蓮くんの好きぴは着ぐるみのなか

 まさか、バイトが終わった後にこんな展開が待っているなんて――正直、これっぽっちも思っていなかった。

 終わったら近くのファミレスで適当に飯でも食って、少し駄弁る。せいぜい、いつも通り遊んだ帰り道のような、そんな軽い延長線上を予想していただけだ。まさか、最後の最後に『うさ太』の着ぐるみの中身を……俺という正体まで、蓮に晒すことになるとは。

 静まり返った更衣室で、手早く着替えを済ませる。
 室内は冷えているはずなのに、どうしようもない気恥ずかしさのせいで、身体も頬も火照って熱を持ったままだ。

「……よし」

 鏡に向かい、いつもより少しだけおでこを出したスタイルにセットして、ぺたんこの髪型を誤魔化す。黒のスキニーパンツの裾を整え、気合を入れ直すようにスニーカーの靴紐をぐっと強く結んだ。
 プレハブを出て、ベンチで待っていた蓮に歩み寄る。

「……ゆっくりでいいって言われたけど、流石に待たせすぎた?」
「ん、そうでもない。お疲れ」

 俺の自虐混じりの茶化しを、蓮はふわりと柔らかな微笑みで受け止めた。
 そのまま、示し合わせたわけでもないのに、いつもの歩幅で並んで歩き出す。
 二か月間の短期バイトという大きな仕事が終わって、肩の荷は降りたはずだった。なのに、胸の奥がそわそわと落ち着かないのは、きっとこれから蓮と過ごす特別な時間を意識してしまっているせいだ。

(……一応、それなりにマシな服、着て来といて良かった……)

 かつて自分が中に入って大絶叫したお化け屋敷。装飾の鏡に、こっそり自分の姿を映してチェックする。
 そんな俺の隣を歩いていた蓮が、不意にピタリと足を止めた。

「蓮? どうした」
「いや……あっち。悠生と葵がいる」

 蓮の視線の先を追い、俺たちは反射的にチケット販売機の陰へと身を潜めた。
 色褪せた花壇を挟んだ向こう側。出口のゲートに向かって、並んで歩いていく二人の後ろ姿が、夕闇の中に小さく見えた。

 悠生の顔は見えない。けれど、葵がその肩にじゃれるようなパンチを食らわせようとした瞬間、悠生がその手をごく自然に捕まえた。
 そのまま、自分のコートのポケットに葵の手を滑り込ませる。葵の顔が驚きに染まり、すぐに溶けるような照れ笑いに変わった。
 会話なんて聞こえなくても、二人が想いを通じ合わせたのは一目瞭然だ。蓮とふたり、自然と口元を緩める。

「アイツら……よかった。手、繋いでんじゃん」
「マジでやっとだな」

 ドリームランドの魔法でアツアツっぷりを見せつけるようにくっついて歩く二人を見届け、また歩き出す。
 すると、不意に蓮の手が迷いなく俺の右手を包み込んできた。

「蓮?」
「……もう、俺も気持ち隠すの止める」

 今まで見たことのないような、自信と強い意志のある顔つきだった。
 でも、もう着ぐるみを被っていなくても分かる。蓮がそうしたいと思って、本当は死ぬほど勇気を出して、恥ずかしい気持ちを抱えてること。
 たぶん、俺も同じくらい恥ずかしい。けれど『うん』と短く頷いて、指先に力を込めて握り返した。

(やば……何これ。キュンどころか、ギュンギュンにときめくんスけど……カッコよ……)

 閉園まで、残り三十分。
 夢の終わりを告げる出口ゲートへと急ぐ大勢の家族連れやカップルたち。その流れに逆らうようにして、俺たちは歩を進める。
 さっきまで、俺が『うさ太』として、蓮がそのアテンドとして駆け抜けていたお城のトンネル。そこを潜り抜けた先には、ドリームランドの象徴でもある大観覧車が、星空の中にそびえ立っていた。

