悪役令嬢の追放からの逆転スローライフ〜辺境公爵の『溺愛業務』を請け負います〜

自身の感情を『論理的破綻』として説明することでしか、依存を認められない。
その不器用さが、リリアーナの胸をきつく締め付ける。
リリアーナは涙をこらえながら、カインの冷たい手を握りしめた。
彼女の生命魔力が、彼の体温をわずかに上昇させる。

「カイン様。わたくしが、第三案を論理的に補完いたします」

静かに、しかし決然と告げた。

「わたくしは、もはや貴方様との『契約』ではなく、貴方様への『愛』という、最も非効率で、そして最も強力な人生の目標を求めています」

彼女は、カインの瞳を見つめた。
そこにあるのは、計算ではない。
彼がずっと欲しがっていた、感情的な献身だった。

カインは、テーブルの上に置かれた契約書をゆっくりと掴み取った。
それは、リリアーナの安全を保証するために積み上げた、努力の結晶だった。
彼の青い瞳は、初めて感情という名の光で濡れていた。

そしてカインは、契約書を一気に引き裂いた。
魔力による抑制も、丁寧な処理もない。
ただ感情のままに、紙を破り捨てる。

「破棄する。これまでの全ての契約は、今ここに無効とする。貴女は、私の妻としての『業務』を負わない。――完全に自由だ」

声が、わずかに掠れている。
彼はリリアーナの首元に触れ、魔導チョーカーの制限を解除した。
音もなく外れたそれが、カインの手のひらに落ちる。

リリアーナは解放された。
抑制から解き放たれた生命魔力が、柔らかな光として滲み、研究室の空気が春のように温む。

「カイン様……」

感動で言葉を失った瞬間、カインの視線が変わった。
理性では抑え切れない渇望が、獣のように露わになる。

「……自由は危険だ。貴女は今、この国で最も価値がある。欲望は必ず、貴女を奪いに来る」

彼は一度、息を吸う。
まるで論理を捨てる準備をするように。

「だから次は、契約ではない。私の意思で、貴女を守る形を作る」

カインは公爵服の内ポケットから、一つの箱を取り出した。
アルテミス家の紋章が刻まれた、重厚な黒曜石の箱。
彼はそれをリリアーナの前に差し出し、ゆっくりと開けた。

中には、月の光を凝縮したかのような巨大な青白い宝石が埋め込まれた、シンプルな指輪が収められていた。
その宝石からは、カインの闇属性魔力とリリアーナの生命魔力を調和させる、強力な波動が放たれていた。

同時に、研究室中央の中枢装置の古代文字が、微かに呼応して淡く明滅した。
まるで鍵が差し込まれるのを待っていたかのように。

カインは膝をついた。
誰も見たことのない、感情に満ちた、そして絶対的な屈服の姿勢だった。

「リリアーナ・ヴァイスハイト」

彼は『公爵夫人』ではなく、彼女の旧姓で呼びかけた。
声は震えていたが、一語一語に魂が込められていた。

「私は、貴女の自由を脅かす。私は、貴女の力を独占したい。私は、貴女の体と心が永遠に私の傍にあることを渇望している。これは分析ではない。私の生命の根源からの欲望だ」

青い瞳に、剥き出しの愛が宿る。
冷たい氷ではない。今や、全てを焼き尽くす炎だった。

「貴女を、私の妻として囲い込みたい。これは論理に基づかない、純粋な愛のプロポーズだ」

指輪が差し出される。

「受け入れた瞬間、貴女は私の全てとなる。貴女の聖女の力、貴女の知性、貴女の体と心――全てが私のものだ。そして私は、世界を敵に回してでも、貴女の命と自由を守り抜く」

リリアーナは涙が溢れるのを止められなかった。
王子の断罪から解放され、カインの論理的契約で守られてきた。
だが今、彼女が求めているのは論理ではない。
この、不器用で、支配欲に満ちた、真実の愛だ。

「カイン様……」

震える手で指輪を受け取り、カインの冷たい手に自分の手を重ねた。

「わたくしは、この指輪を受け入れます。わたくしは、もはや貴方様との『契約』ではなく、貴方様への『愛』という、最も非効率で、最も強力な鎖に繋がれることを望みます」

最高の笑顔で言った。

「わたくしの生命魔力は、貴方様の闇属性魔力と共にあることで、最高の安定と幸福を感じます。わたくしは、貴方様の傍で永遠に、わたくしの能力を活かしたいのです」

カインは、ゆっくりと指輪をリリアーナの指に嵌めた。
指輪が収まった瞬間、宝石が銀色と紫色の光を放ち、二人の魔力が滑らかに絡み合う。
研究室中央の中枢装置が、まるで祝福するように低く脈動し、古代文字の明滅が一段強くなった。
精霊樹の波動も、それに応えるように館全体へ広がっていく。

カインは立ち上がり、リリアーナを強く抱きしめた。

「私の妻……リリアーナ」

声は喜びと、深い満足に満ちていた。
彼の全ての論理は今、リリアーナへの愛という一つの感情に集約された。

「貴女の聖女の力は、私の闇属性魔力と融合することで、この世界を永遠に守護する、最強の力となるだろう」

リリアーナは、カインの胸元で微笑んだ。
元社畜OLとして、論理と効率を愛していた彼女は、いま、論理の果てに最も非効率で、最も強力な真実の愛を手に入れた。

物語は、終わったのではない。
それは、冷徹な公爵の愛と支配の下で、真の聖女が永遠に愛され、守られ続けるという、新しい形の『溺愛ファンタジー』の始まりだった。

そして、その指輪の脈動に合わせて、古代の装置が、誰にも聞こえない小さな音で――次の起動を告げるように、ひとつ息をした。