あの日を境に、燈火様の態度は一変した。
翌朝、目覚めた私の前に現れたのは冷徹な当主ではなく、どこか切羽詰まったような眼差しをした一人の男だった。
「小夜、奥の間へ来い……お前の体を調べる」
「はえ?」
何が起きたのか理解が出来ないのでとりあえず何かを言おうとしたのだが、それすらさせてくれなかった。
有無を言わせぬ口調で連れて行かれたのは、九条家の当主以外立ち入りを禁じられた秘匿の書斎だった。
燈火様は私の衣の襟元を緩めるよう命じ、震える指先で私の鎖骨の下――心臓に近い場所を指でなぞった。
「くっ……」
彼の指先から微かな霊力が流れ込んだ瞬間、私の胸の奥が焼けるように熱くなる。
肌の上に赤黒い、不気味な花の紋様が浮かび上がった。
これは鷹宮の家で刻まれた、私が【泥】である事の証。
燈火様はその紋様を見つめたまま、低く、獣のような唸り声を漏らした。
「……やはりか。鷹宮の連中め、これほどまでの呪いを……」
「えっと……燈火様、申し訳ありません。私はやはり、あなたを汚すだけの道具です。それと、私がここにいては九条家を滅ぼしてしまいます。提案がございます」
「……提案、とはなんだ?」
「私を殺してください。そうすれば――」
私は床に膝をつき、最期の言葉を待った。
私の正体は、九条家を内側から腐らせるための【毒】だ。
そんなものをそばに置いておけるはずがない。
だが、返ってきたのは、私の予想を裏切る強い力だった。
「お前を殺す?……馬鹿なことを言うな」
燈火様が私の肩を強く掴み、無理やり顔を上げさせた。
その瞳には怒りが宿っている。
けれど、それは私に向けられたものではなかった。
「この紋様は【呪いの核】だ。お前を器にして九条の力を吸い取り、破滅させるための時限爆弾……だが、小夜、お前はこの猛毒を自分の心ひとつで浄化し続けていたんだ」
「え、浄化……?」
「そうだ。本来なら数年も持たずに死んでいるはずの呪いだぞ。それをお前は無意識に自分の中へ取り込み、愛の霊力へ書き換えていた……あの日、俺を救ったのはお前のその痛ましいまでの献身だ」
「わ、わたしの、ちから……?」
燈火様の声が、わずかに震えている。
彼はそのまま、私を抱き寄せるようにして耳元で囁いた。
「お前は毒ではない……誰よりも清らかで、誰よりも俺が必要としている唯一の救いだ」
頭が真っ白になった。
私は昔から【不幸を呼ぶ泥】だと教え込まれてきた私が、誰かの【救い】になれるなんて。
「小夜、今日限りで離れでの生活は終わりだ」
燈火様は私の手を強く握りしめた後、そのまま本邸へと私を導いた。
そこには、これまで私を無視し続けていた使用人たちが並んでいたが、燈火様は彼らを一喝するように言い放った。
「皆、聞け。小夜は九条家の『お飾り』ではない。俺が認め、俺が求めた、唯一無二の正室だ……今後、彼女を軽んじる者がいれば俺がこの手で裁く」
屋敷中に響き渡る宣言。
私を【いないもの】として扱っていた世界が、扱っていたものが、一瞬で塗り替えられていく。
そんな世界など、私は知らないのだ。
「……燈火様、私、そんな、立派なことは……」
「黙れ。お前はただ、俺のそばにいればいい。もう蔵にも離れにも行くな」
「え、ええ……」
どうしたらいいのかわからず、小さく叫ぶ事しか出来ない。
私はそのまま燈火様に連れていかれる。
本邸の最も奥、燈火様の居室。
そこへ通された私を、彼は逃がさないと言わんばかりに力強く抱きしめた。
昨日までの氷のような冷たさはどこにもない。
そこにあるのは、私の体温を求める、あまりにも熱くて重い独占欲のようなモノ。
もしかしたら私、ある意味余計な事をしてしまったのではないだろうかと考え始めた。
対し、燈火様は言う。
「……これからは、俺がお前を愛し抜く……実家の呪いなど、俺の愛で上書きしてやるから安心しろ」
「なんか、ある意味安心出来ないかもしれない……」
燈火様に聞こえないような小声で、つい呟いてしまったが、同時に感じたのは抱きしめられた背中から、彼の動悸が伝わってくる。
生まれて初めて知る、他人の熱。
幸せを願えば誰かが死ぬのだと信じてきたけれど、この腕の中にいる今だけは私も幸せを願っていいのだろうか?
