鷹宮の家が没落し、両親が陰陽界から追放されてから季節は一つ巡った。
嘗て私が過ごしたあの薄暗い蔵や、埃まみれの離れは、今では遠い前世の記憶のようだった。今の私の居場所は、九条家の本邸――その中でも、当主である燈火様と寝食を共にする、最も奥まった場所にある。
「小夜、また一人で庭を見ていたのか?」
背後から温かな熱が忍び寄り、私の腰を抱き寄せた。
振り返らなくてもわかる。
低く、心地よく響くその声は私の最愛の夫のものだ。
「燈火様……はい、お花が綺麗に咲き始めていたので」
私が微笑んで答えると、燈火様は私の肩に顔を埋めるようにして、深く息を吐き出した。
あの日、私の手に救われたあの日から燈火様の態度は【冷徹】の欠片も残っていない。
いや、もしかしたら私だけに優しいのかもしれない。
私が以外の人間たちには相変わらず氷のような冷たい瞳で接するのだから。
(……まさか、こんな結末だったとは……想像していなかっただろうなぁ……)
嘗ては「俺に触れるな」と命じていたその手が、今は一秒でも長く私に触れていたいと言わんばかりに、私の指先を、髪を、肌をなぞり続ける。
そのまま、冷遇されていてもよかったのかもしれない。
一人で暮らしていければよかったのかもしれない――が、今はこの生活を手放したくないと言う私の気持ちがある。
燈火様は相変わらず愛おしそうに、愛を囁いてくれる。恥ずかしくなるぐらい。
「お前は少し目を離すと、どこかへ消えてしまいそうで怖い」
「どこにも行きませんよ燈火様……私は、ここが一番好きですから」
「……そうか」
燈火様の右腕を見つめる。
以前は彼を苦しめていた【花喰いの呪い】は、私がそばにいる限り不思議なほどに沈黙を守っていた。
私が彼の呪毒を吸い取り、浄化し続けることで、二人の霊力は一つの大きな循環の中に今は溶け合っている。
燈火様は私の体をくるりと自分の方へ向かせ、真剣な、それでいて熱を孕んだ瞳で私を射抜いた。
「小夜。改めて、俺の誓いを聞いてくれ」
「誓い、ですか?」
「ああ……お前の実家は、お前に【幸せになるな】と言う言葉で呪いをかけた。お前を【泥】だと呼び、一生暗闇の中で朽ち果てさせようとした……その呪いは、俺がすべて塗り潰す」
そのように言った後、燈火様の大きな手が、私の頬を包み込む。
その熱さに胸の奥がじんわりと震えた。
「俺の呪いはお前を傷つけない。だが、その代わりにお前を一生縛り付ける……俺が死ぬまで、お前を離さない。たとえお前が嫌だと言ってもこの腕の中に閉じ込め、俺の愛だけで満たしてやる……これは、俺からお前への【呪い】だ」
重すぎるほどの、独占欲。
普通なら怯えてしまうような言葉かもしれない。
けれど、これまで「誰からも必要とされない」という地獄を生きてきた私にとって、これほど甘く、愛しい約束はなかった。
「……はい、燈火様。喜んでその呪いを受け入れます」
「そうか」
私が手を重ねると燈火様は安堵したように目元を緩め、私の額に優しく唇を落とした。
蔵の中で膝を抱えていたあの日、私は自分が幸せになるなんて想像もしていなかった。
けれど今、私の目の前には私を唯一無二の存在として求め、光を与えてくれる人がいる。
「幸せになるな」という忌まわしい過去の呪文は、今、目の前の人が囁く「愛している」という重い誓いによって、完全に上書きされたのだ。
屋敷の庭には、氷の花ではない、
今は本物の美しい華が咲き乱れている。
私はもう、【泥】じゃない。
燈火様という消えない光に照らされて、一生、彼の隣で咲き続けるのだ。
「……愛しています、小夜。お前は俺の命だ」
「私も……愛しています、燈火様」
交わした契りは永遠に。
私を離さないという彼の手を、私もまた、二度と離すつもりはなかった。
例え、その【愛】が重かったとしても、その重みが私にとって幸せなのだから。
