転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

されるがまま身体を拭かれ、ふわふわのタオルに包まれて椅子に座らされる。
そして髪を乾かしてもらっているとき、ふと気付いた。

あれ……?これ、ドライヤーじゃないよな?
侍女の手から、自然に温かい風が髪を吹き上げている……

「ねぇ?それ、魔法ってやつ……?」
「?はい?」
「うわーーー!!見せて見せて??」

興奮して彼女の手に触れてみる。
確かに出てる。ほんのり暖かい風が。

「私は魔法が使えないので、魔法石の力をお借りしているんです」

魔法石?

説明によれば……
魔法は誰でも使えるわけではなく、適性のあるなしで分かれるらしい。
明かりを灯す、風を起こす、お湯を温めたり逆に冷やしたり。
そういう生活に密着した簡単な魔法なら、庶民でも適性さえあれば扱える。
でも使えない人のために、魔力を込めた『魔法石』というものがあって、それを媒介にすれば誰でも効果を得られるのだとか。

彼女の手首に光るブレスレットも、その魔法石でできているらしい。
そこから発せられる力で、今まさに天然ドライヤーのような効果を生んでいるわけだ。

……ナニコレ?宝具?チートアイテムなの???

「王家の方などは、とても強い魔力を持たれているそうですよ」
「え~~すごい!私も使えるようにならないかな~~」

興奮して両手を前に突き出し、それっぽく力を込めてみる。

「んっ……!」

……当然、何も出るわけがない。

「……出るわけないっか!!」

でも、魔法かぁ……
やっぱり一度はこの目で見てみたい。
できれば、あの……中二病心をくすぐるような、意味あるんだかないんだかわからない詠唱付きで!
長い呪文を唱えたあとに、ドカーン!って火の玉とか飛んでったら最高じゃん!?

しかも、それが詠唱破棄とかいう必殺技でバシッと決まったら、もう鳥肌モノ!!
あぁ、さらに声がイケボだったら……うわぁぁぁ!私、絶対惚れる!!

服に合わせた上下お揃いの下着まで、侍女の手によってきっちり身につけさせられる。

ここまで、私が自分で動かした身体って、湯船を跨ぐときに足を上げたのと、下着を履くときにちょっと足を上げて両手を広げたくらいだからな!?
何か物を落とそうものなら、秒速で侍女が飛んできて拾ってくれる。

マジ貴族半端ない。
本当に一切、自分で何もしない。

侍女が選んだ綺麗なドレスに袖を通す。
胸元には無数のレースが重なり、薄い緑の布地にピンクがかった金髪がふわりと映える。
髪は軽く結い直され、繊細な髪飾りが差し込まれる。

「お嬢様、お顔のお色を調整させていただきますね」

そう言われたけど。
いやいや、そもそも素の状態でびっくりするくらい肌のキメも血色も良いんですけど!?
それでも、ほんのり頬にチークを乗せられ、唇に艶を加えられる。

「とてもおきれいです!」

……いや、マジで完全同意。
これだけの薄化粧でこの完成度、素材力がバグってる。
やっぱり睡眠の質がめちゃくちゃ良いからなのか?
連日そこそこ自堕落な生活を送ってるのに、吹き出物ひとつ出てないし。
16歳のアンチエイジング力とターンオーバー力、恐るべし。

アリエルが学園であんな目に遭ったのは、公爵令嬢という身分ももちろんだけど、この見た目も大きな理由の一つなんだろうな。

記憶の中のリリアナを思い出す。
どう見ても『か弱い』って印象のリリアナ。

座り込んで泣いているリリアナの隣に、堂々と立つアリエル。
その構図だけで『アリエルが何かしたんじゃないか』と思い込む者が大半になる。
見た目が良すぎるせいで、不遇を被る。そんな馬鹿な話。
でも現実にあるのが世の中なんだよな……

「お嬢様、お食事のお時間でございます」

深々と頭を下げる侍女に促され、そのまま長い廊下を進む。

高い天井。大きな窓。
窓の外は既に暗闇に沈んでいるのに、計算された照明が広大な庭園を浮かび上がらせる。
壁を彩る調度品や絵画、精巧な装飾……どれもがクローバー家の豊かさと権威を誇示していた。

