蓮くんの好きぴは着ぐるみのなか

「蓮、天才! え、どうしよう、やばい、やばいって!」
「真紘、落ち着きなよ。てかコレ、どうやって持って帰んの?」

 放課後のゲームセンター。店内に響き渡る爆音の電子音の中、スマホのカメラを向けながら飽きれる葵の前で、俺は戦利品を抱えて大興奮していた。
 ずっと狙っていたクマのぬいぐるみは、五百円玉を三枚を溶かしても、出口の縁で意地悪く踏ん張ったままびくともしなかった。なのに、蓮が『貸して』と操作を代わった途端、アームがガッチリと手足の隙間を捉え、いとも簡単にぬいぐるみの巨体が持ち上がった。無事に捕獲成功である。

「そんな嬉しい?」
「当ったり前じゃん! 今日からコイツと寝る」
 
 自分の顔がすっぽり隠れるほどの巨大な獲物を抱きしめたまま、俺は顔をくしゃくしゃにして笑みを向ける。蓮はちょっとだけ呆れたように、口角をわずかに上げた。
 いつもの俺をみる時の笑い方。けど、それだけで今は俺の「好き」が顔に出そうになる。

「袋、貰ってくる。そのままだと電車に乗れないだろ」

 蓮が店員のいるカウンターへ歩き出すと、悠生は『お前やっぱカッケぇな』と呟きながら、スマホを弄りつつその後を追う。
 ふたりが少し離れた隙を狙うように、それまで大人しくしていた葵が、そわそわとした手つきで俺のブレザーの袖口をぎゅっと掴んできた。

「……葵? どうした?」
「クリスマス……。夕方から、悠生とドリームランドに行こうって話になって。真紘、シフトってもう出た?」

 視線は斜め下を向いたまんま。伏せられた長い睫毛が、微かに震えている。
 これはあれだ。悠生とのクリスマスデート、作戦に協力してくれてありがとう、と葵なりに精一杯の感謝を伝えようとしているのだ。
 素直に『ありがとう』と言えないところが、いかにも葵らしくて、なんだか微笑ましくなってしまう。
 けど、当日はさすがに葵のアシストをしてあげることは出来ない。きっと本人も、それが不安なんだろう。

「あー、どうだろう。希望制だから休むことも出来るけど、もしシフトになれば、当日は激混み確定だから忙しいかも。……で、何に乗るか決めたの?」
「悠生は絶叫系に乗りたいって言ってるけど、寒いし……俺は観覧車がいいなって、思ってる」
「いいじゃん、観覧車! ひとつだけハートの装飾があんだけど、それに乗って告白すると結ばれるってジンクスあんだよ」

 茶化すように言うと、葵は透き通るような色白の頬をみるみるうちにピンク色に染めて、『ふーん』と露骨に視線を逸らした。けれど、その瞳はしっかりと、蓮と歩く悠生の背中を追いかけている。

「俺は……向こうが告白してくれるまで絶対に待つ派だから」

 完全に受け身な姿勢の葵に、マジでクリスマスは大丈夫だろうかと不安がよぎる。そんな俺の心配をよそに、悠生が呑気な顔をして蓮と肩を組み、ローファーの踵を鳴らしながら戻ってきた。

「プリ撮ろーぜ、二学期無事にオワタ記念日!」

 葵と蓮が同時に『うわ、嫌だ』という拒絶の顔を浮かべた。けれど、俺も便乗するように面白がって葵の背中を押し、半ば強引に最新機種のブースへと体を押し込んだ。

「いいじゃん、撮ろ! ほら、葵と悠生は前に行って!」
「はぁ? なんで……悠生はデカいんだから、蓮と後ろに行けばいいじゃん」
「葵は操作苦手だろ? 俺に任しときなさいよ」

 悠生が手慣れた様子でパネルを操作し、次々とポーズを指定していく。
 流れる軽快なガイド音声にあわせて動きを作っていると、画面に『顎つまみポーズして♡』というお題が表示された。
 悠生は葵の顎を掴む気満々だったみたいだけれど、葵はすかさず、隣にいた悠生の顎を強めにホールドした。絶対に自分はやられたくないらしい。
 恥ずかしさを隠すように、悠生にだけ見せるその不器用な照れ。マジで隣で見てるのがじれったい。

