「あー、食った食った。マジで腹はち切れそう……」
「悠生が調子に乗ってギガ盛りパフェなんて頼むからでしょ。自業自得」
年明け三が日が過ぎても、冬休みの宿題を見事に放置していた俺と悠生。結局、蓮と葵に泣きつく形で、いつもの四人が集まることになった。
場所はいつもの激安ファミレスで、目の前で軽口を叩き合っている葵と悠生。一見するとこれまで通りの光景だけど、二人のスマホカバーはちゃっかりお揃いになっている。おまけに、アクセサリーに無頓着だったはずの葵の首元には細いシルバーチェーンが光ってるし、悠生の耳元には新しいピアスが一つ増えていた。
あまりに分かりやすすぎて、もはやイジる気にすらなれない。
「会計、俺がまとめるから。先に出てていいよ」
「マジ? 葵の分も送金しとく。サンキューな」
先に店を出ていった二人の背中を追うように視線を向けると、駐輪場で悠生が葵の頭を愛おしそうに撫でているのが見えた。
典型的な付き合いたてイチャコラ期に突入した二人を眺めながら、俺は蓮の背中を追ってレジへと向かった。
「そういや真紘、園長に渡す書類ってもう出した?」
「まだ。来週末に印鑑ついて持ってきてって言われてるんだよね」
ドリームランドは、本格的な冬の寒さと共に冬季休業に入った。俺と蓮は、制服と書類一式を返却しに、もう一度だけ園へ足を運ぶ必要がある。
「じゃあ、一緒に行った帰り、デートしような」
不意に投げかけられた言葉に、心臓が跳ねる。
両想いになったあの日から、年末年始は親戚の集まりでバタバタと過ぎていった。メッセージのやり取りこそ交わし、夜中に二時間のビデオ通話をするのもザラだったけれど、まだ恋人としてのデートらしい「お出かけ」はできていない。
そして通話の内容といえば、そのほとんどがこれまでの答え合わせだった。
あの時どう思っていたか、実はここの仕草が好きだったとか。言葉にできなかった時間を取り戻す作業は、着ぐるみの中で蓮の声を聞いていた時よりもずっと面白くて、愛おしかった。
「もしかしたら、事務所で中野さんに会えるかもな」
「え、マジ? 俺も会ってみたい」
「園長経由で、最後に挨拶したいって伝えてもらったら、『ヤダァ、アタシが散々アドバイスしたんだから、恋バナの結末教えなさいよ。ちゃんとコルセット巻いて行くわねェ』って言ってたらしい」
蓮の口から飛び出した予想外のオネェ言葉に、俺が勝手に作り上げていた中野さんのイメージが崩れ去った。
そっか、そっち系だったのか。なるほど、蓮が思わず心を開いて打ち明けたくなった理由が分かった気がする。
『お会計、合計で3980円になります』
レジの前、蓮がスマホの決済画面を準備していると、ふと横にあるおもちゃコーナーが目に入った。
ミニカーや、動物のぬいぐるみ。子供の頃、母さんにねだって困らせたっけ……なんて眺めていると、俺の視線に気づいた蓮が、いたずらっぽく口角を上げた。
「なに? 真紘、なんか欲しいのでもあった?」
「バーカ、あるわけねーだろ! ガキじゃねぇんだから」
照れ隠しに軽く肘打ちを食らわせるけど、蓮はそんな痛みすら愛おしそうに目を細めて受け流している。
店を出て駐輪場へ向かうと、絶賛ベタつき中の悠生と、俺たちの姿に気付いて慌てて鳩尾に鋭いグーパンを見舞う葵の姿があった。
「じゃ、俺と葵はこのままデート行かせてもらうわ」
お互いに「付き合うことになった」なんて正式な報告はしていない。わざわざ言葉にしなくても、纏っている空気を見れば一目瞭然だからだ。
いつもなら照れ隠しでツンツンしているはずの葵が、悠生の隣でそっと指を絡め直し、居心地悪そうに、でも幸せそうに俯いている。
(……マジでデレてる。なんだその仕草、めちゃくちゃ可愛いじゃん)
踵を返して歩き出す直前、葵がふと振り返って俺にだけ視線を送ってきた。
その真っ直ぐな眼差し一つで、俺と蓮のことも、そっと見守ってくれているのだと真っ直ぐに伝わってくる。
「……家まで送る」
「うい、あざーす」
まだ少しだけ、照れ隠しの親友ノリが抜けきらない。けれど蓮は、当然のような顔をして俺の手を握ると、そのまま自分のコートのポケットに引き入れた。指の間に蓮の長い指が割り込んできて、その感触を確かめるようにぎゅっと力がこもる。
チラ、チラと空から舞い落ち始めた白い雪。
きっと家に着いてもすぐにメッセージを送ってしまうし、寝る前だってビデオ通話をして、結局どちらかが寝落ちするまで話し続けてしちゃうんだろうな。
そんな新しい「当たり前」が始まったばかりの毎日は、呆れるほどに幸せだ。蓮も同じように感じているのかなと、隣を歩く横顔を盗み見る。
「真紘、ちょっと右手貸して」
「ん? どうした、繋ぎ直す?」
蓮は左利きだから、繋ぎ方に違和感でもあるのかな。そう思って、俺は慌てて道の真ん中で立ち止まった。
「……目、瞑ってほしい」
「は? なんでだよ」
蓮はそっと肩を抱くようにして俺を道の脇へ促した。
マジでなんなんだ。人通りもないし、もしかしてキスでもしたいのか? なんて予想が脳裏をよぎりながらも、大人しく瞼を閉じて顔を上げる。