ずっと部屋に籠もっていたから気付かなかったけど……さすが公爵家、広すぎ。
もうどれだけの部屋を横切って、どれだけの角を曲がったか覚えてない。
正直『案内なんていらないでしょ』って思ってたけど、全然無理だわ。
自宅なのに迷子コースまっしぐら。
29歳にもなって『おうち帰れない』って泣きそうになるとか、マジでホラー。

そして今から、貴族のコース料理ですか。

鳥の方の『貴族料理』にはよくお世話になってたけど、ガチのフレンチフルコースなんて、人生で数えるほどしか食べたことないんですけど!?

いや、言うてもね、私だって29歳。コース料理くらい経験はあるさ。
友達の結婚式でだけどね!!!!

ナイフとフォークの順番って、外側からで合ってたよね……?

肉の焼き加減って指定できるんだろうか。
レアとか半生っぽい肉は正直あんまり好きじゃないんだよな。
医者目線で考えると、火が通ってない肉って寄生虫とか細菌リスクが頭をよぎって不安になるし。

よし、できれば『ウェルダンで』って言いたいけど、果たしてこの世界のマナー的に通じるのか?

食堂に通されると、長いテーブルの奥に父と母はすでに着席していた。
天井のシャンデリアの光が煌々と照らし、まるでドラマのワンシーンのよう。

うわ、なんかドラマでしか見たことないシチュエーション。

「アリエル、今日は顔色も良さそうね」

母の声に促され椅子を引かれる。
座ると、父が軽く頷き、重厚な声で告げた。

「では、始めよう」

執事の合図と共に、静かに扉が開く。
白手袋をした給仕が一礼し、流れるような所作で次々と皿を運んでくる。

最初に置かれたのは、小さな白い皿。
薄く切られた燻製の鴨肉に、鮮やかな木苺のソースが添えられていた。

おお、めちゃくちゃ美味しそう。

続いて、透き通ったコンソメスープ。
琥珀色の液体の中、小さな野菜が宝石みたいにきらめく。

え、これ……家庭の鍋とは完全に別物なんですけど!?

焼きたてのパンが銀のバスケットに盛られ、香ばしい香りが漂ってきた。
さらに、淡水魚を使った前菜。白身の上にはキャビアのような粒が輝いている。

ちょっと待って。
貴族のコースって、これ全部食べきれるの?

さっき自室で、あんなにお菓子つまんじゃったんですけど!?
私、すでにお腹パンパンなんですけど!?

その後も料理はテンポよく進む。
サラダ。魚料理。そして……肉料理へ。

鹿肉のロースト。
切り分けられた断面は、鮮やかな赤を残したレア。
芳醇なソースの香りと香草の匂いが立ち上り、空腹中枢を刺激してくる。

いやいやいや!これ、大丈夫なの!?
中心ピンクどころか、ほぼ赤いよ!?
この世界の衛生観念とかどうなってんの!?
寄生虫検査とか、細菌培養検査とか、絶対無いよね!?
医者やってた人間からすると、一番落ち着かないタイプの肉なんだけど!?

……食べるしかない、のか……?

父がナイフとフォークを静かに置いた。
その低い声が、広い食堂に響き渡る。

「……アリエル。ルシアン殿との婚約は、正式に破棄された」

一瞬、胸の奥がひやりと冷える。
え、今さらっと重大発表しなかった!?
このフルコースの途中で!?

ていうか、『この場で婚約破棄してやる!』って叫ばれた記憶だったけど……
実際には即時破棄じゃなく、正式な手続きが必要なのか。

母が優しく微笑む。

「これで、あなたは自由よ。もう気に病むことはないわ」
「……はい。ありがとうございます」

……良かったな、アリエル。
少なくとも、おまえの両親は、ちゃんと味方だ。

父が続ける。

「それと、陛下からお見舞いも頂いていたからな」

陛下?ってことは、王様!?

「明日辺り、お礼にアリエルも同席しなさい」

は?