蓮くんの好きぴは着ぐるみのなか



「いやマジで無理なんだけど、これ死ぬやつじゃね!?詰んだわ〜、完全にオワタ」
「よくここまで放置できたな逆に。もはや才能じゃん、真紘(まひろ)

 高校二年の秋。いつも通り、平和にゆるーくこなして放課後のチャイムを待つだけの、六時間目のLHRの時間。
 のはずが、突然担任が放った地獄の宣告――『今から抜き打ちで、持ち物とロッカー点検をやるぞ!』という一ミリも嬉しくないサプライズによって、俺の平穏は粉々に打ち砕かれた。

「キャーッ! 先生〜待って、アイロン没収はマジで死ぬ!」
「学校のコンセントを使うなっていつも言ってるだろうが! はい、ここに入れるいれる!」

 阿鼻叫喚、まさに地獄絵図と化す教室内。一軍女子たちのメイク道具や雑誌が、容赦なく担任のバカデカい回収ボックスへ次々にシュートされていく。
 けど、俺の大ピンチはそんな『キャー♡』なんて言えるような可愛いレベルじゃない。
 机の中は、一学期の始業式から一度も整理されていない大量のプリントと、全教科の置き勉でパンパンだ。湿気でシワシワになった紙の束は地層みたいになってるし、どれが必要でどれがゴミなのか……もはや、判別不能。
 極めつけは、一番奥で蛇腹折りの状態で発掘された、ギリ赤点を回避した中間テストの答案用紙。
 そう。俺、佐藤真紘(さとうまひろ)は――「整理整頓」という概念を、お腹の中に忘れて産まれてきてしまった、救いようのないアホなのだ。

「おい見ろよ、真紘の机ヤバくね? 教科書ジェンガじゃん」
「ウケる。これ、一番下のプリントとかいつのやつ?」

 ギャグみたいに山積みになった残骸たちを見て、クラスの連中が大爆笑している。女子たちからも『さすがA組のばぶちゃん』と呆れ混じりに言われ、ネタ動画の素材にしようとスマホのレンズを向けられる始末だ。

「笑ってないで手伝えよっ! ……っ、うわぁあ!?」

 崩れないように、慎重にロッカーまで運ぼうとしたのに。そこでお約束のプリント雪崩が発生した。
 盛大にぶちまけられた教科書と、ヒラヒラと宙を舞うプリント。クラスメイトたちは『真紘、ナイス自爆〜!』と拍手喝采、腹を抱えて反り返っている。
 俺は半泣きで数冊をひっ掴み、ロッカーの奥で丸まっていたジャージや、分厚い国語便覧を力任せに奥へと押し込んだ。

「はぁ……めんどくさ……。悠生(ゆうせい)、これ、いけると思う?」
「いや、いけないと死ぬやつ。俺が膝で押さえとくから、その間に詰められるだけ詰めろ!」

 俺の致命的なズボラぶりを『才能』と評した悪友・悠生に加勢させ、無理やりロッカーの扉を閉めようとする。
 だけど、そもそもロッカーも机と同レベで終わってんだよな。ガゴン、という不穏な音と共に、扉はバネのように跳ね返ってきた。

「え、無理。鉄壁の防御なんだけど。てか、悠生! お前はどうしたんだよ、俺と同じ置き勉常習犯だろうが!」
「甘いなぁー。俺のは半分は教壇の下、あとは女子に頼んで掃除用具入れの奥に隠蔽済み。真紘とは(ココ)の構造が違うんすわ」
「うわ、せこっ! てか教壇の下って、どーやって入れたんだよ」
「持ち上げるだけ。あれ、中身はただの空洞だし。機転が効くんすわ〜、俺のアタマは」

 悠生はニヤリと笑い、自分のこめかみを指先でトントンと叩いてみせる。くそ、コイツマジでこういう時だけ頭回るのかよ。俺と同じ、全教科赤点仲間のくせに。
 でも、こんなやりとりに時間を割いてる場合じゃない。担任がこっちの列に来る前に、この置き勉の山をすべて消し去らなければ、放課後まで説教コース確定だ。

