蓮くんの好きぴは着ぐるみのなか


 あの後、家に着くなり、ドリームランドの園長から直々に電話がかかってきた。
 『早速だけど、面接に来てみないかい?』という、予想外にスピーディーな展開だ。
 俺は期待と不安をごちゃ混ぜに膨らませながら、人生で一番丁寧に、一文字ずつ魂を込めて書き上げた手書きの履歴書を準備した。学生証、親から借りた「佐藤」の印鑑。入れ忘れがないか何度も確認しながら、ひとつずつリュックに詰め込む。

 そうして迎えた、決戦の土曜日。朝の澄んだ空気の中、園内に一歩足を踏み入れると、どこか懐かしさのある、音割れした陽気なドリームランドのテーマソングが出迎えてくれた。

(うわー……やば。緊張してきた……俺、もし受かったらマジでここで働くことになるのか……)

 心臓は期待と緊張のセッションで、もはやドラムの乱れ打ち状態だ。
 チケット売り場のお姉さんに恐る恐る声をかけると、案内されたのは園の隅っこ。華やかなアトラクションとは対照的な、年季の入った地味でボロいプレハブの事務所だった。

「初めまして、園長の夢野(ゆめの)です。アルバイトに応募してくれてありがとう。さあ、どうぞ掛けて」
「し、失礼しますっ……!」

 俺は背筋をこれでもかと伸ばし、ガチガチになりながら応接用の革張りソファに浅く腰かけた。膝の上に置いた拳が、自分でも笑えるくらいに震えている。
 園長は、俺が差し出した履歴書をじっくりと眺めながら、『佐藤真紘(さとうまひろ)くんね』と、俺の名前を確かめるようにゆっくりと復唱した。

「早速だけど……今回のアルバイトの志望動機を聞かせてもらえるかな?」
「へっ?」

 ――え、ヤバ。もう終わったんだけど。

 その一言で、頭の中は綺麗さっぱり更地になった。求人票の時給と、ユルそうな文言に釣られただけなんて、口が裂けても言えない。かといって、意識高い系のキラッキラした嘘を並べる器用さも、俺は持ち合わせていない。

「えーっと……志望動機は……」

 冷や汗が背中を伝う。膝の上で拳をぎゅっと握りしめて、必死に自問自答した。

(待ってまって。そもそも俺が『ドリームランド』っていう場所に惹かれた理由ってなんだっけ……?)

 ちーちゃい脳みそをこれでもかとフル回転させて、バラバラになった記憶のピースをかき集める。
 何か言わなきゃ。数十秒すらめっちゃ長く感じる沈黙の中で、俺は震える喉から無理やり言葉を絞り出した。

「……俺、昔から……相手が笑う顔を見るのが好きなんです。サプライズを仕掛けたり、困っている人を助けたり。誰かを喜ばせて、最後に『ありがとう』って言ってもらえるのが、嬉しくて。……だから、このドリームランドで、短い間ですけど、お客さんを笑顔にするお手伝いがしたいと思って応募しました」

 言い終えた瞬間、事務所内がシンと静まり返った。心臓の音がドカドカとうるさい。
 園長は穏やかな笑みを浮かべて俺の目を見つめると、やがてゆっくりと、深く頷いた。

「……いい動機だね。君のそのホスピタリティは、ウチの仕事にピッタリだと思うよ」

 ホスピタル? なんじゃそりゃ。英語は赤点だからマジで意味わからん。でも、場の雰囲気と園長のおじいちゃんスマイルに、俺は心の中で『これって手応えありじゃね!?』とガッツポーズを作り、密かに胸をなでおろした。
 勝った。これでもう採用はもらったも同然じゃん、と確信した、まさにその時。
 机の上の固定電話が、爆音で事務所内に鳴り響いた。

