青空にふる ー旧校舎西階段の魔法使いー

誰もいなくなった音楽室で、真っ暗な空を眺めながら硬い床に並んで寝転がった。

「終わったなー」

「終わったな」

いつものように矢継ぎ早に話題は出て来なかった。耳が痛くなるくらい静かな音楽室も、早水となら苦には感じない。

「楽しかったなー」

「……楽しかった」

「楽しかった?」

「楽しかったよ」

また短い沈黙が流れる。遠くの方で、誰かが何かを呼ぶ声が聞こえた。

「早水はさ」

「何?」

「魔法使いなの?」

「は?ちが――」

「つまんなかった学校も、学園祭も、ピアノ弾くのも、変わった」

モノトーン写真のピアノとカラー写真のピアノ、色彩は白と黒でも違って見える。

「何で部活辞めたのか知らないけど、辞めて暇だったから、こうやって連むようになったんなら、俺にはラッキーだった」

「暇じゃねぇわ。やりたいことあったんだよ」

「じゃぁ……」

聞いてしまっていいのだろうか。聞いて後悔はしないだろうな。早水にとっては些末なことでも、俺にとっては最重要なことだ。

明日からの、これからの人生を左右しかねないとすら思う。

――それでも聞きたい。

「何で俺といるの?」

どんな答えでもいいから、早水の世界に、俺のどこか一箇所、小指の先、切れ端程度でも、必要として欲しい。

「瀬尾が好きだから」

窓から見える星空が世界の全てで、その全部を手に入れられたような気持ちになる。

――早水はすごい。

――早水は魔法使いだ。

多くを望んではいけないと、呪文のように小さな願望を脳内で反芻して、一番欲しいものはクローゼットの奥の寄せ木細工の箱に仕舞い込んで、不要品と付箋を貼って、見なかったことにする。

早水はパズルプレイヤーみたいにいとも簡単に解読して、購買のパンでも奢ってくれるみたいにひょいと投げてくれる。

人気の焼きそばパンでも、金曜日限定のとろけるクリームパンでもない。俺が好きな厚焼き卵のサンドイッチを迷わず選んで投げてくれる。

「俺も」

高校生にもなって、恥ずかしげもなく好きと言える。隣の女の子にも担任の先生にも、お菓子をくれる近所のおばちゃんにも、大好きだよと言えた小さい頃と同じくらい無垢に、心の底から言うことができた。

「早水が好きだよ」

「じゃぁ……」

上体を起こした早水を見上げる。

同じようにはできないけれど、伝えたいことは今伝えよう。

「早水は俺の憧れ。青空みたいで、俺もそんな風に、なれたらいいなって、ずっと、思ってた」

言えた。

月明かりに照らされた早水の顔はそのまま光に溶けて消えてしまいそうで、想像を絶するほどに美しかった。

瞬き一つできない。

開いたままの視界が少しだけ暗くなる。

俺の唇に、青空が降ってきた。