すると、蓮が笑いを堪えるように喉の奥を鳴らす音が聞こえた。その直後、指先にひんやりとした硬い感触が走る。
「……開けていいよ」
言われるがままに視線を落とした次の瞬間、絶句した。
「え……まてまて、待って……うわ、なにこれ!?」
嬉しさと困惑、それに猛烈な気恥ずかしさがごちゃ混ぜになった、感情のハッピーセットだ。
俺の右手の薬指には、バカほどキラキラと輝く、ウサギの形をした指輪がはめられていた。
「さっきレジで見てただろ。欲しいのかなと思って」
「やば……ぶはっ! まっ、ちょ……お腹痛い……っ!」
耐えきれずに吹き出した。あのスカしたイケメンの蓮が、クソ真面目な顔をして、よりによって平成女児が付けていそうな玩具の指輪を贈ってくるなんて。
絶望的にチープで、有り得んくらいギラギラ。しかも、ご丁寧に『うさ太』を彷彿とさせるウサギのデザインだ。
「似合ってる」
「うるせーな、センスの癖が強すぎるだろ!」
文句を言いながらも、俺はそのチープな指輪を外す気にはなれなかった。街灯の下、安っぽいメッキの輝きがいかにも玩具らしく反射している。
「フツー、こういうのはもっとお洒落なペアリングとかだろ」
「いーじゃん、思い出。真紘、冬休みの宿題の絵日記にでも書いとけよ」
「誰が小学生だコラ」
ただの悪ふざけ。でも、胸の奥がじんわりと熱くなるくらい嬉しい。
冬の澄んだ空気の中、舞い落ちる雪を反射して輝くウサギのそれは、どんな高価な宝石よりも特別に見えた。
「……いつか、こっちの指に本物を嵌めるから。それまで待ってて」
不意にトーンを落とした蓮が、俺の左手をそっと持ち上げる。
そのまま、まだ何も嵌まっていない薬指に、ちゅ、と小さな音を立ててキスをした。
ガチで王子様かよ、とツッコミを入れたいのに、あまりに様になりすぎている仕草に喉がハクハクと震える。恥ずかしい、嬉しい、俺の彼氏格好良すぎんだろ――そんなクソデカ感情に飲み込まれて、まともな返事が出てこない。
「ちゃんと、真紘と二人で選びに行きたい。欲しいの考えといて」
「……いーけど。でも、これはこれで大事にする。なんか、カワイイし」
「……重い、って思った?」
「全然。むしろ、もっと好きになった」
蓮からもらえるものなら、おもちゃだろうが何だろうが全部宝物だ。
即答した俺を見下ろして、今度は蓮が勝手に自爆したように耳まで真っ赤に染まっている。余裕たっぷりなフリをして、実は不器用。……そういうとこ、マジですこ。
「……絶対、俺の方が好きだけどな」
「張り合わなくていいって。またこの前の通話みたいに、『好き』の言い合いで終わんなくなるから」
笑いながら蓮の顔を見上げる。けれど、さっきまでの爆笑モードは一転して、蓮は静かに、けれど熱を帯びた眼差しで目を細めた。
「一生、離したくない」
世界で一番好きな人にそんな直球を投げられて、平気な顔でいられるわけがない。
「……今、うさ太の頭だけ、やっぱ欲しいかも」
「ダメ。もう隠れて俺の本音を聞くのは禁止」
大きな両手が、俺の頬を優しく包み込む。ありったけの愛しさを込めて見つめられて、俺は静かに瞼を閉じた。
蓮が少しだけ腰を屈め、唇にちょんと触れるだけの、羽のように柔らかなキスをくれる。
周りに人がいたらとか、まだ明るいのにとか。そんな小さな屁理屈は、溶けていく雪と一緒にどうでもよくなっていく。
だって、こんな夢みたいな幸せの中にいて、これ以上の「特別」を欲しがらないなんて、絶対に無理じゃん。
「……行くか」
「ん、さみー。マジで」
真っ白な雪が舞い落ちるなか、繋いだ指先から伝わってくる蓮の体温。
右手の薬指で安っぽく光るおもちゃの指輪は、あの重たい着ぐるみの頭よりもずっと軽いはずなのに。あの日『うさ太』として受け止めたどんな台詞よりも、ずっしりと重い「好き」を届けてくれる。
不意に、冷たい雪のひとつぶが蓮の長いまつ毛に落ちて、静かに溶けた。
「真紘? ……どうした」
不思議そうに名前を呼ばれて、俺は衝動のままに蓮のマフラーを掴んで引き寄せた。
至近距離、驚きに瞬くまつ毛から、指先でそっと雪の滴を掠め取る。その拍子に無防備に瞼を閉じる蓮の仕草が、たまらなく愛おしい。
「キスしたいかも」
蓮が息を呑む気配がした。俺はそのまま、誘うように顔を軽く傾ける。
バイトを頑張って、ようやく手に入れた厚底のドクターマーチン。今日、これを履いてきてマジで良かった。だって蓮とキスするとき、いつも微妙に背が足りなくて困るから。
唇を離して、きっとこの後真っ赤になるんだろうなーなんて想像しながら、冷えた両頬を手でそっと包み込む。
「あと、家までおんぶして!」
当然みたいに笑う。断らないって、わかってるから。たくさん振り回して、バカみたいにメロがらせたい。
そんな俺に困りながらも、結局甘やかしてくれる——そういう蓮が好き。
だから俺も、そんな蓮の前では、ずっと最高の笑顔でいたいって思うんだよね。
end.