「……何やってんの、お前ら」

 死闘を繰り広げる俺たちの背後に、呆れ果てたような低い声が降ってきた。

「あ、(れん)! 助けて。このままじゃ放課後、一緒に帰れない!」
「なんかそれ、去年も聞いた気がするけど」
「マジで一生のお願い。蓮以外に俺を救える人類は存在しない」
「……俺のロッカー、半分空いてるから使えば」

 縋りつくような俺の視線に、蓮はそれはそれは深~いため息をつきながらも、迷いのない動作で自分のロッカーを開けてくれた。
 中には整然と並ぶ資料集、角が揃えられたジャージの上下。清潔感の塊みたいな、水色のボトルの制汗スプレーと汗拭きシート。……なんだこの、お手本みたいなロッカーは。
 俺は感謝の雄叫びとともに、溢れかえっていた英語のテキストと、重量級の日本史・世界史の教科書を、蓮のロッカーへと遠慮なくぶち込んだ。

「サンキューな、蓮! やっぱ神。ジーザスっすわ」
「……ん。別にいいけど」

 がしっと蓮の首筋に腕を回すと、蓮は少しだけ目尻を下げて、柔らかく笑った。

 俺と蓮――藤崎蓮(ふじさき れん)が親友になったのは、高一の夏。きっかけは、呆れるほど単純だ。
 当時、一匹狼だった蓮が『イケメンだからってスカして調子こいてる』と上級生に絡まれているのを見て、俺が後先考えず割って入った。気づけば相手の胸ぐらを掴み、派手な大ゲンカに発展。
 結局、校長や教頭まで出てくる騒ぎになったけれど、蓮は真っ先に俺を庇ってくれた。
 その日を境に俺たちは自然と一緒に過ごすようになって、隣にいるのが当たり前になって。
 互いを「親友」だと認め合うまで、そう時間はかからなかった。

『蓮はせっかく高身長イケメンに生まれてんだから、前髪切っちゃえばいいのに。絶対もっとカッコよくなるって!』

 放課後は、ほぼ毎日一緒に遊んだし、休日に買い物もよくした。そんな日々を過ごす中で――軽いノリで放った余計なお世話。
 適当にあしらわれると思ってたのに、蓮は次の日には本当にバッサリと髪を切って登校してきた。
 以来、学校中の女子たちの食いつきが、恐ろしいほど激変した。教室に入るなり、降り注ぐのは黄色い悲鳴の集中豪雨。それまで「クールで近寄りがたい奴」扱いだった蓮は、一夜にして「学園の王子様」へと強制ジョブチェンジを果たした。
 鬼に金棒。弁慶に薙刀。蓮にセンターパート。まさに、最強の顔面兵器を爆誕させてしまったのは、他ならぬ俺というわけだ。

 そんな俺と蓮の二年になってからのいつメングループは、中元悠生(なかもと ゆうせい)成瀬葵(なるせ あおい)を入れた四人組だ。
 蓮と悠生、ふたりを連れて廊下をチンタラ歩き、教室に戻る。

「あー、マジで焦った。あんなん見つかったら、また保護者召喚されるとこだったわ」
「え、オレは由美子に普通に会いたいけど」
「俺の母親を呼び捨てにすんなし」
「だって真紘ママ、めっちゃ美人だし。てか、点検終わるまで暇くない? 真紘、蓮。葵ん席行こーぜ」
 
 悠生が振り返って葵の席を指差す。俺たちはぞろぞろと教室の一番後ろに集合すると、その窓際の席に座る葵に声を掛けた。 

「葵、なにしてんのー。駄弁(だべ)ろ〜」
「……真紘じゃん。置き勉の隠蔽工作なら手伝わないよ?」

 蓮と葵は実は『いとこ同士』だけど、周りに色々言われるのを頑なに嫌がっていて、その事実を知っているのは俺と悠生だけだ。でも、やっぱり血の繋がりがあるせいかどことなく雰囲気は似ている。そんでもって、何よりこの一族の遺伝子はバチボコに強烈すぎる。
 なぜなら葵もまた、初見では近寄れないくらいの美形だからだ。
 中性的な顔立ちって言ったらいいんだろうか。とにかく、そこらへんの女子より余裕で可愛い。一緒にその辺を歩いてるとフツーに男にナンパされるほどの綺麗系だ。
 でも性格は超ワガママで、顔に似合わずドSで毒舌。勿体ねェがすぎる。

