インターホンを押した瞬間、指が震えているのが自分でも分かった。
もう、確信していた。
それでも、直接言葉で聞くまでは、どこかで否定したかった。
ドアが開く。
美玲は、少しだけ驚いた顔をして、すぐに無表情になった。
「……また来たの?」
その声だけで、何かが切れた。
「これ、何ですか」
優斗はノートパソコンを開き、画面を美玲の前に突き出した。
ホテルの出入り。
LINEの履歴。
日付と名前。
「佐山晃。美玲さんの浮気相手ですよね」
一瞬だけ、美玲の目が揺れた。
「……それ、どこで」
「兄のPCです。全部、残ってました」
沈黙。
「兄は、全部知ってた。それでも、誰にも言わなかった」
声が低くなる。
「兄を裏切ったんですよね」
「兄を殺したのは、美玲さんも同然じゃないですか」
美玲は、ふっと鼻で笑った。
「……は?」
その笑い方が、優斗の神経を逆撫でした。
「隼人はね、知ってたわよ。最初から」
「……何?」
「夜はちゃんと帰ってくること。週に一回は食事を作ること。休みの日は一緒に過ごすこと」
淡々と、条件を読み上げるように言う。
「それを守るなら、浮気してもいいって言ったのは隼人」
優斗は言葉を失った。
「……仕方なく結婚したのよ、あの人と」
「幸せにするって言うから結婚したのに、別に幸せじゃなかった」
美玲の声には、もう感情がなかった。
「隼人は自分の意思で勝手に死んだの」
「私のせいじゃない」
優斗の胸が、焼けるように痛んだ。
「……でも、浮気してないなら証拠出して、離婚届なんか書かなければよかっただけじゃない」
その言葉で、完全に理解した。
この人は、もう「被害者」じゃない。
「今は新しい家庭もあるの」
「だから、私の生活を乱さないで」
優斗は、思わず聞き返した。
「……え?」
「美玲さん、再婚してるんですか?」
美玲は、少しだけ口角を上げた。
「昔からずっと好きだった人と再婚できたの」
「だから、片桐には感謝してるくらい」
その一言で、視界が歪んだ。
「私は今、山本でも柏葉でもない」
少し間を置いて、はっきり言う。
「滝川美玲なの」
その名字が、耳に刺さった。
「だから、もう私に関わらないで」
ドアが、強く閉められた。
家の外に立ち尽くして、優斗はゆっくりと表札を見上げた。
そこには、はっきりと書かれていた。
滝川
——そういえば、この家を買ったときの祝いのパーティーに、一度だけここへ来たことがあった。
あのときは、確かに「柏葉」だった。
それから何度か美玲を訪ねていたのに、知っている家だという安心感から、表札なんて一度も気に留めていなかった。
でも今、初めて気づいた。
この家の名前は、もう
兄のものではなくなっていた。
ここはもう、兄の人生の続きですらなかった。
優斗は、何も言えずにその場を離れた。
怒りも、悲しみも、憎しみも、全部まとめて胸に詰め込んだまま。
そして、初めてはっきり思った。
——この人は、もう、救われなくていい。
もう、確信していた。
それでも、直接言葉で聞くまでは、どこかで否定したかった。
ドアが開く。
美玲は、少しだけ驚いた顔をして、すぐに無表情になった。
「……また来たの?」
その声だけで、何かが切れた。
「これ、何ですか」
優斗はノートパソコンを開き、画面を美玲の前に突き出した。
ホテルの出入り。
LINEの履歴。
日付と名前。
「佐山晃。美玲さんの浮気相手ですよね」
一瞬だけ、美玲の目が揺れた。
「……それ、どこで」
「兄のPCです。全部、残ってました」
沈黙。
「兄は、全部知ってた。それでも、誰にも言わなかった」
声が低くなる。
「兄を裏切ったんですよね」
「兄を殺したのは、美玲さんも同然じゃないですか」
美玲は、ふっと鼻で笑った。
「……は?」
その笑い方が、優斗の神経を逆撫でした。
「隼人はね、知ってたわよ。最初から」
「……何?」
「夜はちゃんと帰ってくること。週に一回は食事を作ること。休みの日は一緒に過ごすこと」
淡々と、条件を読み上げるように言う。
「それを守るなら、浮気してもいいって言ったのは隼人」
優斗は言葉を失った。
「……仕方なく結婚したのよ、あの人と」
「幸せにするって言うから結婚したのに、別に幸せじゃなかった」
美玲の声には、もう感情がなかった。
「隼人は自分の意思で勝手に死んだの」
「私のせいじゃない」
優斗の胸が、焼けるように痛んだ。
「……でも、浮気してないなら証拠出して、離婚届なんか書かなければよかっただけじゃない」
その言葉で、完全に理解した。
この人は、もう「被害者」じゃない。
「今は新しい家庭もあるの」
「だから、私の生活を乱さないで」
優斗は、思わず聞き返した。
「……え?」
「美玲さん、再婚してるんですか?」
美玲は、少しだけ口角を上げた。
「昔からずっと好きだった人と再婚できたの」
「だから、片桐には感謝してるくらい」
その一言で、視界が歪んだ。
「私は今、山本でも柏葉でもない」
少し間を置いて、はっきり言う。
「滝川美玲なの」
その名字が、耳に刺さった。
「だから、もう私に関わらないで」
ドアが、強く閉められた。
家の外に立ち尽くして、優斗はゆっくりと表札を見上げた。
そこには、はっきりと書かれていた。
滝川
——そういえば、この家を買ったときの祝いのパーティーに、一度だけここへ来たことがあった。
あのときは、確かに「柏葉」だった。
それから何度か美玲を訪ねていたのに、知っている家だという安心感から、表札なんて一度も気に留めていなかった。
でも今、初めて気づいた。
この家の名前は、もう
兄のものではなくなっていた。
ここはもう、兄の人生の続きですらなかった。
優斗は、何も言えずにその場を離れた。
怒りも、悲しみも、憎しみも、全部まとめて胸に詰め込んだまま。
そして、初めてはっきり思った。
——この人は、もう、救われなくていい。