「うわ……。毎週バイトで見てたはずだけど、真下に来るとやっぱデカいな」

 見上げる視線の先、馬車を模したパステルカラーのゴンドラが、音を立てながらゆっくりと弧を描いて降りてくる。
 ピンク、オレンジ、ラベンダー。色とりどりの機体が流れていくのを眺めていると、幼児コーナーでペアを組んでいた先輩スタッフが、もぎり台からひょいと顔を出して手を振った。

「あれ、藤崎と真紘じゃん。なに、ラスト出勤の記念に乗りに来たのか?」
「あ、お疲れ様です!」

 二人でぺこりと頭を下げる。
 先輩は、俺たちが自然に繋いでいた手に一瞬だけ視線を落とした。それから、何かを察したように少し間を置いて、数個後に控えていたゴンドラを指差す。

「……せっかくの記念だし、こっちに乗っていけよ。じゃあ、楽しんでな!」

 先輩は粋な計らいでタイミングを調整し、特別に装飾された――ひときわ目を引くピンクのゴンドラを俺たちの前に停めてくれた。
 蓮は繋いだ手を一度も緩めることなく、『ありがとうございます』と律儀に礼を言う。そのまま、俺の手を引くようにして乗り込んだ。

「真紘、足元。コケるなよ」
「分かってるって、子どもじゃないんだから」

 使い込まれた茶色い革張りのシート。
 当然のように向かい合わせに座るものだと思っていたけど、蓮は当たり前のような顔で俺の二の腕を掴み直し、自分のすぐ隣へと促した。
 カタン、という乾いた音と共にドアが閉まり、空間が二人だけの密室へと変わる。
 まだ高度は低い。けれど、ゴンドラは少しずつ地面を離れ、周囲の木々を追い越して、遠くで悲鳴を上げる絶叫アトラクションの乗客たちを見下ろせる高さまで昇っていく。
 厚い窓ガラス越しに、微かに聞こえてくる園内のBGM。ふと下を見ると、親子が手を繋いで笑いながら歩いているのが見えた。

「あ、さっきハイタッチしに来てくれた子だ……」

 ついさっきまで、あの着ぐるみの中から見ていた光景。仕事を終えた充実感が、胸の奥をほわほわと温める。

「てか、観覧車なんて乗るのめちゃくちゃ久々かも。蓮は?」
「……俺も。子供の頃、葵と来たとき以来かな」

 ポツリと返ってきた声が、どこか硬い。
 まさか、と思って俺はシートの上で身体を捻り、隣に座る蓮の顔を覗き込んだ。

「……なんか緊張してね? もしかして、高い所苦手だったりすんの?」
「まぁ。ぶっちゃけ、得意ではないかな」

 カッコ悪いと思っているのか、蓮は口元を手の甲で隠して、そっぽを向いたままそう答える。

「マジかよ! じゃあ、なんで乗ろうなんて言ったんだよ。無理しなくていいのに」
「……真紘が『乗りたいな』って、ちょっと前のバイトの時に言ってたから」

 ちら、とこっちに視線を向けた蓮と目が合って、心臓が一度だけ大きく跳ねた。
 確かに言った。毎週、目の前で動くアトラクションを眺めながら、半ば憧れのように漏らした一言。
 嬉しさを噛み締めて黙り込むと、蓮は反応を確かめるように、繋いだ手の親指で俺の肌をすり……と撫でた。
 その小さな仕草ひとつで、ゴンドラの中の空気が一気に甘く、濃くなる。

(……あんな独り言も覚えててくれんの、嬉し過ぎるし……自分が苦手な場所まで、連れてきてくれんのも……)

 頂上まで半分ほど差し掛かったあたりで、ゴンドラがギギーッ……と、不安を煽るような軋み声を立て始めた。風に煽られてわずかに揺れる箱。俺は思わず身体を固くして縮こまり、蓮の手をぎゅっと握り返した。

