街への外出は、一週間後に設定された。
延徳帝は護衛の手配や変装の準備を、自ら指示したという。
それを伝え聞いた麗華の侍女は目を丸くした。
「陛下が直接おっしゃったのですか?」
「そうらしいわ」
「まあ……」
侍女は複雑な顔をしたが、すぐに切り替えた。
「では、正妃様のお召し物を考えなくては、商家のお嬢様、という感じでよろしいでしょうか?」
「街の人々の暮らしを見たいのだから、あまり目立たない方がいいと思うわ。普通の市民のような格好が一番かしら」
「でも正妃様のそのお顔では、どんな服をお召しになっても目立ってしまいますよ」
麗華は笑った。久しぶりの笑いだった。
それが体の痛みを少し和らげた。
当日の朝、延徳帝は珍しく一刻早く迎えに来た。
麗華が廊下に出ると、彼は簡素な紺の常服に身を包んでいた。
帝の装いにあるはずの玉や金の細工は見当たらず、ただ布地の良さだけが静かな品位を語っていた。
麗華もまた、侍女が選んだ深緑の衣に、焦げ茶の斗篷を羽織っていた。
「行くか」
延徳帝はそれだけ言って歩き始めると、麗華は少し急いでその隣に並んだ。
王宮の裏口から馬車で城壁の外に出ると、そこはもう帝都の下町だった。
麗華は窓から外を眺めた。
石畳の通り、色とりどりの店先、活気ある人々の声。
包子を売る屋台から温かい香りが流れてくる。
子どもたちが路地を走り回り、老婦人が井戸の傍で話し込んでいた。
馬車を降りて、二人は通りに降り立つと、麗華は思わず立ち止まった。
人の波、物の匂い、風の音、石畳の硬さ――全てが新鮮だった。
宮廷の中にいては決して感じられないものが、ここには満ちている。
「歩けるか」
延徳帝の声に我に返った。
「はい、大丈夫です。すみません、少し……圧倒されてしまって」
「宮廷に入る前も、こういう場所には来なかったのか」
「辺境の領地の出身ですから、こんなに大きな街は初めてで。故郷の市場も好きでしたが、ずっと小さくて。でも似たような匂いがします。包子と土の匂い」
延徳帝は何も言わなかったが、歩調を少し緩めた。
麗華はあちこちに目を向けながら歩く。
香辛料の屋台、布地を売る店、鍛冶屋の音、花売りの少女。
花売りの少女が麗華に近づいてきた。
「お姉さん、花はいかが?」
延徳帝は護衛の手配や変装の準備を、自ら指示したという。
それを伝え聞いた麗華の侍女は目を丸くした。
「陛下が直接おっしゃったのですか?」
「そうらしいわ」
「まあ……」
侍女は複雑な顔をしたが、すぐに切り替えた。
「では、正妃様のお召し物を考えなくては、商家のお嬢様、という感じでよろしいでしょうか?」
「街の人々の暮らしを見たいのだから、あまり目立たない方がいいと思うわ。普通の市民のような格好が一番かしら」
「でも正妃様のそのお顔では、どんな服をお召しになっても目立ってしまいますよ」
麗華は笑った。久しぶりの笑いだった。
それが体の痛みを少し和らげた。
当日の朝、延徳帝は珍しく一刻早く迎えに来た。
麗華が廊下に出ると、彼は簡素な紺の常服に身を包んでいた。
帝の装いにあるはずの玉や金の細工は見当たらず、ただ布地の良さだけが静かな品位を語っていた。
麗華もまた、侍女が選んだ深緑の衣に、焦げ茶の斗篷を羽織っていた。
「行くか」
延徳帝はそれだけ言って歩き始めると、麗華は少し急いでその隣に並んだ。
王宮の裏口から馬車で城壁の外に出ると、そこはもう帝都の下町だった。
麗華は窓から外を眺めた。
石畳の通り、色とりどりの店先、活気ある人々の声。
包子を売る屋台から温かい香りが流れてくる。
子どもたちが路地を走り回り、老婦人が井戸の傍で話し込んでいた。
馬車を降りて、二人は通りに降り立つと、麗華は思わず立ち止まった。
人の波、物の匂い、風の音、石畳の硬さ――全てが新鮮だった。
宮廷の中にいては決して感じられないものが、ここには満ちている。
「歩けるか」
延徳帝の声に我に返った。
「はい、大丈夫です。すみません、少し……圧倒されてしまって」
「宮廷に入る前も、こういう場所には来なかったのか」
「辺境の領地の出身ですから、こんなに大きな街は初めてで。故郷の市場も好きでしたが、ずっと小さくて。でも似たような匂いがします。包子と土の匂い」
延徳帝は何も言わなかったが、歩調を少し緩めた。
麗華はあちこちに目を向けながら歩く。
香辛料の屋台、布地を売る店、鍛冶屋の音、花売りの少女。
花売りの少女が麗華に近づいてきた。
「お姉さん、花はいかが?」