 葵はスマホを持ったまま、面倒くさそうに伏せていた長い睫毛を上げる。向けられた冷ややかな視線さえも、モデルみたいに決まっているからマジで腹が立つ。こちとらプリントと格闘して、顔も髪もぐちゃぐちゃだってのに。

「え、なに? 何でそんな俺の顔ジロジロ見てんの?」
「いーや、今日も『葵くゅ』はビジュ神だなと思いまして」
「いや、言われなくても分かってるけど」

 返信、光速かよ。そしてこれっぽっちも否定しねぇのがメンタル強すぎる。まぁ、葵は自分の顔が良いことなんて、産まれた瞬間から百万回くらい言われ慣れてるだろうし。『そんなことない』って謙遜したら逆に厭味になる。

「ん。自覚ありなのがまた潔くて、めろめろりん♡」

 俺が親指と人差し指で指ハートを向けると、葵は『はいはい』とちょっと照れながら目を逸らして笑った。うん、やっぱ笑うとダントツで可愛い。いつもそうだったらいいんだけどな。

 盛り上げ役の俺と、チャラくてお調子者の悠生。クールで優しい蓮に、グループの姫ポジションな葵。
 バラバラな四人だけど、一緒にいる時間が一番ラクで、一番自由だ。
 俺の一言で、蓮も葵も文句を言いながらTikTokの撮影に付き合ってくれる。顔面偏差値が高すぎるせいで、アップするたびに即バズるし、コメント欄は女子たちの黄色い声援で埋め尽くされるのが日常で、客観的に見れば、学校トップクラスのモテ集団。女子からの告白なんて、もはや日常茶飯事だ。
 けれど、俺たちの中に恋人持ちは一人もいない。誰かが告白から戻ってきても、『お、また? お疲れー』と軽いノリで流すのがいつもの風景だ。
 もちろん人並みに恋バナもする。けれど、放課後に中身のないバカ騒ぎをしたり、ノリでカラオケに突っ込んだり、ゲーセンで小遣いと時間を溶かしたり……。

 そんな「正解」のないバカげた時間の方が、今の俺たちには何倍も楽しい。
 必死に誰かを追いかけるより、この四人でつるんでいる時の無敵な空気。不毛だけど最高に居心地がいい、この距離感がちょうどいい。
 口に出さなくても、四人全員がそう思っているはずだ。――多分。

 窓際の一番後ろ、葵の席の周りが俺たちのデフォルトのたまり場。すでに自分の席みたいな顔で悠生が葵の隣を陣取り、そこに俺と蓮が加わって自然と輪ができる。

「そういえば蓮、バイトは最近どーなん?」

 悠生がポコちゃんキャンディを頬張りながら、棒を指先で転がして話題を振った。

「……まあ、それなり」
「てかお前、マジでどこで働いてんの? そろそろガチめに白状しなさいよ」
「だから言ってるだろ。介護系。オッサンの身の回りの世話とか、見守りとか……雑用全般」

 このメンツで唯一、週末にバイトをしているのが蓮だ。
 高二の春に『介護系のバイトを始めた』と聞いたときは、三人で大爆笑した。俺と悠生なんて、笑いすぎて教室の床に転がり、危うく呼吸困難になるところだった。
 あのクールでイケメンな蓮がお年寄りに囲まれてお茶を配っている図なんて、これっぽっちも想像できなかったから。
 でも、意外にも相性がいいらしく、何だかんだ続けて一年以上経っている。

「蓮ってなんだかんだ優しいじゃん。向いてんじゃね? そういう仕事」
「……別に、誰にでも優しいわけじゃないけど」

 ぶっきらぼうな声。けれど視線は泳いでいるし、少しだけ照れている時の顔だ。

「でも、いっつも俺のこと助けてくれるし。困ってるとすぐナイスアシストしてくれんじゃん」

 無愛想なところは、一年の頃から変わっていない。表面だけ見れば「近寄りがたい」と誤解されるのも無理はないと思う。
 けれど、それは不器用なだけだってことを、俺は知っている。
 本当は、驚くほど、蓮は周りのことをよく見ているタイプだ。誰にも気づかれないような小さなSOSを、誰よりも早く拾い上げる。
 ――そんな優しいところが、蓮の本当の魅力だと思う。
 まあ、口に出すのは恥ずかしすぎて、絶対言わねーけど。