「なに、真紘もビビってんの?」
「いや、こんな音するもん? 風、そんな強くないのに」

 ギイ、ギイ、と不規則に続く音。笑えないくらいボロだし、落ちそうで普通にビビる。
 俺が、座席の隅に背中を預ける蓮の方へ身体を寄せると、蓮は不安を宥めるように俺の肩に手を置いた。

「真紘、あれ見てみ」
「え?」
「窓のとこ。貼り紙してあんじゃん」

 蓮が指差す先、窓枠の隅っこに小さなプレートが貼られていた。
 そこには【音が鳴っても安全です! ギーッという音は揺れ止めのブレーキの音です。ご安心ください♪】という文字と、ゴンドラの中から笑顔で手を振るうさ太のイラスト。その軽さが、ちょっとだけ憎たらしい。

「うわ……ビビらせんなし。焦ったわガチで」

 一人で勝手に舞い上がってパニックになっていたのが、急激に恥ずかしくなる。
 熱くなった顔を隠そうと蓮から離れようとしたけど、蓮はそれを許さなかった。肩に置かれた手の力は緩められるどころか、さっきよりも強く引き寄せるようにして一気に距離を縮められる。厚手のダウン越しに、ぎゅっと抱きしめられていた。

「……っ、蓮? なになに、どうしたんだよ」

 うろたえて声を出す。蓮の体温がこれでもかというほど密接に伝わってきて、大人っぽい香水の匂いに包まれた。
 ゴンドラの外を流れる景色は、いつの間にかドリームランドの全景と市街の夜景を見下ろせる高さまで昇っている。
 一番高い場所。逃げ場のない、二人きりの密室。
 密着した耳元から、蓮の少しだけ速まった鼓動がトク、トク、と一定のリズムで伝わってくる。
 「なに」とか「どうした」なんて、自分でもとって付けたような白々しい言葉だと思う。蓮が今、何をしようとしているのか。いくらバカでアホな俺でも、本当は、分かっていた。

「……真紘。聞いて」

 抱きしめる腕の力が、かすかに震えている。
 さっき、うさ太の姿をしていた俺にすべてを知られていると自覚した上での、逃げ場のない告白の続き。
 俺は蓮の胸に顔を埋めたまま、次に紡がれる言葉を待った。

「お前がバカやってんのを放っておけないのも、ショート動画の撮影に文句言いながら付き合うのも……なんでか分かる?」
「え……まぁ、うん。その……分かってるつもり、だけど」

 気恥ずかしさに目を逸らしたまま答えると、逃さないとでも言うかのように頬っぺたをむにっとつままれた。
 『いひゃ……っ』と抗議しようと顔を上げれば、至近距離で蓮の瞳と真っ直ぐにぶつかる。

「お前に肉まんのデカいほうを譲るのも、クレープなら絶対チョコを選ぶのも。そういうのも、全部」
「な、なに……? わざわざ俺に言わせようとしてんのかよ。……『好き』、以外に理由なんてなくね?」

 震える声で精一杯の答えを返すと、蓮はふっと目尻を下げて、困ったように笑った。

「そうだけど、少しだけ違う。その『好き』の先にあるものを、ずっと見てたくて……守りたいって思ってる」

 こんな空気の中で、正解のないクイズを出されたみたいで戸惑う。
 けれど、俺を見つめる蓮の瞳には、溢れんばかりの『好き』と『言うのが怖い』という複雑な気持ちが揺れているように見えて。
 蓮は眉をぎゅっと寄せ、痛みをこらえるような表情で、一文字ずつ噛み締めるようにその続きを教えてくれた。

「……真紘が喜ぶところが見たい。お前が笑ってる顔を見るのが、たまらなく好き」

 その瞬間、蓮と過ごした何気ない日々の断片が、鮮やかな色彩を伴って脳裏にフラッシュバックした。

 いつも隣で、俺のくだらない話に呆れながら笑ってくれていた。
 俺が何かを成し遂げて喜ぶと、自分のことみたいに目を細めていた。

 心当たりが多すぎて、一気に体温が跳ね上がる。
 さっきまで着ぐるみを被って応援していた自分も、心の中で『早く好きって言え!』なんて煽っていた余裕も、もう微塵も残っていない。
 素の自分に真っ直ぐ向けられる巨大な感情の質量に、情けないほどたじたじになってしまう。