「おっと、ごめんね。ちょっと失礼するよ」

 園長が短く断って受話器を取る。
 漏れ聞こえてくる途切れ途切れの言葉からして、どうやらスタッフの急な欠勤連絡っぽい。なんか大変そうだな。

「……そうか……それは大変だ。いや、代わりは……うーん、参ったな。今日に限って……」

 俺は手持ち無沙汰になり、視線を事務所の壁へと逃がした。
 そこには、色褪せた古い写真が額縁に入って何枚も飾られている。数十年前、まだ塗装がピカピカだった頃のドリームランド。今よりもずっと多くのスタッフと、溢れんばかりの笑顔のお客さんたちが映っていた。レトロブームのおかげで、たぶんこの古〜いゆるっとした雰囲気がウケてるけど、それがなければココは余裕で舞浜の「あの場所」に負けてる。

「……弱ったぞ。これは非常にまずい」

 電話を切った園長は、頭をガシガシと掻きむしり、一点を見つめたまま苦悶の表情で唸り始めた。

「あの……大丈夫ですか? 何か……」

 お節介かなと思いつつも、つい声をかけてしまった。なんだかんだと人に尽くしたがりで、世話焼きな俺のおせっかいがここでも出てしまう。
 その瞬間、園長がパッと顔を上げた。獲物を狙う鷹のような、恐ろしいほど鋭い視線が俺を真っ向から射抜く。いや、なんスかマジで。いきなし怖いんですけど。

「……佐藤くん。君、身長は何センチ?」
「俺ですか? あぁ、えっと……一六〇ちょい、ですけど……」

 めちゃくちゃコンプな部分に触れられて、グサッと刺さるものを感じる。俺の身長は、一六五に満たない。成長期の途中だって信じてるし、もはや神様に祈っているから、まだ伸びることは諦めていない。マーチンが欲しいのもそのせいなんだけど。

「ちょっと待って! 天の助け、いや、いいことを思いついたかもしれない。真紘くん、ちょっとそこに立ってみてくれる?」

 言われるがまま、俺は事務所の中央に直立不動で立つ。
 園長は少し離れた位置から、値踏みするように俺の頭のてっぺんからつま先までを何度も往復してチェックしている。そして、机に放り出されていた履歴書を二度見して、震える声で尋ねた。

「……趣味・特技の欄に『ダンス』とあるけれど。これは本格的なものかな?」
「あ、はい。五歳から中学まで地元のダンススクールに通ってました。大きな賞には縁がなかったんですけど……」

 答え終わるか終わらないかのタイミングで、園長は驚くべき速さで履歴書に赤いスタンプを叩き込んだ。
 デカデカと押されたその文字は、紛れもなく【採用】の二文字。
 俺の両肩をガシッと掴んで、顔にぺっぺっと唾が飛ぶのも構わず、カッと目を見開いて叫んだ。

「佐藤真紘くん! 即日採用、いや、即刻採用だ! 君には今から、わがドリームランドのメインキャラクター、『うさ太』としてハイタッチ会に出てもらう!!」
「うぇっ!? ……えっ、え゛えぇぇーーーーっ!?」

 というわけで――俺の華々しい(?)アルバイトデビューは、心の準備も何も出来ないまま、予想外すぎる急展開で幕を開けることになったのであーる。


 □■□■


 人生初のアルバイト。軽い気持ちで面接を受けに行ったら、その場で即採用。……ここまでは、まぁ。よくあるトントン拍子な話で済んだかもしれない。
 けれど、面接開始からわずか三時間後に、着ぐるみの「中の人」としてデビューを飾る羽目になった人間は、果たしてこの日本に何人いらっしゃいますか?
 俺、ちゃっかり日本初を取っちゃったかもしんないぞ。ヤバくね?

(……これ、マジで現実?)

