転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

婚約披露が終わった翌日、晴れて正式に王太子の婚約者となったリエルに会いに、公爵邸を訪ねた。

案内された先は、彼女の私室。

部屋に入ると、豪奢な天蓋付きベッド。絹のように柔らかそうなカーテンは半ば開かれ、そこに積み重ねられた枕やクッションの海に、少女がすっぽりと沈み込んでいる。
ネグリジェ姿のリエルは、俺が婚約内定の証として渡した紫のストールにくるまり、膝の上には分厚い本。
テーブルには侍女が用意したらしい果物や焼き菓子が山と並び、甘い香りが部屋中に漂っている。

ちらりと俺の姿を確認したが、挨拶の一つもなく、再び活字の世界に没頭してしまう。
……本当に、この子は。

躊躇うことなく彼女の隣へ歩み寄り、ベッドに腰を下ろす。布が沈み、肩先が触れそうになる。
それでもリエルは目を上げず、ページを繰る指先だけが忙しく動いていた。

俺は気にせず、テーブルから摘んだ果物や菓子を彼女の口元へ差し出す。
最初こそ『え?』と戸惑ったように瞬きをしたが、次の瞬間には小さく口を開き、素直に受け入れる。
一口、また一口。何気なく差し出すたび、白い喉がこくりと動く。

それが、可愛くてたまらなかった。
口元についた果汁を指で拭えば、その指先ごと唇に触れ、柔らかな熱に痺れそうになる。

やがて、彼女の指に一瞬かすめた俺の指を、思わず舐め取ってしまった。
甘味と温もりが絡み合い、どんな菓子よりも濃密な味が脳を直撃する。
危ういほどの衝動に、自分でも息が詰まる。

ふと視線を向けると、リエルは本を読みながら時折クスクス笑い、眉尻を下げ、目に涙を滲ませていたり……頬をほんのり赤らめたり。
ころころ変わるその表情が、どうしようもなく愛おしい。

……こんなに無防備で、愛らしくて。
この腕の中に閉じ込めてしまいたくなる衝動を、どうやって抑えろというんだ。

「……何見てんだよ」
「いや、我が婚約者殿は麗しいなと思って」

からかうように告げれば、リエルはぷいと顔を背け、本に逃げ込む。
耳の先までほんのり赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。

「食べ物は?」
「……もう、お腹いっぱい」

差し出した果物を小さく手で押し返す。
その仕草すら愛らしい。
だが、耳まで赤いのは、俺の言葉をしっかり受け止めている証拠だ。

本なんて読ませるつもりはない。
彼女の肩越しにそっと腕を回し、背後から抱きすくめる。
細い肩がびくりと震え、美しくしなやかなリエルの髪が俺の頬や首筋をかすめた。

「ぷっ……ちょっと、くすぐったいってば」

くすぐったいと言いながら、堪えきれずに笑う顔が可愛い。
だからつい、首筋に口づけを落としてしまった。

途端に小さな身体がびくっと震える。
逃げようとしても、軽く抱いただけで簡単に捕らえられてしまう。
その戸惑いさえも、甘美で、愛しくて。

「……怖がらせてすまない。もう少しだけ」

自分でも理性が揺らいでいるのがわかる。
彼女の唇に何度も触れ、深く味わってこのまま奪い尽くしてしまいたい。
けれど。

……いや、まだだ。
泣かせるようなことはしたくない。

欲望と理性のせめぎ合いで、心臓の鼓動が荒く耳に響く。
思わず彼女から身を離し、深く息を吐く。

このまま進めてしまいたい気持ちと、王太子として結婚まで待たねばならない責任感が鬩ぎ合う。
いざ……行動にしてしまおうと思っても、ちゃんと彼女と最後まで為せるのか不安になってしまう。
……余裕の顔を繕っているが、本当はいつもぎりぎりなんだ。

