カインは、ヘンリー王子に向き直った。
「ヘンリー殿下。貴方の『真実の愛』とやらは――貴方の傍にいる女性を、公的な場で感情すら制御できない、無様な存在に変えました」
低く、凍るような声。
それだけで会場の空気が引き締まる。
「彼女の魔力は乱れ、品位は失われている。これが、貴方が王国に示したい『愛』の姿ですか?」
それはただの揶揄ではない。
王子の政治的基盤を根元から裂く指摘だった。
王子の掲げた真実の愛が、国政の混乱を招き、貴族社会の秩序を乱す有害な理念である――そう公然と定義したのだ。
ヘンリー王子の喉が鳴った。
反論が出ない。
言葉を返せば返すほど、場にいる貴族たちの評価が加速していく。
「そして、貴女方の口から、今後二度と、私の妻への侮辱が出ることを許さない」
肩を抱かれたリリアーナの体が、闇属性の魔力に守られているのが分かる。
温もりではない。安定だ。
感情を波立たせないための、絶対的な制御。
「リリアーナは私にとって、最高の知性、最高の力を持つ、唯一無二の存在だ。彼女の持つ生命魔力は――貴女方の軽率な判断で損なうには、あまりにも尊い」
聖女とは言わない。
だが生命魔力とわざわざ言い切ることで、価値の格が変わる。
ただの公爵夫人ではない。
国家の命運を左右する資産に近い何か。
そしてカインは、会場全体に向けて、最後の楔を打ち込んだ。
「私の妻、リリアーナ・アルヴァロ・アルテミスは、今後、私の管理の下で王国の未来に関わる最も機密性の高い研究に専念する」
ざわめきが、凍る。
それは宣言であり、同時に線引きだった。
「彼女の安全と、彼女の自由を脅かす全ての者――たとえそれが王族であっても、アルテミス公爵家は容赦なく排除する。彼女の力は、誰にも渡さない」
公爵家の名と、研究という大義と、独占欲が完全に重なった言葉。
王子の権威は、その場で踏み抜かれた。
リリアーナは、カインの腕の中で彼を見上げた。
青い瞳は、激しい愛と独占欲に燃えている。
冷酷なはずの男の視線が、今だけは守るではなく手放さないに偏っている。
「さあ、リリアーナ」
カインは、彼女の耳元にだけ落とす。
「この腐った社交界は、もう貴女の業務ではない。貴女は疲れている。私の膝で休息の業務を遂行すべきだ」
――退場。
それは単なる夜会の終了ではなかった。
王都の貴族社会に対する支配権の誇示であり、アルテミス公爵夫人としてのリリアーナの地位を刻み込むための、最後の儀式だった。
カインはリリアーナの腰を抱き寄せたまま、会場の出口へと向かう。
背後では、ヘンリー王子とセレナが衝撃と屈辱から立ち直れず、ざわめきが波のように押し寄せてくる。
リリアーナは、カインの魔力に包まれていた。
その魔力は、感情の揺らぎを許さない。
守られるというより、安定化される――彼女の生命魔力の機密性を保つための、徹底した制御。
「カイン様。馬車まで、あと十歩です。無駄な接触は避けられそうです」
小声での報告。
仕事の口調。
そしてそれが、彼らにとって最も安全なコミュニケーションだ。
「貴女の分析は、常に正確だ」
カインの顔は夜会仕様のまま冷たい。
目的は達成された。
あとは、無事に離脱し、辺境へ戻るだけ――
そのはずだった。
「待て!カイン公爵!そして、リリアーナ!」
ヘンリー王子の声が、ざわめきを切り裂いた。
屈辱と焦燥が混じった声。
価値ある資産を失う恐怖が、最後のプライドを押し上げたのだ。
カインは足を止めない。
王族の呼びかけを無視することは、通常なら許されない。
だが、カインが纏う圧倒的な威圧は、周囲の貴族に一つの確信を与える。
誰も止められない。
ヘンリー王子は自ら前へ出て、二人の進路を塞いだ。
セレナも、顔を青くしたまま隣に立つ。
嫉妬と、リリアーナの何かへの恐れが、瞳の奥に滲んでいる。
「カイン公爵!王族として命令を下す!」
声を張り上げる。
命令の形をとれば、自分がまだ上だと錯覚できる。
「直ちにリリアーナを王城に残せ!そしてリリアーナ!貴女は婚約破棄後も、王国の臣民としての義務を負う!」
王子の視線は、カインではなくリリアーナに吸い寄せられていた。
豊満になった体。首元のチョーカー。
そこに力の影を見ている。欲望の形で。
「貴女の父上からも、王室に対する名誉回復の要求が出されている。貴女はヴァイスハイト公爵家の娘として王室に協力する義務がある!」