「……てか、実はさ。俺もバイトしてみようかと思ってて」
「何か欲しい物でもあんの?」
「ドクターマーチンの八ホール。この間、蓮と買い物言った時に見て。やっぱ欲しいなーと思ってさー、短期でここで働いてみよかなって」

 三人の反応が見たくて、俺はスマホの画面を突き出した。
 映し出したのは、県内唯一のローカル遊園地『ドリームランド』の求人ページ。そこには【短期募集:繁忙期のスタッフ補助】という、いかにもゆるそうな文字が躍っている。

「見てよこれ、時給エグくない? 土日のみだし、十二月のクリスマスまでの短期。これ、勝ち確だわ」
「えー、真紘。正気? そういうイベント系って、裏側は地獄の肉体労働って噂よく聞くけど」
「そうなん? うわ、マジか……楽しそうかなってお気楽に考えてたんだけど」

 悠生の現実的なツッコミに、俺の盛り上がっていたテンションがシュゥゥゥ……と音を立ててしぼんでいく。
 『キツい』と言われただけで、秒で日和(ヒヨ)ってしまうのが俺の悪い癖だ。

「ドリームランドって、蓮の家の近所じゃん。やっぱ週末とか、激混みでエグいの?」

 紙パックのミルクティーをストローで吸いながら、気だるげに葵が尋ねる。
 と、次の瞬間。机に置かれたそのパックを、悠生が当たり前みたいな顔で奪い取って、ズズッと音を立てて残りを豪快に吸い込んだ。

「……ねぇ、マジで不潔すぎて引くんだけど」
「え、葵が不潔なわけなくない? 余裕よ余裕」
「そうじゃなくて。全部飲み干すのもノンデリだし」
「ヤだ~、葵ってば。もしかして間接チュー意識しちゃってる?」

 両手でハートマークを作り、その穴から覗き込む悠生。それに対して葵は露骨に嫌そうな顔をしてみせると、噛み合わない会話を切り上げるように机の下で悠生の(すね)に強烈なローキックを叩き込んだ。

「痛てぇぇええ! けど、むしろご褒美です♡」

 わざとらしく椅子から落ちて床に転げ回る悠生を、葵は『ハァ? きっしょ、ドMかよ』と氷点下の視線で貶し、すまし顔で頬杖をつく。
 そんな二人のいつもの小競り合いを完全にBGM扱いして、蓮がひょいと俺のスマホを覗き込んできた。

「……まあ、週末はそれなりに人は入ってるよ。ナイターもやってるから、賑やかだし。……でも、いいんじゃない? 真紘はそういう場所の明るい雰囲気、似合いそう。なんとなく働いてる姿がイメージ出来る」
「蓮、お前って奴は~! さすが俺の理解者!」

 じーん、と胸の奥があったかくなる。
 蓮の言葉には、お世辞や社交辞令を感じさせない誠実さがこもっている。そっか、似合ってるか。蓮がそう言ってくれるなら、なんだか本当にいける気がしてくるから不思議だ。
 さっきまで悠生の一言で速撃沈していたはずなのに、親友の太鼓判一つで右へ左へ。我ながら、清々しいほどの風見鶏っぷり。

「よし、決めた。迷ってる暇ねーわ、今から速攻で応募する!」
「緊張で指震えてんぞ。送信ボタン、代わりに俺がポチってやろうか?」
「バカ、そこは俺に魂込めさせろよ!」

 半分はノリ、もう半分は勢い。蓮のイジりを腕で軽くどついてみせる。
 ドックン、ドックンと耳の奥まで響く鼓動を抑えながら、スマホの画面に必要事項を入力していく。名前、住所、電話番号……。
 最後の一押しを前にして、ごくりと唾を飲み込んだ。

「いくぞ……せーの、おらぁ!」

 気合とともに送信ボタンを力いっぱいタップした瞬間、俺は隣にいた悠生、そして蓮と、ついでに呆れ顔でこっちを見ていた葵の手を無理やり取ってハイタッチを交わした。画面には【応募を受け付けました】の文字。
 このアルバイト応募がきっかけで、俺の激動の二か月間が幕を開けることになるなんて。まぁ、思いもしませんよね、フツーは。