気まずい沈黙が落ちる。耐えきれなくなったのか、リエルが叫んだ。

「~~~!!!断りもなくキスすんなぁぁぁ!!!」

ベッドから逃げようとするリエルを、反射的に引き寄せる。
抑えなければと思えば思うほど、離れてしまうのが耐えられず、腕の中に閉じ込める。

「リエル……愛してる」
「お前は話を聞けよ!!!!」
「おや?君がいつも読んでる物語の王子と俺は近いと思うんだけど?」
「は?え?」

抵抗とも言えない小さな拳で肩を叩く姿すら愛おしい。

「俺なら、全て叶えてあげるよ?」
「……読むのと実行されるのとは違っ……!!」

観念したのか、やがて大人しくなり、俺の胸に顔を埋めてくる。
その心地良い鼓動と体温を感じていると……

「わんっ!」

……邪魔が入った。

ふかふかの白い毛玉、リエルがワンワンと名付けた犬がベッドに飛び乗ってきた。
俺とリエルの間に割り込むように寝転がり、当たり前の顔で居座る。

リエルは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間には吹き出すように笑い、犬を抱きしめた。

『だって、こんなに綺麗で、大きくて堂々として……』
『エドにそっくりじゃないですか♡』

彼女はそう言っていたが、どこがだ。納得いかない。
腕の中より、犬の毛並みの方が安心するのか。
理性を取り戻すにはちょうどよかったのかもしれない。
けれど、犬に彼女を奪われたような妙な悔しさが胸を締めつける。

尻尾を振りながらリエルの膝に飛び乗り、当然のように抱きつくワンワン。
彼女は嬉しそうに笑い、頬を擦り寄せている。

……ワンワン。この貴重な時間を邪魔するとは……お前だけは絶対に許さない。

「ワンワン♡今日も可愛いねぇ」
「……」

俺の腕から、するりと抜けていくリエル。
代わりにその腕に収まったのは犬。
本来の俺の場所を奪ったのは犬。

「くすぐったい~!やめてよワンワン♡」

舌で頬を舐められ、ころころ笑う彼女。
……俺だって、そこまでしてないのに。

そんなことを考えながら、戯れているアリエルを眺めていると犬と視線がぶつかる。
黒い瞳がキラリと光り、『ワフッ!』と誇らしげに吠えた。
……ドヤ顔をしている、気がする。
いや、気のせいじゃない。挑発だ。間違いない。

リエルはくすくす笑いながら、俺と犬を見比べる。

「も~、ワンワン相手に睨むなって」
「マウント取られてる気がするな」
「ぶっ!気のせいだって!!」

けれど、どうしても引けなかった。

「……リエル」
「ん?」
「ワンワンは……結婚後、どうするんだ?」

犬越しに投げた真剣な問いに、彼女は即答する。

「え?連れてくよ」
「……っ!」

……崩れ落ちそうになる。
王太子妃として迎える婚約者より、犬の扱いの方が早いのか。
国王陛下に婚約を認められた俺より、即答か。

「……ワンワンめ……」

犬を睨むと、リエルが笑いながら俺の頭を撫でてきた。

「エドも、ワンワンも、どっちも大事だってば」

肩ががくりと落ちる。
犬と同列。王太子、婚約者と犬が同じ括り。

「……俺と犬を一緒にしないでもらいたいな」
「だって、ワンワンと私はもう家族だし。結婚したら、エドも家族になるんだろ?」

さらりと告げられ、胸が跳ねる。
犬と同列にされて腹を立てるどころか、結局その一言で胸が満たされてしまう。
……そんな言葉を向けられて、反論できるはずもない。
結局、彼女の笑顔にすべてを許してしまう。

「……なら、俺だって示させてもらおうかな」

ぐいっと腕を伸ばし、リエルを引き寄せる。
頬に口づけ、そして唇を奪った。

「んっ!?ワ、ワンワンの前でやめろって!」
「誰の前であろうと、俺のものだと示したいんだ」

背後から『ワフッ!』と抗議の声。
それを無視して、もう一度深く口づけた。
犬にだって譲れない……そう伝えるために。