 いま俺の身に起きているのは、もはや現実味なんてカケラもない超展開だ。
 どうして俺が、うさぎの着ぐるみの中に収まらなきゃいけないのか。そのトンデモすぎる経緯を説明すると、こういうことだ。

 ドリームランドの顔であり、メインキャラの「うさ太」を長年演じてきたオッサン・中野さんが、あろうことか今朝、過労で緊急入院しちゃったらしい。
『来春まで休ませて』というダイイングメッセージ(※生きてるけど)が届いた時には、目玉イベント「ふれあいハイタッチ会」の開始まで、残り時間はあとわずか。しかも、アルバイトはみんなアトラクションに全員配置済み。
 駅前からバスで三十分は掛るこのド田舎な立地じゃ、今から代役を呼ぶなんて不可能で。そんな絶体絶命の大ピンチに追い込まれた園長が、捻り出したウルトラC。
 ――それが、たまたまそこに面接で居合わせた「俺」を即採用して、代役として送り出すことだった、というわけだ。

「はいっ。真紘くん、早速だけど今から超特急で研修を始めるよ!」

 園長が、テーブルの上に『着ぐるみうさ太・極秘マニュアル』を突き出してきた。
 血走った眼で叩き込まれたのは、もっとも重要な三カ条。

 一、絶対に声を出してはならない。
(足を踏まれようが、尻を叩かれようが、可愛いジェスチャーで耐え抜け!)

 二、死んでも頭部(ヘッド)を外してはならない。
(客の前で脱ぐな。夢を壊すな。着替えは指定の専用プレハブのみ!)

 三、スタッフにも、付き添い補助(アテンド)にも、正体をバラしてはならない。

「ただ、三番に関しては……去年、ちょっとした『事故』があってね」

 園長がバツの悪そうな表情を浮かべて、眉間のシワを深くした。
 なんでも、ベテランの中野さんは今年の記録的な猛暑に勝てず、真夏のステージで熱中症を発症。意識が飛びかける寸前、裏に捌けて介抱してくれた付添の「バイト君」に、うっかりその正体を晒してしまったらしい。
 幸い、そのバイト君は信じられないほど口が堅く、約束を守って誰にも口外しなかったおかげで、ドリームランドの平和は守られた。けれど、今回の「急造交代劇」については話が別だという。

「実は、その……中野さんが倒れたとき、彼は責任を感じてすごく落ち込んでしまってね。今回、中野さんが来春まで戻らないと知ったら、またショックを受けると思うんだよ」
「……つまり、そのバイト君の前でも、俺は完璧に『中野さんが演じるうさ太』になりきらなきゃいけないってことですか?」
「そう! 彼は勘が鋭いから、少しでも動きが違えば怪しまれる……君のダンス経験に全てが掛っている! 頼んだよ、真紘くん!」

 園長のプレッシャーに、喉がカラカラに乾く。
 渡されたタブレットで「普段のうさ太」の動画を見せられるけれど、中にオッサンが入っているようには見えない。その動きはあまりに軽やかで、愛嬌たっぷりだ。

(……まぁ、こんくらいなら動ける。でも……ジェスチャーだけで、オッサンのフリまでするって、中々の無理ゲーじゃね?)

 ただでさえ未経験なのに、唯一の正体を知る「バイト君」まで騙し通せだなんて。ミッション・インポッシブルにも程があるだろ。

「この動画の通り、やることは簡単。ハイタッチをして、子供たちと写真を撮ったり、最後にハグしたりするだけでいいんだ。台詞もないし、基本は立っているだけで合格。ポーズのリクエストに応えられたら百点満点だね」

 不安は山積みだったけれど、園長の『今日、うさ太に会うのを楽しみにしてる子がたくさんいるんだ……』という泣き落としに、お人好し全振りの俺の心はコロッと落ちた。
 身長が、『うさ太』の着ぐるみ規格に奇跡的なまでにピッタリだったのも、もはや運の尽きだったんだろう。

 俺はドリームランドのロゴ入りキャップを目深に被り、不審者さながらのコソコソした足取りで園内を移動した。案内されて裏手の離れに見えてきたのは、ひっそりとした小さめのプレハブ小屋。パッと見は、普通の倉庫にしか見えない。

