遠くの方で幼い子供の泣いている声がする。悲しくて泣いているのか。不安で堪らないのか。
その理由までは大輝には分からなかったが、漠然とあの子供を泣き止ませないといけないと思った。
ゆっくりと体を起こし、周りの景色を見て目を見開いた。大輝の目の前にはたくさんの子供の影がゆらゆらと蠢いていたのだ。そして、どの子供もみんな一様に泣いており、大輝が泣き止ませたいと思った子供がどの子かわからなかった。
「……これが、八ツ森様?」
ここにいる子供の影がこれまで生贄となった子供の数だと言うのなら、数えきれないほどの子供が贄となって命を失っていることになる。常世原集落の異常さを改めて大輝は実感した。子供の影はおよそ幼稚園児から小学生くらいと年齢の幅は広かった。きっと何もわからないまま八ツ森様に捧げられた子供もいるのだろう。大輝は痛ましいものを見るように表情を歪めながら、子供達の間を縫うようにして歩く。
子供達全員に手を差し伸べたい、助けたいと思う気持ちがないわけではなかった。だが、大輝の目的は朔を連れて帰ることであって子供達の救済ではない。薄情だと言われても仕方がないな、と考えながら大輝は前に進む。
どれだけ前に進んでも、景色は変わらない。それどころか泣きじゃくる子供達が大輝の足元に集まってくる。子供達は大輝が助けてくれると思っているのか、そばに来ては大輝の足を止めようと服の裾を引っ張った。縋るようなその手を大輝は無理やり振り解くことはできず、一人ずつ「ごめん」と言っては優しく解いていく。
次から次へと足を引っ張られて思うように前に進めなかったが、大輝は気にしなかった。
「お前たちは朔がどこにいるか知らないのか?」
また一人、子供の手を解くと大輝はポツリと呟いた。答えを求めていたわけではなく、ふと口をついて出た言葉だった。
子供達は泣きじゃくるばかりで大輝の質問に答えるものはいなかった。そもそもこの子達に喋る口があるのか、黒い影である彼らを見てもよくわからない。
誰も大輝の望む答えを持っていないようで、大輝は小さくため息を吐きながらも仕方がないと諦めて先へ進もうとする。その時、一人の子供が大輝の服の裾を控えめに引っ張った。大輝はハッとして足元に視線を移すと、子供の影の一人が涙を拭いながら必死に裾を引っ張っている。まるで、大輝をどこかへと連れていきたいかのようだった。子供の影は大輝が見ていることに気がつくと、早くと急かすように強く裾を引く。
その子供に誘われるように大輝が足を進めると、子供は満足したのか一瞬だけ涙を止めて柔らかい雰囲気を醸し出しながら塵となって消えていく。あっと思って手を伸ばしたが一足遅く、子供の影は完全に背景に溶けてしまう。せっかく朔への手掛かりになったかもしれないのに、こんなに簡単に失ってしまうとは思っておらず、心の底で大輝は慌てた。
「なんで……」と小さく漏らした声はその空間では大きく響いた。大輝の声か消えた子供にか、どちらかはわからなかったが近くにいた別の子供の影が大輝の方を向いたように見えた。その子供も先ほどの子と同じように大輝の裾を捕まえると、大輝のことをどこかへと連れていくように引っ張っていく。そして、また、力尽きたように塵となって消えていく。
何人もの子供達が、何度も何度も同じように大輝を導いていく。最後には満足したように小さく頷きながら、消えていきながら、彼らは最後の力を振り絞って大輝を連れて行った。
「どうして……そんなことをしても、お前たちはもう…………」
どんどんと前に進みながら、自然と気持ちが口から溢れ出ていた。消えていく時に僅かに感じる、寂しさや悲しさに感化されたのか、大輝の目尻には涙が溜まっていった。その涙がぽろりとこぼれ落ちた時、子供が何かを大輝に見せてくれた。
真新しいおもちゃだった。
神道家の蔵で見た、新品のおもちゃを子供は嬉しそうに抱きしめる。その姿からは、忘れないでいてくれてありがとう、と言われているようだった。子供は次の子供へと大輝を受け渡すと大輝に手を振って消えていく。大輝は思わず手を伸ばしたが、その手を別の子供が優しく握った。
よく見てみるとたくさんの子供達がおもちゃや小さな紙切れを持っているのがわかった。どの子供も、それらを大事そうに抱えている。
なぜここにあのおもちゃたちがここにあるのか、と考えていると子供が大輝の手を引っ張る。困惑する中、子供の方を見ると子供は小さな紙切れを見せてくれた。そこには『ひまり』と名前が書かれている。名前を大事そうに抱えながら子供は大輝の手を引き、走り出す。
早く、と急かしながら。
私たちは、これで十分だというように。
神道家が集めてきた贖罪の形が、塗りつぶされた名前たちが今ここにある。
大輝がここへきたことで、彼らの元に返されたのだ。
——アリがとウ。
——あリがとウ。
——わすれナイでいてクレて。
——カエしてくレて。
たくさんの子供の声が頭の中で響き出す。声が重なり合うにつれて、周囲の景色はどんどんと進んでいく。次から次へと子供達に手を引かれながら前へと進んでいく。同時に、たくさんの子供達が満足したように消えていった。
大輝は子供達のことを思って唇を噛み締めた。だけど、立ち止まることだけはしなかった。彼らの想いを、繋いでくれた今を無駄にしないために。
やがて光は一点に収束する。子供達に導かれながら光の向こうに辿り着いた。
最後に、少しだけ振り返って子供達を見つめる。どの子供も手を振って大輝のことを送り出していた。
