王子の声は上ずり、理性が剥がれていく。
その瞬間、リリアーナはカインの耳元に囁いた。
「カイン様。任せてください。これは、契約を公的に完成させるための最終業務です」
彼女は、そっとカインの腕を外し、一歩前へ出た。
優雅で、迷いがない。
――彼が、彼女の安全を破らないと知っているからだ。
「神殿長。わたくしは、この儀式を拒否する権利を持っています。ですが、わたくしの力が国の平和と、アルテミス公爵家の研究の成功に不可欠であるならば――」
彼女は、静かに目を閉じる。
「公的に証明しましょう」
次の瞬間。
リリアーナの内側から、生命が息を吹き返すような光が溢れ出した。
銀と翡翠が溶け合う、根源的な生命の光。
それは癒やしというより、世界の基礎を揺らす波動だった。
神殿の隅々まで光が走り、澱んだ闇も、貴族たちの負の感情も、薄皮を剥ぐように浄化されていく。
『光の天秤』が激しく震え、数値は跳ね上がり――途中で表示が白く潰れた。
「……計測不能……?」
誰かが呟いた。
天秤自体が歓喜するように光り、台座の古代文字が、まるで呼吸するように浮かび上がる。
『真の聖女。生命の源たる者。光と闇を統べ、この大陸に安寧をもたらす者なり』
神殿長は膝を折った。震える声で叫ぶ。
「奇跡だ……!これが真の聖女の力!生命の根源に対する……支配権!」
セレナは崩れ落ちた。
彼女の光属性魔力が、リリアーナの波動に整えられる感覚に耐えられない。
自分の光が、ただの回復魔法だったと悟る。
ヘンリー王子は、驚愕を通り越して恐怖に支配された。
自分が断罪し、追放した女が――国の救いそのものだった。
それを、よりにもよってアルテミス公爵に差し出したのだと、公的に証明されてしまった。
だが、その瞬間。
リリアーナの光が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
胸の奥が熱い。
魔力回路が、強制的に開きすぎる。
――危ない。
カインが、一歩踏み出した。
闇属性の魔力が覆い、衝突ではなく制御として彼女の光を包み込む。
チョーカーが淡く鳴り、波形が安定する。
彼はリリアーナの肩を抱き、胸へ引き寄せた。
「見たか、神殿長」
カインの声は冷徹で、絶対的だ。
「これが私の妻の力だ。だが――この力は誰にも渡さない。彼女は国を救うための道具ではない。アルテミス公爵家の人間であり、私の妻だ」
神殿長は跪いたまま、言葉を失っている。
王子は崩れ、セレナは泣き、貴族は息を忘れる。
カインは続けた。
勝利宣言ではない。管理宣言だ。
「この力を神殿の管理下に置くな。貴方方の『義務』と『信仰』は、彼女の魔力を消耗させる。先ほど見ただろう。力の発現は制御を誤れば彼女自身を損なう。――故に、リリアーナの全行動と魔力使用は、私との契約に基づく」
彼は、最後通告を叩きつける。
「この真の聖女は、辺境の館に戻る。私が守り、管理する。必要な時、必要な分だけ、最高効率で使用する。それ以外は――一切、許さない」
神殿長は反論できなかった。
反論の前に、恐怖と畏怖がある。
そして何より、聖遺物が真の聖女を証明した直後だ。
神殿が逆らえば、神殿そのものが信仰を失う。
ヘンリー王子は、その場で崩れ落ちた。
彼は真の聖女を断罪した瞬間に、国の未来を自分で折った。
没落は決定的だ。
カインは光り続けるリリアーナを抱き上げ、神殿を後にした。
その背中に、誰も声をかけられない。
外気に触れた瞬間、リリアーナはようやく息を吐いた。
胸の熱が引き、回路が落ち着く。
――やはり、発現は危険だ。万能ではない。
だからこそ、彼の管理が必要になる。
「カイン様。業務、完了です。これで王室からの干渉は、表向きは排除されました。辺境に戻り、古代遺跡の解読を再開できます」
「ああ、リリアーナ。貴女の力は、最高の利益をもたらした」
カインは頬に口づけを落とす。
そして、甘い声で言い切った。
「貴女はこの世界の真の聖女であり――私だけの妻だ。貴女の力は、私の愛と論理によって守られる」
リリアーナは、強すぎる溺愛という名の檻の中で、真の聖女として世界の運命を握ることになった。
逆転劇は勝利で終わった――はずだった。
けれど。
神殿の奥、光の天秤の台座に浮かび上がった古代文字は、完全には消えていなかった。
最後の一行だけが、誰にも読まれないまま、薄く脈打っている。
『……その光が極まる時、門は開く』
嵐は去っていない。