「着替えが終わる頃に、付添のバイト君が迎えに来るから。それまで、この中で待っていてね」

 園長が嵐のように去った後の狭い室内には、年季の入ったスチールロッカーが一つと、週末のシフト表。
 その壁の隅に、中野さんのものだろうか。“子どもらを笑顔にする!”と力強い文字で書かれた付箋が貼ってあるのを見て、俺はゴクリと唾を飲み込み、腹を括った。

(やるしかねぇ。ここまで来たら、『やっぱり出来ません』はナシだ……それに、ぜってーこのバイトが終わったら、蓮とマーチン買いに行く約束もしてるし)

 人生初の着ぐるみ。ちょっとだけワクワクした気持ちで、ピンクと白の、ふわふわした着ぐるみ――『うさ太』の胴体に足を通す。素材は思っていたより軽い。けれど、問題は最後。
 巨大な頭部を、よっこらしょと自分の頭にハメ込むんだ瞬間、俺の世界は一変した。

(な……っ、何これ!? 全然見えないんだけど!?)

 うさ太の愛くるしいきゅるんきゅるんの黒目の部分に、針の穴のようなメッシュの隙間がわずかにあるだけだ。そこを必死に覗き込んで、ようやく景色を判別できるレベル。
 おまけに、内部には中野さんが残していった、絶妙にオッサン臭い汗の香りが充満している。
 着ぐるみに入る時間はたったの二、三十分だし、時給もちょっぴり上げてくれるって園長も言ってた。
 このオッサン臭さえ耐え抜けば、あとは他のコーナーの補助をするだけじゃん。そう自分に言い聞かせ、うさ太のふかふかな胸に手を当てて深呼吸するけど……やっぱり、どちゃくそオッサン臭い。

 その時、プレハブ小屋の薄いドアを叩く、控えめなノック音が響いた。思わず返事しそうになり、慌てて両手で口元――というか、着ぐるみの前歯を押さえる。危ない。今の俺は、佐藤真紘じゃない。みんなに夢を届けるウサギ、『うさ太 in 中野さん』なのを忘れるところだった。
 俺は覚悟を決めて鍵を外し、勢いよくドアノブを回した。

「お疲れ様です、藤崎です。中野さん、そろそろ行きましょうか」
「……っ!?」

 次の瞬間、聞き覚えのありすぎる声に頭の中が真っ白になって、そのまま後ろにひっくり返りかけた。
 うさ太の狭い覗き穴越しに、わずかな視界がとらえた真正面。そこに立っていたのは、紛れもない――親友の蓮だった。

(は!? なんで……なんで蓮がここにいんの!?)

 ドリームランドのロゴが入ったキャップを深く被り、地味すぎる紺色の鹿の子ポロシャツ。その上には、絶妙に野暮ったいブルーのナイロンブルゾン。
 普通なら「近所を散歩中のオッサン」になりかねない激ダサな制服なのに、蓮が着るとカタログの撮影みたいになってる。

「……段差、気をつけてくださいね」

 あまりの衝撃に、思わず『れ……っ』と名前を呼びそうになる。
 蓮は少しだけ不思議そうに眉を寄せたけれど、すぐにいつもの落ち着いたトーンで、俺に向かってスッと手を差し出してきた。

「今日は噴水広場の前まで移動します。予定は十時半からですけど、さっき見た時はもう十組くらい待機してました」

 もふもふの手に、蓮の指先の感触が伝わる。
 慎重に段差を降りる間、その手はしっかりと握られていて、まるで王子様とお姫様……いや、違う! そんなロマンチックな状況じゃない!
 姫側は巨大なピンクのウサギ、中身はバイト初日でパニック寸前の男子高校生。対する王子側は、原色ブルーのシャカシャカ作業着。絵面がシュールすぎて脳がバグりそうだ。

(いや、マジで意味わかんねーんだけど! どゆこと!? お前、介護系のバイトしてるって言ってたじゃんかよ!)