「ヘンリー殿下。貴方の『真実の愛』とやらは――貴方の傍にいる女性を、公的な場で感情すら制御できない、無様な存在に変えました」
低く、凍るような声。
それだけで会場の空気が引き締まる。
「彼女の魔力は乱れ、品位は失われている。これが、貴方が王国に示したい『愛』の姿ですか?」
それはただの揶揄ではない。
王子の政治的基盤を根元から裂く指摘だった。
王子の掲げた真実の愛が、国政の混乱を招き、貴族社会の秩序を乱す有害な理念である――そう公然と定義したのだ。
ヘンリー王子の喉が鳴った。
反論が出ない。
言葉を返せば返すほど、場にいる貴族たちの評価が加速していく。
「そして、貴女方の口から、今後二度と、私の妻への侮辱が出ることを許さない」
肩を抱かれたリリアーナの体が、闇属性の魔力に守られているのが分かる。
温もりではない。安定だ。
感情を波立たせないための、絶対的な制御。
「リリアーナは私にとって、最高の知性、最高の力を持つ、唯一無二の存在だ。彼女の持つ生命魔力は――貴女方の軽率な判断で損なうには、あまりにも尊い」
聖女とは言わない。
だが生命魔力とわざわざ言い切ることで、価値の格が変わる。
ただの公爵夫人ではない。
国家の命運を左右する資産に近い何か。
そしてカインは、会場全体に向けて、最後の楔を打ち込んだ。
「私の妻、リリアーナ・アルヴァロ・アルテミスは、今後、私の管理の下で王国の未来に関わる最も機密性の高い研究に専念する」
ざわめきが、凍る。
それは宣言であり、同時に線引きだった。
「彼女の安全と、彼女の自由を脅かす全ての者――たとえそれが王族であっても、アルテミス公爵家は容赦なく排除する。彼女の力は、誰にも渡さない」
公爵家の名と、研究という大義と、独占欲が完全に重なった言葉。
王子の権威は、その場で踏み抜かれた。
リリアーナは、カインの腕の中で彼を見上げた。
青い瞳は、激しい愛と独占欲に燃えている。
冷酷なはずの男の視線が、今だけは守るではなく手放さないに偏っている。
「さあ、リリアーナ」
カインは、彼女の耳元にだけ落とす。
「この腐った社交界は、もう貴女の業務ではない。貴女は疲れている。私の膝で休息の業務を遂行すべきだ」
――退場。
それは単なる夜会の終了ではなかった。
王都の貴族社会に対する支配権の誇示であり、アルテミス公爵夫人としてのリリアーナの地位を刻み込むための、最後の儀式だった。
カインはリリアーナの腰を抱き寄せたまま、会場の出口へと向かう。
背後では、ヘンリー王子とセレナが衝撃と屈辱から立ち直れず、ざわめきが波のように押し寄せてくる。
リリアーナは、カインの魔力に包まれていた。
その魔力は、感情の揺らぎを許さない。
守られるというより、安定化される――彼女の生命魔力の機密性を保つための、徹底した制御。
「カイン様。馬車まで、あと十歩です。無駄な接触は避けられそうです」
小声での報告。
仕事の口調。
そしてそれが、彼らにとって最も安全なコミュニケーションだ。
「貴女の分析は、常に正確だ」
カインの顔は夜会仕様のまま冷たい。
目的は達成された。
あとは、無事に離脱し、辺境へ戻るだけ――
そのはずだった。
「待て!カイン公爵!そして、リリアーナ!」
ヘンリー王子の声が、ざわめきを切り裂いた。
屈辱と焦燥が混じった声。
価値ある資産を失う恐怖が、最後のプライドを押し上げたのだ。
カインは足を止めない。
王族の呼びかけを無視することは、通常なら許されない。
だが、カインが纏う圧倒的な威圧は、周囲の貴族に一つの確信を与える。
誰も止められない。
ヘンリー王子は自ら前へ出て、二人の進路を塞いだ。
セレナも、顔を青くしたまま隣に立つ。
嫉妬と、リリアーナの何かへの恐れが、瞳の奥に滲んでいる。
「カイン公爵!王族として命令を下す!」
声を張り上げる。
命令の形をとれば、自分がまだ上だと錯覚できる。
「直ちにリリアーナを王城に残せ!そしてリリアーナ!貴女は婚約破棄後も、王国の臣民としての義務を負う!」
王子の視線は、カインではなくリリアーナに吸い寄せられていた。
豊満になった体。首元のチョーカー。
そこに力の影を見ている。欲望の形で。
「貴女の父上からも、王室に対する名誉回復の要求が出されている。貴女はヴァイスハイト公爵家の娘として王室に協力する義務がある!」