「蓮、どっちがやる?」
「……俺が真紘にやる」

 珍しく積極的かつ意外すぎる返事に、俺が『えっ』と戸惑った瞬間。蓮は少しだけ緊張した面持ちで、俺の顎へと手を伸ばしてきた。それは「掴む」というより、優しく顔を上向きにされるような触れ方だった。ふに、と下唇に親指が当たった、気がする。

「れ、蓮、ちょい、違うって! 持ち上げるんじゃなくて……!」

 慌てて訂正しようとした俺をよそに、容赦なくフラッシュが焚かれた。表示された画面には、少女漫画のお手本のような完璧な顎クイの構図と、真剣な眼差しで見つめる蓮の横顔が映し出されている。

「待って! これヤバくね? 真紘のガチ照れ、おもろすぎんだけど。秒でストーリーズ行き決定〜」
「やめろ、お前無駄に拡散力あるからだめ! プライバシーの侵害!」
「なにそれ、真紘のくせに難しい言葉知ってんじゃん。てかプライバシーって日本語にするとどーゆー意味?」
「知るか!! マジでやめろよ、やったら葵にボコってもらうかんな!」

 抵抗する俺を無視して、悠生がゲラゲラと笑いながら画面を指差す。
 ふと、モニターの反射に映った蓮を見ると、鼻の先を手の甲で軽く抑えながら少しだけ俯いていた。
 いや、頑張ったのは分かる。偉いよ。もし今、俺がうさ太モードなら『よくやった』って褒めちぎる、けど!

(葵も悠生も居る場所で、いきなし顎クイすな! 葵なんかめっちゃジロジロ見てきてるし……!)

 半分投げやりな怒りと、恥ずかしさで一杯の視線を送っていたことに気付かれたのか、蓮とふいに目が合う。
 俺の方が耐えきれずに先に逸らしたけれど、今の照れた顔は絶対に――変に思われた気がして、それを誤魔化すために俺はぶっきらぼうに『行こうぜ』と蓮に声を掛けて落書きブースへと向かった。


 □■□■


 ホラゲーの不意打ちに絶叫し、エアホッケーのスマッシュで汗を流し、マリカーの接戦で火花を散らす。
 そんな怒涛の遊びの締めくくりは、ゲーセンの向かい――駅前から続くアーケードの入り口にある、甘い香りの漂うクレープ屋だった。

 先にベンチへ腰を下ろした悠生と葵が、何を話しているのか、珍しく声を上げて笑い合っている。蓮もその光景が意外だったみたいで、俺と一緒に列に並んだまま、無言でふたりのやりとりを見つめていた。

「てか、悠生。さっきから口にクリームついてるよ」
「え、どこ? 気付いてたんなら、もっと早く言えし」

 悠生が唇の端を確かめるように、舌をペロリと覗かせる。それを見た葵は、少しだけ困ったように『取れてない』と肩を竦めて、小さく笑った。
 見ているこっちまで毒気を抜かれたのも束の間。葵はリュックからウェットティッシュを抜き取ると、遠慮のない力加減で悠生の口元の汚れをグイッと拭う。

「ゲホっ、ゲホッ……! 葵、お前、これアルコール入りのやつだろ! 喉にくる……!」
「わがまま言わないでくんない? この歳にもなって、顔にクリームつけてる悠生が悪いんでしょ。……ホント、幼稚園児」

 無造作に、けれどどこか愛情のこもった手つき。
 葵はクシャクシャに丸めたティッシュをゴミ箱へ放り投げ、咳き込み疲れて天を仰いでいる悠生を、じっと見つめていた。
 その口元は、まだ緩んだまま。普段の毒舌が嘘のように、葵の瞳は、まるで大切な宝物でも眺めるような優しさを帯びている。
 
(おーい悠生〜。お前、いま奇跡的な瞬間を見逃してるぞ! 早く前向け! 葵が今まで見たこともないような優しい顔してんぞ)