 脳裏に、教室で淡々と語っていた蓮の横顔が浮かぶ。

『介護系。オッサンの身の回りの世話とか、見守りの雑用全般』

 俺はてっきり、老人ホームでエプロンつけて、話し相手になったり……車椅子を後ろから押している姿を想像していたのに。
 思わず、うさ太越しに蓮をガン見してしまう。『なんで嘘なんかついたんだ?』って思ったけれど、よくよく考えると――。

 オッサンの世話(着ぐるみの補助)
 見守り(付添い)
 雑用(水分補給の管理や誘導)

(いや、一文字も嘘はねーけどさ……要するにドリームランドのスタッフじゃねーか! なんちゅー誤解を生む言い方してんだよ!)

 『ドリームランドで働いている』なんて言ったら、俺らが容赦なくイジるのが目に見えたのかもしれない。けれど、そこまで隠したかった気持ちを考えた時、さらなる矛盾に気づいて眉間に皺が寄った。

 俺がバイトを始めたら、「即身バレ」のリスクがあるはずだ。隠したいなら、むしろ全力であの時俺の応募を止めるべきじゃね?
 なのに、蓮はあんなに穏やかな顔で俺の背中を押した。どういうつもりだ。何考えてんのか、マジで分かんない。
 蓮が居るわ、謎に若干ウソついてるわで、大混乱。けど、今さら逃げ出すわけにもいかない。
 俺はうさ太。ただの、ふわふわなウサギの妖精。頭を一度空っぽにして、そんな呪文をかけながら、蓮に手を引かれて歩き出す。
 
 プレハブの薄暗い世界から一転、広場に近づくと、園内の賑やかな声がどんどん大きくなってきた。
 色とりどりの風船を持った子どもたち。うさ太のカチューシャをつけて笑う家族連れ。まさに「夢の国」って感じのキラキラした光景が広がっている。

(やべぇ、マジでやべぇ。ここでヘマをして夢を壊したら、即日クビも有り得るよな……)

 着ぐるみの中で、プレッシャーで押し潰されそうになっていたその時。蓮が繋いでいた手を緩め、うさ太の顔を覗き込んで言った。

「無理はしないでくださいね。何かあったら、すぐに合図をください」

 蓮はやっぱりマジで優しい。学校で見せるあのクールな顔も、バイト先で見せるこの誠実な顔も、裏表がない。でも変わらないその優しさが、今の俺には逆に胸に刺さる。傷つけるウソではないし、事情があるとはいえ、やっぱ騙していることがめっちゃ気まずい。

 俺は声を出せないから、着ぐるみの指で力いっぱい『大丈夫!』とサムズアップを作ってみせた。ちなみに、うさ太がヤバい時の暗号は、指で数字の四を作ることらしい。要するに『死にそう』の()だ。四本指を立てるウサギ、めっちゃシュールじゃね?

(俺がここで下手こいたら、蓮にも迷惑掛るし……ガチで頑張らねぇと)

 その時。広場のスピーカーから、うさ太のテーマソングらしき爆音のメロディが流れ出す。リズムが早くて、すっげーノリノリの曲だ。
 俺は蓮のもとから離れると、覚悟を決めて子どもたちの前へ飛び出した。必死に中野さんの可愛らしいぴょこぴょこした動きを再現してみせる。
 子どもたちは最初こそポカンとしていたけれど、俺が渾身の『きゅぴるんっ♪』という決めポーズをとると、歓声を上げて一斉に駆け寄ってきた。

「うさ太ー! こっちに来て、さわりたいよぉ!」
「はやく! はやくー!」

「みんな、順番に並んでね。大丈夫、必ず全員とハイタッチと写真撮影が出来るから。……保護者の方も、整列のご協力をお願いします!」

 学校ではまず見せない、蓮の営業スマイルと声を張る姿。その隣で、俺は必死に手を振ったり、可愛らしいポーズを連発したりする。
 ただ立っているだけかと思ったら、これが想像以上にハードだ。ちょっと動きを止めただけで一気に「人間っぽさ」が出てしまうから、常にどこかしら体を動かしていなきゃいけないし、着ぐるみの重さに加えて休みなく続く有酸素運動。もう、サウナの中でゆるい振りのダンスをしてるみたいな辛さでしかない。

