いします。」

私に声をかけてきた人の方へと振り向く。
その相手は真鍋だった。

「真鍋」

「練習始めましょう。」

大我とペアだった真鍋は、大我がない今は、私と練習している。




本当だったら、大我、真鍋ペアと、あともう3組ペアがいるので、ローテーションしながら試合形式で練習していた。


「真鍋、本当は私と練習するの恥ずかしかったりしない?」

いくら部活の顧問と言ったって、嫌なものは嫌だろう



しかも、高校生という、思春期真っただ中で。

「全然」

以外にも、真鍋はあっさり答えた。

予想外のことだったので、「え、」と声をもらす。

「誰としたって、テニスは楽しいです。」

「…そうなの?」

「この人だから嫌、って言うのはありません。むしろ、誰とでも上手にプレーできるようにしたいですし。」


…なんて、まっすぐな人なんだろうか。


こんなにも、純粋にテニスを楽しんでいる姿。

あぁ
私は、きっと

こんな風に心からテニスを楽しんでいる人を守りたかったんだろうな…



私が教師になった理由は至って簡単だったんだ。
自分の失われた夢を、取り戻すために。




「はじめましょうか」

真鍋の一言で、ハッと我に返る



私はお気に入りのラケットを持ち、深く深呼吸をした。

大丈夫、大丈夫。
怖くない
何があっても、大丈夫


「スタート!」

大きな声とともに、ボールが打ち上がる

真鍋とのペアは、とてもやりやすくて、一つ一つの動作が優しい

何があってもカバーしてくれる真鍋の背中は、とても心強い



相手の人が強くラケットを振る

ガコン!と言う音が、大空に響き渡るような感覚だ


「真鍋!」

私が名前を呼ぶ

真鍋は、その声に応えるかのように跳んできたボールを打ち返していた

綺麗な姿、美しいフォーム

前衛の真鍋が基本守備として、私は真鍋の外したボールを取る係だ


バコン、バコンと、軽快なボールの打ち合いが始まる。


右に左にと、ボールの方向に体を動かす

ボールに素早い動作が追いつかなくなったとき、隙が生まれるんだ


「決める!」

相手側からの声が聞こえる

鋭いスマッシュだ。
華麗にラケットを打つ相手側。


「先生!」

向かってきたボールは、私の方へと吸い寄せられていく


真鍋の声を聞くと、私は走ってボールの方へ近づいた。

そして、鋭いスマッシュを包み込むかのようにラケットで受け止める


「上手い…」

ノーバンで打ち返すのはハイリスクだ、
失敗する可能性だって高い。

けど。






バコン!


私の振り上げたラケットは、ボールを打ち返していた


「ッー!」


そして、コートの端の方でバウンドする


「やった!」

 
そんな言葉が漏れた瞬間、審判係の部員は、「1点!」と叫んでいた


心のなかで小さくガッツポーズをする
汗で乱れた前髪が、私のおでこに張り付いていた

でも、そんなことを気にする余裕もないくらい、テニスにのめり込んでいる







その後も、バコン、バコンとボールの打ち合いが始まる


点を取り取られと、中々のいい勝負をしている













鋭いスマッシュを真鍋が決めた瞬間 


あと一点で勝利という状況になった


「真鍋、いけるよ」

「はい!」





真鍋の顔は汗で反射していて、とえもキラキラして見えた


「いきます!」

真鍋がサーブをうつ


相手からのパスは、私の方向に向かってきた



ここで点を取られたら同点

ミスすることは許されない


高校時代の思い出がフラッシュバックする
絶対に決める!と言うところで毎回ミスっていた1年生

それが悔しくて、部活のない日でも地道に練習した


そう、私には地道に毎日練習していたんだ

もっと高みを目指すために。




だから




ここで、立ち止まってはいけない、何事にも、最後の最後までやりとげるって決めたんだ




「いけぇぇ!」

低くなった私の声と共に、重い重いラケットで打ち返す


このラケットは重い。

高校時代の全てが詰まっている




一年生での努力

二年生での開花

三年生での最後



その全ては、私の色褪せない思い出。
全部全部、紛れもない私の思い出なんだ









思いっきりラケットを振ったとき。

ボールは真っすぐとコートへ向かっていて



相手の誰もいないところへと真っすぐに落ちていった



「!」

真鍋が勝利を確信して喜ぶ


審判がスゥ、と息を吸った



「真鍋チームの勝利です!」



その声とともに、私と真鍋はハイタッチした。

よかった、よかった。

まだ私のテニス熱は残っていた

こんなにも、鮮明に






そして、真鍋にも

まだ、話せないけれど。
いつか、絶対に

全部話すね、私のテニス人生









「くそー、負けた」
「二人とも強すぎんだろー!」

相手チームがこちらへとやってくる


私と真鍋も近寄って、深いお辞儀と、挨拶をした