 俺は心の中で、絶妙なタイミングで鈍感な悠生に向かって全力の念を送りまくっていた。けれど、そんな俺の熱い視線に気づく様子もなく。ふたりの間には、冬の寒さを忘れさせるような柔らかな時間が流れている。
 隣を見ると、蓮もまたその「奇跡」を目撃していたようで、いつもより少しだけ穏やかな眼差しをふたりに送っている。
 その横顔を見ていたら、なんだか俺の胸の奥もきゅうっと締め付けられるような感覚がした。

「……真紘」
「あ、わりわり。うわー、めっちゃ美味そう」

 蓮から受け取ったクレープは、イチゴとカスタード、生クリームがたっぷり挟まれていてズッシリと重い。今すぐにかぶりつきたい衝動を抑え、俺はスマホをブレザーのポケットから取り出した。

「蓮、記念にツーショ撮ろ?」
「……ん、いいよ」

 インカメを起動し、クレープと顔を限界まで寄せ合う。いつもと同じように自分から誘ったことなのに、心臓がトクンと小さく跳ねた。

「こっちも食うだろ?」

 蓮が自分のチョコレート味のクレープを、俺の口元へ向かってそっと差し出す。以前なら何気なく口を開けていたはずなのに、今は『これって間接キスじゃん』というセルフツッコミがよぎり、身体がガチガチに強張った。
 けれど、蓮の視線は真っ直ぐなままで。ここで俺が拒むほうがなんか変な気がした。

「……さんきゅ! めっちゃ美味そうなんだけど」

 パク、と遠慮がちに甘い生地をかじった。その瞬間、サイドの髪がさらりと垂れて、視界を塞ぐ。すると蓮は、中指でなぞるように俺の髪を耳に掛けてくれた。

(――うわ……何それ、やば……死ぬんだけど)

 指先が微かに触れた耳たぶが、そこから段々と熱を帯びて、不思議な違和感が背筋を駆け抜ける。
 何を話したらいいのか分からない沈黙が続いて、俺は気まずさを紛らわすように、チラッと隣の蓮を見て言った。

「……てか、蓮っていっつもチョコ味だよな。なんで? たまには冒険とかしたくなんない?」

 俺の問いかけに、蓮はクレープの包み紙を指先で器用に剥いて、視線を足元に落とす。そして考え込んだように少しの間を置いてから、淡々とした口調で答えた。

「真紘がいつもチョコ味と、もう片方のやつで悩むだろ。だったら、俺がいる時は俺がチョコを買っておけば、真紘に一口あげられるって思うから」

 その表情には、照れも、計算も、何ひとつ混じっていなかった。いつもの涼やかで完璧な、藤崎蓮のまま。
 当たり前と言わんばかりの態度だけれど、そういうのを平気で言えるのがずるい。だってそんなん、好きのレベルじゃなくて、クソデカ感情越えして、もはや「愛」でしかねぇじゃん。

「蓮って、そういうの多くない? なんつーか……俺を基準にして物を選んでる、みたいな」
「まぁ、確かに。なに、嫌ってこと?」
「え、ちがくて。蓮もたまに自分の好きなようにしたらいいのにって思うてか……なんかサーセン、選択肢を奪ってしまいまして」
「いや、好きにしてそうなってるだけ。別に真紘が気にする事じゃ無い」

 蓮本人は、これがアプローチだなんて、これっぽっちも思っていない。けれど、その飾らない言葉を意識すればするほど、自分だけが深い沼にハマっていくような気がする。
 騒がしく脈打つ胸の音を誤魔化すように、俺は自分のクレープを一口大きく頬張った。

「なんか喉乾いた。……俺、葵と飲み物買ってくる」

 悠生が財布を片手に立ち上がる。
 俺たちも、ふたりが少しでも長く二人きりになりたがっている空気を感じ取って、『ここで待ってるわ』と返事をする。

 前よりもずっと密着した距離感で、さっきのプリ画を見ながら、二人は肩を寄せ合うようにしてタピオカ屋へと歩いて行った。その背中を見つめながら、俺は心の中で葵に最大限のエールを送る。

「……真紘」
「ん?」

 不意に名前を呼ばれて、蓮の方へ視線を戻す。
 すると、蓮はいつもより落ち着かない様子で、何度か瞬きを繰り返していた。
 どうしたんだろうと俺もつられて瞬きを返すと、軽く俯き加減になった蓮が、意を決したように俺を真っ直ぐ見つめて言った。