「うさ太~、だいすき!」

 それでも、ハイタッチの合間にこんな天使みたいな言葉をかけられると、疲れなんて吹っ飛ぶ。目線を子どもに合わせて、ぎゅーっと抱きしめた。やっぱ小さい子は無条件に可愛い。癒しすぎて、着ぐるみの中で相手に見えないと分かっていても、思わず笑顔になってしまう。
 それでも、十人を超えたあたりで着ぐるみの中は蒸し風呂状態になりつつある。軽い酸欠状態だ。それでも、最後の子を見送るまで俺はなんとかうさ太を演じきった。

「みんな、今日は来てくれてどうもありがとう。そろそろお別れの時間だよ」

 蓮が穏やかな笑みを浮かべて手を振ると、子供よりママ達の方がパパそっちのけで、蓮の顔をガン見している。わかる、分かるよママさん。蓮は『なんで一般人やってんの?』ってレベルでイケメンだもんな。そんでもって、隣のパパが複雑そうな顔をしててジワる。

「うさ太はドリームランドのお家に帰るよ。また来てね」

 普段より数十倍明るく振舞う蓮に手を引かれて、プレハブ小屋へ戻る裏道を歩いて行く。
 人の気配がなくなると、蓮はそっと耳打ちするように近づいてきた。

「お疲れ様でした。……今日は、やけにサービス旺盛でしたけど。何かいいことでもあったんですか?」

 ブンブンと力いっぱい頭を振って否定する。やべ、ちょいやり過ぎたっぽい。
 園長のスマホで普段の『うさ太』の動きを予習したはずなんだけど、つい気合が入ってキレが良すぎたか。
 蓮にバレないようにするためには、もうちょいオッサンの疲労感も出さなきゃいけない。めっちゃ塩梅が難しいな、と唇をへの字に思わず曲げる。
 そしてプレハブ小屋の前で別れる直前、蓮がふと足を止めた。

「あの……いつも相談してるあの件なんですけど。進展があったので……聞いてもらえますか」

(……え、なに? これ、俺が聞いちゃって大丈夫なやつなん……?)

 着ぐるみの内側で目を丸くして焦るけど、いまさら『ムリです』なんて言える空気じゃない。俺は「中野さん」になりきって、深々と一度だけコクンと頷く。
 一体どんな深刻な悩みかと思えば、蓮は声を潜めて、前髪を軽く指先で払いながら話し出した。

「実は、あいつがここでバイトしたいって、急に言い出して……」

 その一言を聞いた瞬間、自分の耳を疑った。聞き間違い、ではなさそう。
 ここでバイトって言ったら、ほぼ確で俺のことじゃん。てか、なんでそれを相談? しかも「あの件」呼ばわりする意味が分からん。
 うさ太の頭のなかで、のぞき穴越しにじっと隣を見つめる。すると蓮は、溢れ出しそうな嬉しさを必死にこらえたような、見たこともない悶えるような照れ顔を浮かべていた。

「まだ受かったか分かんないっすけど。もし採用されたら一緒に帰ったり、休憩入ったり、今より会える時間が増えるじゃないですか。……そしたらワンチャン、同じコーナーで仕事になんねーかな、とか思って……」

 その顔。その声。それに、隠しきれてないソワソワした挙動。
 認めたくないけど、これ、ガチで恋バナすると時の話し方じゃん。え、ちょっと何。どういうこと?
 いつもは恋バナなんて一ミリもしない鉄仮面の蓮が、着ぐるみのオッサン相手に、甘酸っぱい本音をぶちまけているんですけど。

(え、ちょいちょい、待て。 蓮は俺のことが好きってこと!? 確かに、俺も蓮のことは好きだけど……それはあくまで友達として一番っていう意味で……でも、これって……)

 思わずもふもふの手で拳を握って動揺を逃そうとするけど、蓮の「好き」は俺の予想をはるかに超えて、隣でフルスロットルに暴走し始めた。

「教室で駄弁ったり、隣にいるだけでもヤバいのに。週末まで会えるなんて……想像しただけで、もう頭おかしくなりそうで」

(いやいやいやいや……マジかよ!? 何それ、もう告白じゃん! ストップ! 止めて、誰かこの状況を止めてぇぇ!!?)

