「そなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
王宮の奥、後宮。香の残る回廊は華やかで、同時に冷えた刃のようだった。
延徳帝と沈麗華が婚姻したのは、三年前の春——
式典は盛大だった。
粛々と響き渡る宮廷楽、絹のように滑らかな誓いの言葉。
玉座の間に咲き乱れる白百合、粛々と響き渡る雅楽、絹のように滑らかな誓いの言葉。
列席した臣下たちは皆、二人の未来を寿ぎ、杯を掲げた。
しかし式が終わり、宴が閉じ、夜の帳が宮廷に下りると――延徳帝は静かに寝室を出ていった。
麗華はひとり、婚礼の紅の婚礼衣のまま、大きな寝台の端に腰かけていた。
窓の外では祝いの祝砲が散り、その光が一瞬だけ部屋を赤く染めた。
彼女はそれをただ見つめていた。
泣きはしなかった。
泣く理由もなかった。
わずかに、扉の外に人の気配を感じた。
けれど、その夜、この部屋を訪れる人はいなかった。
「わかりきっていたことだわ」
政略結婚だった。
麗華は沈家の長女で、辺境の国境を守る大きな領地を守る家の娘だ。
皇帝との縁組は家の繁栄のためであり、彼女個人の幸福のためではなかった。
それは最初からわかっていたことだ。
延徳帝も同様だった。彼には既に、思い人がいた。
側妃雪蘭――皇帝が心から愛した女性。
しかし身分の差が壁となり、正妃の座には就けなかった。
延徳帝は雪蘭を愛していたが故に、麗華をどこか遠ざけた。
正妃として傍に置きながら、心のどこかで彼女を、自分と雪蘭の間に立ちはだかる壁のように感じていた。
だからこそ二人は、同じ屋根の下で暮らしながら、まるで他人のようだった。
食事は別々。行事の際には並んで立つが、終われば各自の部屋へ戻る。
言葉を交わすのは政務の話と、公式の場での必要最低限の挨拶のみ。
麗華が声をかけても、延徳帝は短く答えるか、沈黙するかのどちらかだった。
宮廷の者たちはひそひそと噂した。
「正妃はお気に召されなかったのね」
「あの方は側妃様しか見えていらっしゃらない」
麗華はそれを聞こえないふりをして、毎日きちんと身だしなみを整え、にこやかに公務をこなし、誰にも心配をかけまいとした。
三年間、そうやって生きてきた。
麗華は泣き言を言わなかった。
恨みごとも言わなかった。
ただ静かに、自分に与えられた役割を果たした。
民に優しく、宮廷の礼儀を守り、延徳帝の公の場での補佐を欠かさなかった。
彼女の唯一の楽しみは、王宮の書庫に籠もることだった。
膨大な蔵書の中に身を潜め、知らない世界の物語を読む。
辺境の小さな城で育った彼女には、本の中の世界だけが広大だった。
街に出たいと思ったことがある。奏楽に行きたいと思ったことがある。
郊外での野遊をしたい、星空の下で眠りたい、海の色を見たい――そんな小さな夢を、麗華は胸の奥の引き出しにしまっておいた。
正妃がそんなことを望んでも仕方がない、と思っていたから。
三年間、同衾のない婚姻だった。
それが崩れたのは、ある秋の夜のことだった。
王宮の奥、後宮。香の残る回廊は華やかで、同時に冷えた刃のようだった。
延徳帝と沈麗華が婚姻したのは、三年前の春——
式典は盛大だった。
粛々と響き渡る宮廷楽、絹のように滑らかな誓いの言葉。
玉座の間に咲き乱れる白百合、粛々と響き渡る雅楽、絹のように滑らかな誓いの言葉。
列席した臣下たちは皆、二人の未来を寿ぎ、杯を掲げた。
しかし式が終わり、宴が閉じ、夜の帳が宮廷に下りると――延徳帝は静かに寝室を出ていった。
麗華はひとり、婚礼の紅の婚礼衣のまま、大きな寝台の端に腰かけていた。
窓の外では祝いの祝砲が散り、その光が一瞬だけ部屋を赤く染めた。
彼女はそれをただ見つめていた。
泣きはしなかった。
泣く理由もなかった。
わずかに、扉の外に人の気配を感じた。
けれど、その夜、この部屋を訪れる人はいなかった。
「わかりきっていたことだわ」
政略結婚だった。
麗華は沈家の長女で、辺境の国境を守る大きな領地を守る家の娘だ。
皇帝との縁組は家の繁栄のためであり、彼女個人の幸福のためではなかった。
それは最初からわかっていたことだ。
延徳帝も同様だった。彼には既に、思い人がいた。
側妃雪蘭――皇帝が心から愛した女性。
しかし身分の差が壁となり、正妃の座には就けなかった。
延徳帝は雪蘭を愛していたが故に、麗華をどこか遠ざけた。
正妃として傍に置きながら、心のどこかで彼女を、自分と雪蘭の間に立ちはだかる壁のように感じていた。
だからこそ二人は、同じ屋根の下で暮らしながら、まるで他人のようだった。
食事は別々。行事の際には並んで立つが、終われば各自の部屋へ戻る。
言葉を交わすのは政務の話と、公式の場での必要最低限の挨拶のみ。
麗華が声をかけても、延徳帝は短く答えるか、沈黙するかのどちらかだった。
宮廷の者たちはひそひそと噂した。
「正妃はお気に召されなかったのね」
「あの方は側妃様しか見えていらっしゃらない」
麗華はそれを聞こえないふりをして、毎日きちんと身だしなみを整え、にこやかに公務をこなし、誰にも心配をかけまいとした。
三年間、そうやって生きてきた。
麗華は泣き言を言わなかった。
恨みごとも言わなかった。
ただ静かに、自分に与えられた役割を果たした。
民に優しく、宮廷の礼儀を守り、延徳帝の公の場での補佐を欠かさなかった。
彼女の唯一の楽しみは、王宮の書庫に籠もることだった。
膨大な蔵書の中に身を潜め、知らない世界の物語を読む。
辺境の小さな城で育った彼女には、本の中の世界だけが広大だった。
街に出たいと思ったことがある。奏楽に行きたいと思ったことがある。
郊外での野遊をしたい、星空の下で眠りたい、海の色を見たい――そんな小さな夢を、麗華は胸の奥の引き出しにしまっておいた。
正妃がそんなことを望んでも仕方がない、と思っていたから。
三年間、同衾のない婚姻だった。
それが崩れたのは、ある秋の夜のことだった。