「ずっと、真紘が好きだった」
「……それ……そこだけ、分かんなくて知りたかった。ずっとって、いつから? 高一? それとも、高二になってからとか……?」

 それだけは、うさ太の中にいても分からなかった。一体いつ、友情の境界線が、恋愛に変わったのか。
 蓮はまるで降参を認めるようにふぅっと息を吐くと、窓の外、遠く広がる市街地の夜景を見つめながら言った。

「……一年の時から。俺が絡まれてる所に、お前がいきなり突っ込んできて『オメーに藤崎の何が分かんだよ!』って喧嘩して暴れた……あの帰りだよ」
「え、でも……アレがきっかけで仲良くなったんじゃん、俺たち。それまでろくに話したこともなかったし」
「そうだよ。別れ際に俺が謝ったら、真紘が『今度は藤崎の良いところ、百個並べて殴ってやるから友達になってよ』って」

 打ち明けた蓮の顔は、ほんの少し照れたようにはにかんでいた。
 その笑顔を見た瞬間――あの日、初めてまともに言葉を交わした時の記憶が鮮明に蘇る。

『巻き込んでごめん。こんな……怪我までさせて』
『いや、あん時は夢中だったけど。よくよく考えたら、俺も大して仲良くないのに啖呵きったの、マジでウケね? ……次はさ、藤崎の良いところ百個並べて殴ってやるから。俺と友達になってよ』

 俺にとっては、それが「友情」の始まりだった。けれど、蓮の中では友情と恋愛が同時に始まっていたなんて。

「……真紘はどうだか知らないけど。俺はもう百個以上……お前の『好きなところ』見つけてる」
「はっ!? なにそれ、恥ずかしすぎて死ぬんだけど。俺が言ったのは、そういう意味じゃなくて……」
「……まず、断トツで顔が可愛い。この顔に怪我させたこと、今でもめちゃくちゃ後悔してる」

 顎にそっと手を添えられ、かつて拳を受けた頬を指先でなぞられる。
 その手つきは、単なる心配などではない。ただ愛おしくて触れたいという、甘すぎてこちらがわなわなと震えてしまうような熱を帯びていた。

「廊下で悠生とバカやって、床に寝転がって腹抱えて……呼吸困難になるくらい笑ってるのを見るのも好き。たまに思い出し笑いしそうになる」
「ちょ、やめ……マジ黙れって! 可愛いわけねぇだろ、俺、男だし……」
「いや、真紘は可愛いよ。いっつも俺のこと見上げて、喋ってないと死ぬのかなって思うくらい明るいところも」

 蓮の口を慌てて塞ごうとするが、両方の手首をさっと掴み取られた。悔しいけれど、全く動かせない。

「誰からも愛されて、おせっかいで……俺とは正反対で。でも本当は、自己肯定感が低くて、人に甘えるのにも慣れてないところとか」
「……ほ、ほんと無理。それ以上言ったら、鍵開けてここから飛び降りるからな!」

 真っ赤になって浅い呼吸を繰り返す俺を、蓮は逃がしてくれない。
 俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、祈るような、あるいは一生に一度の願いを懸けるような真剣な面持ちで言った。

「ずっと、俺には真紘だけだから」

 観覧車が、最高到達点に達した。
 ゴンドラの予備灯が、その横顔を淡く、優しく照らし出す。前後のゴンドラが少しだけ沈み、まるで星空の中に二人きりで取り残されたかのような静けさのなかで、俺は自分の体の奥から湧き上がり続けている気持ちを打ち明けたくなった。