嘗て私が過ごしたあの薄暗い蔵や、埃まみれの離れは、今では遠い前世の記憶のようだった。今の私の居場所は、九条家の本邸――その中でも、当主である燈火様と寝食を共にする、最も奥まった場所にある。
「小夜、また一人で庭を見ていたのか?」
背後から温かな熱が忍び寄り、私の腰を抱き寄せた。
振り返らなくてもわかる。
低く、心地よく響くその声は私の最愛の夫のものだ。
「燈火様……はい、お花が綺麗に咲き始めていたので」
私が微笑んで答えると、燈火様は私の肩に顔を埋めるようにして、深く息を吐き出した。
あの日、私の手に救われたあの日から燈火様の態度は【冷徹】の欠片も残っていない。
いや、もしかしたら私だけに優しいのかもしれない。
私が以外の人間たちには相変わらず氷のような冷たい瞳で接するのだから。
(……まさか、こんな結末だったとは……想像していなかっただろうなぁ……)
嘗ては「俺に触れるな」と命じていたその手が、今は一秒でも長く私に触れていたいと言わんばかりに、私の指先を、髪を、肌をなぞり続ける。
そのまま、冷遇されていてもよかったのかもしれない。
一人で暮らしていければよかったのかもしれない――が、今はこの生活を手放したくないと言う私の気持ちがある。
燈火様は相変わらず愛おしそうに、愛を囁いてくれる。恥ずかしくなるぐらい。
「お前は少し目を離すと、どこかへ消えてしまいそうで怖い」
「どこにも行きませんよ燈火様……私は、ここが一番好きですから」
「……そうか」
燈火様の右腕を見つめる。
以前は彼を苦しめていた【花喰いの呪い】は、私がそばにいる限り不思議なほどに沈黙を守っていた。
私が彼の呪毒を吸い取り、浄化し続けることで、二人の霊力は一つの大きな循環の中に今は溶け合っている。
燈火様は私の体をくるりと自分の方へ向かせ、真剣な、それでいて熱を孕んだ瞳で私を射抜いた。
「小夜。改めて、俺の誓いを聞いてくれ」
「誓い、ですか?」
「ああ……お前の実家は、お前に【幸せになるな】と言う言葉で呪いをかけた。お前を【泥】だと呼び、一生暗闇の中で朽ち果てさせようとした……その呪いは、俺がすべて塗り潰す」
そのように言った後、燈火様の大きな手が、私の頬を包み込む。
その熱さに胸の奥がじんわりと震えた。
「俺の呪いはお前を傷つけない。だが、その代わりにお前を一生縛り付ける……俺が死ぬまで、お前を離さない。たとえお前が嫌だと言ってもこの腕の中に閉じ込め、俺の愛だけで満たしてやる……これは、俺からお前への【呪い】だ」
重すぎるほどの、独占欲。
普通なら怯えてしまうような言葉かもしれない。
けれど、これまで「誰からも必要とされない」という地獄を生きてきた私にとって、これほど甘く、愛しい約束はなかった。
「……はい、燈火様。喜んでその呪いを受け入れます」
「そうか」
私が手を重ねると燈火様は安堵したように目元を緩め、私の額に優しく唇を落とした。
蔵の中で膝を抱えていたあの日、私は自分が幸せになるなんて想像もしていなかった。
けれど今、私の目の前には私を唯一無二の存在として求め、光を与えてくれる人がいる。
「幸せになるな」という忌まわしい過去の呪文は、今、目の前の人が囁く「愛している」という重い誓いによって、完全に上書きされたのだ。
屋敷の庭には、氷の花ではない、
今は本物の美しい華が咲き乱れている。
私はもう、【泥】じゃない。
燈火様という消えない光に照らされて、一生、彼の隣で咲き続けるのだ。
「……愛しています、小夜。お前は俺の命だ」
「私も……愛しています、燈火様」
交わした契りは永遠に。
私を離さないという彼の手を、私もまた、二度と離すつもりはなかった。
例え、その【愛】が重かったとしても、その重みが私にとって幸せなのだから。