「クリスマス……お前、予定ある? それとも、バイトのシフト希望、丸にした?」
「あー……シフト希望、まだ出してない。蓮は?」
「俺もまだ。でも、明後日までに出さないといけねーだろ。そんで……」

 蓮は残り少なくなったクレープを握りしめ、視線をわずかに泳がせる。
 その表情と、言葉の詰まらせ方。俺は秒で察した。
 こいつ、今、葵たちと同じように――必死に俺を「クリスマス」に誘おうとしてる。

(うわ……待って。なんか俺まで心臓ぶっ壊れそうなんだけど……)

 蓮の頬は、夕焼けのせいだけではない赤みに染まっている。その唇が、言葉を探すようにきゅっと閉じられる。その必死な表情を見ていたら、当事者のくせに、俺は猛烈に蓮を応援したくなってしまった。

(頑張れ! 蓮、早く言え! 『俺とクリスマスどっか行かないか』って、その一言だけだろ!? さっきの余裕はどうしたんだよ!)

  頭の中では蓮の胸ぐらを掴んで「はっきり言え!」と揺さぶりたい気分なのに、現実の俺たちは、静止画みたいに動けないまま。

 ……分かった。完全に理解した。
 こいつは無自覚な時だけ俺をメロつかせる天才のくせに、いざ自分から踏み込もうとすると、とんでもなくチキるんだ。

 不自然なほど長い沈黙。ようやく重い口を開いた蓮が放ったのは、期待していたものとは違う、逃げの言葉だった。

「だから……もし真紘が出勤するなら、俺もシフトを合わせようと思って。……また前みたいに、無理して具合悪くなるのも心配だし」
「……な、なに。もう元気だし。あん時はたまたまだって。迷惑かけたのは悪いと思ってるけどさ」

 あの体調不良の後、俺が情報の授業中にルーズリーフをちぎって作った「なんでもしてあげる券」。蓮はそれをバカみたいに気に入って、スマホカバーの裏に大事そうに挟んでいる。
 悠生たちに突っ込まれても、『いつでも使えるように準備してんの』なんて、ちょっと自慢げに言いやがって。おふざけのつもりだったのに、百倍返しの羞恥心でこっちが死にそうだ。

「……ただ俺が心配で、同じシフトに入りたいだけだから」

 きゅっと眉間にシワを寄せて、どこか切なげに笑う蓮。その直後、スマホが短く震えた。

「あいつら、二人で先に帰るって。もう少しでいい感じにくっつきそうじゃん?」

 その顔を見て、一瞬で悟ってしまった。
 ――あぁ、こいつ今、猛烈にホッとしたな。

 核心に触れる勇気が出なかった自分を誤魔化すための、絶好の言い訳が届いて、本気で安心してるんだ。
 その「逃げ切った」と言わんばかりの安堵の表情を見たら、なんだか無性にムカついてきた。

(なんだよそれ……。結局、一番肝心なところ、全部あいつらのせいにすんじゃん。誘いたかったくせに!)

 悠生と葵には結ばれてほしいし、全力で応援してる。けど、それとこれとは話が別だ。
 話題をすり替えて、俺とのことは一歩も進まないまま。
 悲しいのか、怒りたいのか、自分でもよく分からない感情が胸の奥でぐるぐる渦を巻く。勝手に期待して、勝手にガッカリして。一人でバカみたいだ。

 だいたい、俺は知ってるんだ。蓮が俺をどう思っているか。
 着ぐるみを着て、正体を隠して相談に乗るなんていう、めちゃくちゃズルい方法で、あいつの本音をもう「盗み見」しちゃってるんだから。
 それなのに、蓮からの決定的な一言を、ただ黙って、知らないフリをして待ってる自分にも腹が立つ。
 期待と不安、それから、もうどうしようもないほど溢れそうなもどかしさ。
 視線のやり場に困って、俺はぐちゃぐちゃになった頭のまま、ぎゅっと唇を噛みしめた。