 テレビ番組みたいに『ドッキリ大成功!』の看板を持って乱入してきてほしかった。いや、もはや俺がこの頭を脱ぎ捨てて飛び出せばいいのか?
 けど、目の前の蓮はどこまでも本気だ。オッサン相手に嘘をつくメリットなんてないし、なによりその表情。
 好きすぎて苦しくて、でも嬉しさがはち切れそうで、それを必死に耐えている――まさに片思い真っ最中!みたいな熱気をまとっている。
 ……っていうか、中野さんはいつもこんな激重な恋バナに付き合わされてんのか? どんな会話したら、親子くらい年の離れた人にこんな話をする仲になれるんだよ。マジで意味が分かんねぇ。

 俺がショックで思考停止していると、蓮が『中野さん?』と不思議そうに覗き込んできた。

(やべっ、なんかリアクションしなきゃ……!)

 慌てて蓮の肩をポンポンと叩き、震える手でサムズアップを決めてみせる。多分、中野さんならこうするんじゃないか。『頑張れよ!』っていう、精一杯の――そして最高に複雑な応援のつもりだ。

「ありがとうございます。来週……学校で会ったら、面接に受かったかどうか聞いてみます」

 蓮は満足そうに、それはもう爽やかな微笑みを残して去っていった。
 一方で、一人残された俺は、着ぐるみの頭の中で魂が抜けたように立ち尽くす。

(俺、もう受かってるよ! しかも、今もさっきも、ずっとお前の隣にいんだよバカ!!)

 ピンクのウサギの皮を被ったまま、心の中で絶叫する。
 なにこれ。ドリームランド、ヤバすぎだろ。まさに、とんでもない(ドリーム)を見せられた気分なんですけど。

 ――その後。『初日は感覚を掴むだけでいい』という園長の計らいで早めに解放されたものの、俺の心は一向に晴れなかった。
 むしろ、どんよりと重い気分のまま、悶々としながら帰りのシャトルバスに乗り込む。
 ガタガタと揺れる車内。窓の外を流れる夜景を眺めながら、イヤホンの再生ボタンを押す。
 シャッフルで流れてきたのは、蓮が『これ格好いいから聴いてみ』と教えてくれたパンクバンドのデビュー盤だった。

(よりによって、今これかよ……)

 メロコア特有のキャッチーな旋律と、心臓を叩くような爆音。二人でいるときは『天才かよ!』ってイヤホンを半分こして聴いた曲だけど――。
 今となっては、その歌詞がメッセージをもったように耳に突き刺さる。熱烈な片想いをリフレインするフレーズが、いつもとは全く別の意味を持って迫ってきて、顔が火を噴きそうなくらい熱い。

(……蓮が……俺を、好き……?)

 毎日隣にいたのに、マジで一ミリも気づかなかった。
 『彼女いたことない』とは言っていたけど、好きなタイプは常にはぐらかして、そんな素振り一度も見せたことなかった。
 それに、男同士なのに――蓮が性別を気にしない奴だったなんて、意外すぎる。

(まあ、俺も嫌とか引くとかはないけど……流石にどうしたらいいか分かんねぇよ……)

 そもそも、親友の悠生や葵じゃなく、バイト先のオッサンに相談してるのも意味不明だし。来週、俺はどんな顔をして学校に行けばいいんだよ。

「あー……もう、マジでキャパオーバー……」

 これまでの人生で、これほど濃密で心臓に悪い数時間を過ごしたことはない。
 一生忘れられない、刺激が強すぎるアルバイトデビュー。俺の初日は、こうして幕を閉じた。