「……俺も、蓮のことが好きだよ」

 震える手で、蓮のダウンの胸元をぐいっと自分の方へ引き寄せた。
 驚きに目を見開く蓮。その首筋に腕を回して少しだけ姿勢を低くさせると、吸い寄せられるように――その唇を、自分の唇で塞いだ。
 あの日、あの事故みたいなキスとは、重みも温度も全然違う。
 触れ合った場所から、逃げ場のない熱が全身へと駆け巡っていく。胸の奥から『好き』『どうしようもなく好き』という叫びが、せり上がるように溢れ出して、止まらなくなる。

「……っ、好き……めっちゃ好き、こんなん我慢するとか無理……」

 ゆっくりと唇を離してそう言うと、蓮は俺の額に自分の額をそっと預け、切なそうに瞳を伏せた。
 鼻先が触れ合うほどの距離で、こぼれ落ちる吐息が、嬉しさと堪えきれない感動で小さく震えているのが分かった。

「……蓮といる時の自分が一番、ありのままでいられる」

 上着を掴む手が、自分でも情けないくらい震えている。
 いつものように笑って誤魔化したいのに、どうしても上手く表情が作れない。
 たぶん、ここで「好き」という一言だけじゃない本心を伝えなければ、俺は一生後悔することになる。

「そういうダサい自分を、ちゃんと見て『好き』だって言ってくれる蓮のことを……俺は、それ以上に大事にしたいって思う」

 気づけば、視界が滲んでいた。
 いつからこんなに泣き虫になったんだろうと自嘲するけれど、さっきまでの張り裂けそうな不安で流した涙とは、その温度がまるで違っていた。
 蓮が好きで、好きで、たまらない。
 愛おしくて、守りたくて、この先もずっと隣で笑い合いたい。
 蓮が描く未来の景色の中に、当たり前のように俺もいたいんだ。
 世界中のどこを探したって、蓮との間にしか生まれない特別な「嬉しい」も、二人で乗り越えていく「辛い」も。全部、全部――。

「一番の親友も、恋人も……蓮の特別は、全部俺にちょうだい」

 クリスマスに欲しいものは、もうそれ以外に思いつかない。
 けれどそれは、この世界の何よりも贅沢で、たった一つしかない。かけがえのないものだ。
 俺の欲張りな願いを聞いた蓮は、感情が溢れ出すのを堪えきれないとでもいうように、大きな手で乱暴に目元を覆った。

「蓮……? え、お前……泣いてんの……?」

 見る間に蓮の鼻先が赤くなり、肩を上下させて吐き出す息が小刻みに震え始める。
 てっきり、いつものように余裕を崩さず笑って頷くか、冷静に『うん』と応えるのだとばかり思っていたのに。

「……ごめん。今の言葉は、さすがに予想外っていうか……」

 長く一緒に過ごしてきて、蓮のことなら何でも分かっているつもりだった。
 けれど、感情を隠しきれずにポロポロと涙をこぼす蓮なんて、これまで一度だって見たことがない。

「真紘のこと……本当に、めちゃくちゃ好きだったから。そんなふうに言ってもらえるの、思ってなくて――」

 うさ太の着ぐるみの中に隠れていても、分からなかった想いの大きさ。
 単に「親友を好きになってしまった」という戸惑いだけじゃない。蓮にしか分からない孤独な苦しみがあって、それをずっと独りで抱えたまま、期待と諦めを繰り返してきたんだ――蓮の涙を見て、ようやく俺は、その想いの深さ理解した。

 うれし涙だとしても、こんなに胸を締め付けられるなら、もう二度とこんな顔はさせたくない。
 これからはいっぱい笑わせて、俺も同じくらい蓮を幸せにしてやりたい。
 「好きだ」と伝える前よりもずっと、ずっと深く、人生で初めて、人を愛おしいと思った。

「これから、何回でも言ってやるよ。……蓮のこと、めっちゃ大好きだし」

 高度を下げ、少しずつ地上へ向けて降り始めたゴンドラの中。
 今度は蓮の方から、その返事を唇でなぞるような、優しいキスをくれた。