「真紘? どうした?」

 何も知らない蓮が、不思議そうに俺を覗き込んでくる。
 その「いつも通り」の優しい顔が、今は、泣きたくなるくらいもどかしかった。

「…………」
「食い終わったなら、そろそろ行こうぜ。クマ、重いなら俺が持つけど」

 蓮が椅子から立ち上がり、クレープの空き紙を丸めてゴミ箱へ捨てる。そのまま、何事もなかったみたいに帰ろうとする背中。
 このまま歩き出されたら、また「親友」の顔をした、いつも通りの日常に戻ってしまう。行かせたくない。
 お前の今までの必死のアプローチも、おんぶされた時に思った気持ちも。全部、ひとつも無かったことにしたくない。
 衝動のまま勢いよく立ち上がると、俺は蓮の腕を力いっぱい掴んだ。

「あのさぁ!」

 突然の大声に、蓮がビクッと肩を震わせて固まる。驚きで丸くなった瞳が、真っ直ぐ俺を捉えた。
 周りに座っていた高校生たちからも、何事かと好奇の視線が集まるのがわかる。けれど、もう止まれない。俺はフゥッ、と熱い息を吐きだした。その一呼吸すら、喉の奥で震えたような音が混じる。

「……二十五日、一緒に過ごす?」
「えっ?」

 蓮が信じられないものを見るような顔で、俺の言葉を聞き返した。
 自分でも驚くほどのやけっぱち。胸の奥を焦がすようなじれったさ。そして何より俺を突き動かしたのは、どこまでも臆病で、優しすぎて、なかなか踏み込んでこない蓮のヘタレっぷりへの怒りだった。

「クリスマスは、俺と二人で出掛けようって言ってんの!!」

 蓮が言えないなら、俺が言えばいい。
 おおよそ甘いとは言えない、怒鳴るような叫び声が放たれた瞬間。蓮の瞳がさらに大きく見開かれ、周りの雑踏が遠のいていく。
 時が止まったような錯覚の中、掴んだ腕から伝わる蓮の強張り。

(こんな大勢の前で俺に言わせたんだ、今さら断るとか絶対に許さねぇぞ……)

 そんな気持ちを込めて、俺は蓮を睨みつけるように見つめ続けた。

「……どこに?」

 帰ってきたのは、ぽかんとした顔の、気の抜けた一言。
 俺は思わずその場にズコーッと倒れたくなった。
 そこまで鈍いっていうか……お前だって俺のこと好きな癖に、そこまで言わすかよ、普通。

「ど、どことか決めてねーけど……。どうすんの? 蓮が嫌なら、俺、バイトのシフトに丸つけるけど」

 俺も、葵のことを笑えない。相当可愛くない誘い方をしている自覚はある。
 けど、やっぱり男だし、今さらデレデレするのも恥ずかしすぎる。というか、心臓が爆発しそうなのを悟られたくなくて、つい半分脅しみたいな、そっけない言い方をしてしまう。

 すると蓮は、薄く開いた唇を結び直し、今度は俺の目を真っ直ぐに見つめて答えた。

「俺も、真紘と過ごしたい」

 その真剣すぎるトーン。影を落としたような深い眼差し。
 あまりの破壊力に、目を逸らしたいのに見惚れて動けない。蓮は強い視線で俺を射抜いたまま、耐えきれないといった風に、口元を嬉しそうに緩めて笑った。

『ヤバ、めろくない?』
『なんかカワイイ~。クリスマスにふたりで出掛けよう、だってよ』

 その様子を見ていた他校の女子高生たちから、小さなクスクス笑いとひそひそ話が聞こえてくる。
 俺はそれが恥ずかしくてたまらなくなり、掴んでいた蓮の腕をグイグイと引いて、逃げるように電車のホームへと向かった。


 □■□■

 帰宅ラッシュの電車内。
 周りに申し訳ないほど場所を取っているクマのぬいぐるみを、蓮に網棚に載せてもらい、吊革に掴まる。
 開かないドアの前でお互いが向かい合う形で、スマホをいじっていた。
 揺れる車体に合わせて、蓮に視線を投げる。俺はメッセの個人トークに、近場でやっているイルミネーションのイベントページを共有した。