戸惑う私の心に反して、燈火様の腕の力はますます強くなっていくのだった。
翌朝、目覚めた私の前に現れたのは冷徹な当主ではなく、どこか切羽詰まったような眼差しをした一人の男だった。
「小夜、奥の間へ来い……お前の体を調べる」
「はえ?」
何が起きたのか理解が出来ないのでとりあえず何かを言おうとしたのだが、それすらさせてくれなかった。
有無を言わせぬ口調で連れて行かれたのは、九条家の当主以外立ち入りを禁じられた秘匿の書斎だった。
燈火様は私の衣の襟元を緩めるよう命じ、震える指先で私の鎖骨の下――心臓に近い場所を指でなぞった。
「くっ……」
彼の指先から微かな霊力が流れ込んだ瞬間、私の胸の奥が焼けるように熱くなる。
肌の上に赤黒い、不気味な花の紋様が浮かび上がった。
これは鷹宮の家で刻まれた、私が【泥】である事の証。
燈火様はその紋様を見つめたまま、低く、獣のような唸り声を漏らした。
「……やはりか。鷹宮の連中め、これほどまでの呪いを……」
「えっと……燈火様、申し訳ありません。私はやはり、あなたを汚すだけの道具です。それと、私がここにいては九条家を滅ぼしてしまいます。提案がございます」
「……提案、とはなんだ?」
「私を殺してください。そうすれば――」
私は床に膝をつき、最期の言葉を待った。
私の正体は、九条家を内側から腐らせるための【毒】だ。
そんなものをそばに置いておけるはずがない。
だが、返ってきたのは、私の予想を裏切る強い力だった。
「お前を殺す?……馬鹿なことを言うな」
燈火様が私の肩を強く掴み、無理やり顔を上げさせた。
その瞳には怒りが宿っている。
けれど、それは私に向けられたものではなかった。
「この紋様は【呪いの核】だ。お前を器にして九条の力を吸い取り、破滅させるための時限爆弾……だが、小夜、お前はこの猛毒を自分の心ひとつで浄化し続けていたんだ」
「え、浄化……?」
「そうだ。本来なら数年も持たずに死んでいるはずの呪いだぞ。それをお前は無意識に自分の中へ取り込み、愛の霊力へ書き換えていた……あの日、俺を救ったのはお前のその痛ましいまでの献身だ」
「わ、わたしの、ちから……?」
燈火様の声が、わずかに震えている。
彼はそのまま、私を抱き寄せるようにして耳元で囁いた。
「お前は毒ではない……誰よりも清らかで、誰よりも俺が必要としている唯一の救いだ」
頭が真っ白になった。
私は昔から【不幸を呼ぶ泥】だと教え込まれてきた私が、誰かの【救い】になれるなんて。
「小夜、今日限りで離れでの生活は終わりだ」
燈火様は私の手を強く握りしめた後、そのまま本邸へと私を導いた。
そこには、これまで私を無視し続けていた使用人たちが並んでいたが、燈火様は彼らを一喝するように言い放った。
「皆、聞け。小夜は九条家の『お飾り』ではない。俺が認め、俺が求めた、唯一無二の正室だ……今後、彼女を軽んじる者がいれば俺がこの手で裁く」
屋敷中に響き渡る宣言。
私を【いないもの】として扱っていた世界が、扱っていたものが、一瞬で塗り替えられていく。
そんな世界など、私は知らないのだ。
「……燈火様、私、そんな、立派なことは……」
「黙れ。お前はただ、俺のそばにいればいい。もう蔵にも離れにも行くな」
「え、ええ……」
どうしたらいいのかわからず、小さく叫ぶ事しか出来ない。
私はそのまま燈火様に連れていかれる。
本邸の最も奥、燈火様の居室。
そこへ通された私を、彼は逃がさないと言わんばかりに力強く抱きしめた。
昨日までの氷のような冷たさはどこにもない。
そこにあるのは、私の体温を求める、あまりにも熱くて重い独占欲のようなモノ。
もしかしたら私、ある意味余計な事をしてしまったのではないだろうかと考え始めた。
対し、燈火様は言う。
「……これからは、俺がお前を愛し抜く……実家の呪いなど、俺の愛で上書きしてやるから安心しろ」
「なんか、ある意味安心出来ないかもしれない……」
燈火様に聞こえないような小声で、つい呟いてしまったが、同時に感じたのは抱きしめられた背中から、彼の動悸が伝わってくる。
生まれて初めて知る、他人の熱。
幸せを願えば誰かが死ぬのだと信じてきたけれど、この腕の中にいる今だけは私も幸せを願っていいのだろうか?
戸惑う私の心に反して、燈火様の腕の力はますます強くなっていくのだった。



