三年目の春が来た。
延徳帝は書類を広げたまま、麗華の部屋で仕事をするようになっていた。
かつての白い結婚の時間が、今は逆の形で繰り返されていた。
あの頃は同じ屋根の下にいながら無関係だったが、今は離れていながら傍にいる。
風が吹くのを感じ、延徳帝は立ち上がり寝台を見た。
麗華の顔が、わずかに変わっていた。蒼白だった顔に、ほのかな色が戻りつつあった。
胸が上下した。
延徳帝は寝台の傍に膝をついた。
麗華の指が動いた。ゆっくりと、かすかに。
そしてまぶたが、動いた。
かすかに開いた目が、混乱したように天井を見た。
それから、傍にある顔を見た。
「……へ、いか?」
声は細く、掠れていた。しかしそれは確かに、麗華の声だった。
延徳帝は声も出せず、しばらく、ただそこにいた。
「……正妃」
「……は、い」
「三年かかった」
麗華は少し瞬いた。
「……三年、ですか」
「ああ」
「では、また三年分……陛下のことを知らなくなってしまいました」
「これから知ればいい」
麗華の目に、じわりと光が滲んだ。
「また十の願いを言っても、いいですか」
「二十でも、三十でも言え。すべて叶えるてやる」
「不思議ですね。三年間、毎日陛下が傍にいたような気がします」
「……なぜわかった」
「ふふ。なぜでしょう」
麗華は小さく笑った。
それは三年前と同じ、穏やかな笑いだった。
「欲張りすぎでしょうか」
「お前が欲張ってちょうどいい」
麗華はゆっくりと手を持ち上げた。
延徳帝の手を探すように伸ばした。延徳帝はその手を、両手で包んだ。
かつて最後の夜に、そうしたように。
「陛下」
「何だ」
「嫌いだと、言えましたか?」
延徳帝は少しの間、沈黙した。
「……言えなかった。三年間。ただの一度も言えなかった」
「それが答えですね」
「ああ」
延徳帝は深く息を吸い、それから静かに言った。
「愛している、正妃」
それは謝罪だった。三年間の沈黙への謝罪。
それは約束だった。これから先の全ての時間への約束。
それは告白だった。言葉を持てなかった人間が、やっと見つけた言葉。
麗華は目を閉じた。まぶたの裏で涙が光った。
「……私も、です」
春の光が窓から差し込んでいた。
白い寝台の上で、麗華は静かに息をした。
温かい手に包まれながら、三年ぶりに世界の音を聞いた。
遠くで鳥が鳴いていた。風が窓を揺らしていた。
あの夜、彼女は最後の願いを叶えてもらった。
嫌いだと言えなかった答えが、そのまま答えだった。
でも今朝、もう一つの願いが叶った。
それは願いに書かなかった、一番の願いだった。
延徳帝は書類を広げたまま、麗華の部屋で仕事をするようになっていた。
かつての白い結婚の時間が、今は逆の形で繰り返されていた。
あの頃は同じ屋根の下にいながら無関係だったが、今は離れていながら傍にいる。
風が吹くのを感じ、延徳帝は立ち上がり寝台を見た。
麗華の顔が、わずかに変わっていた。蒼白だった顔に、ほのかな色が戻りつつあった。
胸が上下した。
延徳帝は寝台の傍に膝をついた。
麗華の指が動いた。ゆっくりと、かすかに。
そしてまぶたが、動いた。
かすかに開いた目が、混乱したように天井を見た。
それから、傍にある顔を見た。
「……へ、いか?」
声は細く、掠れていた。しかしそれは確かに、麗華の声だった。
延徳帝は声も出せず、しばらく、ただそこにいた。
「……正妃」
「……は、い」
「三年かかった」
麗華は少し瞬いた。
「……三年、ですか」
「ああ」
「では、また三年分……陛下のことを知らなくなってしまいました」
「これから知ればいい」
麗華の目に、じわりと光が滲んだ。
「また十の願いを言っても、いいですか」
「二十でも、三十でも言え。すべて叶えるてやる」
「不思議ですね。三年間、毎日陛下が傍にいたような気がします」
「……なぜわかった」
「ふふ。なぜでしょう」
麗華は小さく笑った。
それは三年前と同じ、穏やかな笑いだった。
「欲張りすぎでしょうか」
「お前が欲張ってちょうどいい」
麗華はゆっくりと手を持ち上げた。
延徳帝の手を探すように伸ばした。延徳帝はその手を、両手で包んだ。
かつて最後の夜に、そうしたように。
「陛下」
「何だ」
「嫌いだと、言えましたか?」
延徳帝は少しの間、沈黙した。
「……言えなかった。三年間。ただの一度も言えなかった」
「それが答えですね」
「ああ」
延徳帝は深く息を吸い、それから静かに言った。
「愛している、正妃」
それは謝罪だった。三年間の沈黙への謝罪。
それは約束だった。これから先の全ての時間への約束。
それは告白だった。言葉を持てなかった人間が、やっと見つけた言葉。
麗華は目を閉じた。まぶたの裏で涙が光った。
「……私も、です」
春の光が窓から差し込んでいた。
白い寝台の上で、麗華は静かに息をした。
温かい手に包まれながら、三年ぶりに世界の音を聞いた。
遠くで鳥が鳴いていた。風が窓を揺らしていた。
あの夜、彼女は最後の願いを叶えてもらった。
嫌いだと言えなかった答えが、そのまま答えだった。
でも今朝、もう一つの願いが叶った。
それは願いに書かなかった、一番の願いだった。