嵐の形が、変わっただけだ。
その瞬間、リリアーナはカインの耳元に囁いた。
「カイン様。任せてください。これは、契約を公的に完成させるための最終業務です」
彼女は、そっとカインの腕を外し、一歩前へ出た。
優雅で、迷いがない。
――彼が、彼女の安全を破らないと知っているからだ。
「神殿長。わたくしは、この儀式を拒否する権利を持っています。ですが、わたくしの力が国の平和と、アルテミス公爵家の研究の成功に不可欠であるならば――」
彼女は、静かに目を閉じる。
「公的に証明しましょう」
次の瞬間。
リリアーナの内側から、生命が息を吹き返すような光が溢れ出した。
銀と翡翠が溶け合う、根源的な生命の光。
それは癒やしというより、世界の基礎を揺らす波動だった。
神殿の隅々まで光が走り、澱んだ闇も、貴族たちの負の感情も、薄皮を剥ぐように浄化されていく。
『光の天秤』が激しく震え、数値は跳ね上がり――途中で表示が白く潰れた。
「……計測不能……?」
誰かが呟いた。
天秤自体が歓喜するように光り、台座の古代文字が、まるで呼吸するように浮かび上がる。
『真の聖女。生命の源たる者。光と闇を統べ、この大陸に安寧をもたらす者なり』
神殿長は膝を折った。震える声で叫ぶ。
「奇跡だ……!これが真の聖女の力!生命の根源に対する……支配権!」
セレナは崩れ落ちた。
彼女の光属性魔力が、リリアーナの波動に整えられる感覚に耐えられない。
自分の光が、ただの回復魔法だったと悟る。
ヘンリー王子は、驚愕を通り越して恐怖に支配された。
自分が断罪し、追放した女が――国の救いそのものだった。
それを、よりにもよってアルテミス公爵に差し出したのだと、公的に証明されてしまった。
だが、その瞬間。
リリアーナの光が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
胸の奥が熱い。
魔力回路が、強制的に開きすぎる。
――危ない。
カインが、一歩踏み出した。
闇属性の魔力が覆い、衝突ではなく制御として彼女の光を包み込む。
チョーカーが淡く鳴り、波形が安定する。
彼はリリアーナの肩を抱き、胸へ引き寄せた。
「見たか、神殿長」
カインの声は冷徹で、絶対的だ。
「これが私の妻の力だ。だが――この力は誰にも渡さない。彼女は国を救うための道具ではない。アルテミス公爵家の人間であり、私の妻だ」
神殿長は跪いたまま、言葉を失っている。
王子は崩れ、セレナは泣き、貴族は息を忘れる。
カインは続けた。
勝利宣言ではない。管理宣言だ。
「この力を神殿の管理下に置くな。貴方方の『義務』と『信仰』は、彼女の魔力を消耗させる。先ほど見ただろう。力の発現は制御を誤れば彼女自身を損なう。――故に、リリアーナの全行動と魔力使用は、私との契約に基づく」
彼は、最後通告を叩きつける。
「この真の聖女は、辺境の館に戻る。私が守り、管理する。必要な時、必要な分だけ、最高効率で使用する。それ以外は――一切、許さない」
神殿長は反論できなかった。
反論の前に、恐怖と畏怖がある。
そして何より、聖遺物が真の聖女を証明した直後だ。
神殿が逆らえば、神殿そのものが信仰を失う。
ヘンリー王子は、その場で崩れ落ちた。
彼は真の聖女を断罪した瞬間に、国の未来を自分で折った。
没落は決定的だ。
カインは光り続けるリリアーナを抱き上げ、神殿を後にした。
その背中に、誰も声をかけられない。
外気に触れた瞬間、リリアーナはようやく息を吐いた。
胸の熱が引き、回路が落ち着く。
――やはり、発現は危険だ。万能ではない。
だからこそ、彼の管理が必要になる。
「カイン様。業務、完了です。これで王室からの干渉は、表向きは排除されました。辺境に戻り、古代遺跡の解読を再開できます」
「ああ、リリアーナ。貴女の力は、最高の利益をもたらした」
カインは頬に口づけを落とす。
そして、甘い声で言い切った。
「貴女はこの世界の真の聖女であり――私だけの妻だ。貴女の力は、私の愛と論理によって守られる」
リリアーナは、強すぎる溺愛という名の檻の中で、真の聖女として世界の運命を握ることになった。
逆転劇は勝利で終わった――はずだった。
けれど。
神殿の奥、光の天秤の台座に浮かび上がった古代文字は、完全には消えていなかった。
最後の一行だけが、誰にも読まれないまま、薄く脈打っている。
『……その光が極まる時、門は開く』
嵐は去っていない。
嵐の形が、変わっただけだ。