「で、どこ行くよ。やっぱ無難にこういうイルミとか?」

 無理に平然を装ったつもりの声が、ガタンゴトンという走行音に混じって少しだけ上ずる。

「俺は……真紘が行きたいって言うところなら、どこでも」

 いやいや、そこはもっとリードしろ。全部俺に振るなよ。思わず内心で、渋い顔になる。
 けれど、蓮の顔を見上げた瞬間、その文句は喉の奥に引っ込んだ。俺が誘ったことがよっぽど嬉しかったのか、隠しきれないほど顔色が明るい。
 なんなら、頬が薄っすらと赤い。なんつー顔してんだよ、と言いたくなるほどの「隠せなさすぎ」な様子に、胸の奥までむず痒い熱が伝わってくる。

(俺と一緒にバイト始める時より、嬉しそうな顔しちゃってるし……)

 でも、そんな顔が見られて良かった、なんて。
 勇気を出して良かったって思う自分が、確かにいて。同時に、理解してしまった。
 蓮は毎日、俺の前でこういう心臓が爆発しそうなドキドキを繰り返して、必死に手を伸ばそうとしてくれていたんだって。
 自分から初めて行動する側に回ってみて、その勇気の重さが、今さら刺さるように分かる。
 単に見る側で『押せ押せ』なんて言うのは簡単だ。でも、それを言葉に、行動に移すのがこんなにも怖いなんて。
 今なら、葵のあの強がりも、悠生のおちゃらけも、みんな自分の弱さと戦った末の精一杯だったんだって、痛いくらい寄り添える気がした。

「えー、どうしよっかな。まだ時間はあるし、もちょいふたりで調べてさ――」

 話している途中、電車が大きくカーブに差し掛かった。車内がぐらりと傾き、中央に立っていた乗客たちが一斉に体勢を崩す。
 蓮の身体が俺の方へ倒れ込み、反射的に伸ばされた手が、ドン、と俺の顔のすぐ横に置かれた。
 驚いてビクッと肩を震わせると、蓮は焦ったように顔を背けた。

「っ、悪い」
「ん、平気……」

 後ろに下がって距離を置こうにも、背中には座席の仕切り板が当たっていて、もう一歩も下がれない。
 ほぼ密着したままの蓮の身体から、なんとか意識を逸らそうと、俺は斜め下を向いたままスマホを握る両手にきゅっと力を込めた。

 ゴォォォ、と電車の走行音が耳元で激しく鳴り響く。
 会話はぷっつりと途絶え、俺たちは黙ったまま。トンネルに入って急に暗くなった車内で、お互いの影に視線の行き場を模索中だ。

(いや、待て待て。こんなの、前なら『狭すぎ』の一言で笑って終わってたはずなのに……。もう無理。意識しない方が無理だって……!)

 蓮が今、どんな顔をしているのか。
 気になって仕方なくて、俺はバレないようにそっと上目遣いに見上げた。

 窓の外をじっと見つめている、蓮の横顔。
 喉仏がゆっくりと上下して、彼が緊張を押し殺すように生唾を飲み込むのがわかる。
 俺が人混みに押し潰されないよう、腕に力を込めているのも、この至近距離だからこそ分かってしまう。

「……何?」
「いや……なんか、さーせん。色々守っていただいて」
「別にいいけど」

 そう言って、蓮は見下ろしていた顔を窓の外に向ける。でも、ずっと腕は顔の横についたままだ。

(くそ、顔面偏差値チートすぎんだろ……。もう一生こっち見んな。この距離で目が合ったら、マジで心臓止まって死ぬ……)

 俺はこらえきれず唇をぎゅっと噛み締めた。
 毎日見てるはずなのに、慣れるどころか「俺、こいつの顔面死ぬほど好きだわ」と再確認させられるだけ。
 早く駅に着いてくれ。この色んな意味で窒息しそうな距離感から解放されたい。でも、本当はもうちょい、このままで居たかったりもして。
 そんな矛盾だらけの気持ちを抱えたまま。車内の電光掲示板を見つめる。

(蓮の隣にいるだけで、俺、こんなに浮かれてんのヤバくね……?)

 あとどれくらいこうしていられるのか、目的地の駅までの数を指折り数えるみたいに、心の中で必死に追いかけていた。