——ありがとう。
八ツ森様としてではない、子供達の声が大輝の脳内に響いた時、大輝の視界は暗闇に閉ざされた。
その理由までは大輝には分からなかったが、漠然とあの子供を泣き止ませないといけないと思った。
ゆっくりと体を起こし、周りの景色を見て目を見開いた。大輝の目の前にはたくさんの子供の影がゆらゆらと蠢いていたのだ。そして、どの子供もみんな一様に泣いており、大輝が泣き止ませたいと思った子供がどの子かわからなかった。
「……これが、八ツ森様?」
ここにいる子供の影がこれまで生贄となった子供の数だと言うのなら、数えきれないほどの子供が贄となって命を失っていることになる。常世原集落の異常さを改めて大輝は実感した。子供の影はおよそ幼稚園児から小学生くらいと年齢の幅は広かった。きっと何もわからないまま八ツ森様に捧げられた子供もいるのだろう。大輝は痛ましいものを見るように表情を歪めながら、子供達の間を縫うようにして歩く。
子供達全員に手を差し伸べたい、助けたいと思う気持ちがないわけではなかった。だが、大輝の目的は朔を連れて帰ることであって子供達の救済ではない。薄情だと言われても仕方がないな、と考えながら大輝は前に進む。
どれだけ前に進んでも、景色は変わらない。それどころか泣きじゃくる子供達が大輝の足元に集まってくる。子供達は大輝が助けてくれると思っているのか、そばに来ては大輝の足を止めようと服の裾を引っ張った。縋るようなその手を大輝は無理やり振り解くことはできず、一人ずつ「ごめん」と言っては優しく解いていく。
次から次へと足を引っ張られて思うように前に進めなかったが、大輝は気にしなかった。
「お前たちは朔がどこにいるか知らないのか?」
また一人、子供の手を解くと大輝はポツリと呟いた。答えを求めていたわけではなく、ふと口をついて出た言葉だった。
子供達は泣きじゃくるばかりで大輝の質問に答えるものはいなかった。そもそもこの子達に喋る口があるのか、黒い影である彼らを見てもよくわからない。
誰も大輝の望む答えを持っていないようで、大輝は小さくため息を吐きながらも仕方がないと諦めて先へ進もうとする。その時、一人の子供が大輝の服の裾を控えめに引っ張った。大輝はハッとして足元に視線を移すと、子供の影の一人が涙を拭いながら必死に裾を引っ張っている。まるで、大輝をどこかへと連れていきたいかのようだった。子供の影は大輝が見ていることに気がつくと、早くと急かすように強く裾を引く。
その子供に誘われるように大輝が足を進めると、子供は満足したのか一瞬だけ涙を止めて柔らかい雰囲気を醸し出しながら塵となって消えていく。あっと思って手を伸ばしたが一足遅く、子供の影は完全に背景に溶けてしまう。せっかく朔への手掛かりになったかもしれないのに、こんなに簡単に失ってしまうとは思っておらず、心の底で大輝は慌てた。
「なんで……」と小さく漏らした声はその空間では大きく響いた。大輝の声か消えた子供にか、どちらかはわからなかったが近くにいた別の子供の影が大輝の方を向いたように見えた。その子供も先ほどの子と同じように大輝の裾を捕まえると、大輝のことをどこかへと連れていくように引っ張っていく。そして、また、力尽きたように塵となって消えていく。
何人もの子供達が、何度も何度も同じように大輝を導いていく。最後には満足したように小さく頷きながら、消えていきながら、彼らは最後の力を振り絞って大輝を連れて行った。
「どうして……そんなことをしても、お前たちはもう…………」
どんどんと前に進みながら、自然と気持ちが口から溢れ出ていた。消えていく時に僅かに感じる、寂しさや悲しさに感化されたのか、大輝の目尻には涙が溜まっていった。その涙がぽろりとこぼれ落ちた時、子供が何かを大輝に見せてくれた。
真新しいおもちゃだった。
神道家の蔵で見た、新品のおもちゃを子供は嬉しそうに抱きしめる。その姿からは、忘れないでいてくれてありがとう、と言われているようだった。子供は次の子供へと大輝を受け渡すと大輝に手を振って消えていく。大輝は思わず手を伸ばしたが、その手を別の子供が優しく握った。
よく見てみるとたくさんの子供達がおもちゃや小さな紙切れを持っているのがわかった。どの子供も、それらを大事そうに抱えている。
なぜここにあのおもちゃたちがここにあるのか、と考えていると子供が大輝の手を引っ張る。困惑する中、子供の方を見ると子供は小さな紙切れを見せてくれた。そこには『ひまり』と名前が書かれている。名前を大事そうに抱えながら子供は大輝の手を引き、走り出す。
早く、と急かしながら。
私たちは、これで十分だというように。
神道家が集めてきた贖罪の形が、塗りつぶされた名前たちが今ここにある。
大輝がここへきたことで、彼らの元に返されたのだ。
——アリがとウ。
——あリがとウ。
——わすれナイでいてクレて。
——カエしてくレて。
たくさんの子供の声が頭の中で響き出す。声が重なり合うにつれて、周囲の景色はどんどんと進んでいく。次から次へと子供達に手を引かれながら前へと進んでいく。同時に、たくさんの子供達が満足したように消えていった。
大輝は子供達のことを思って唇を噛み締めた。だけど、立ち止まることだけはしなかった。彼らの想いを、繋いでくれた今を無駄にしないために。
やがて光は一点に収束する。子供達に導かれながら光の向こうに辿り着いた。
最後に、少しだけ振り返って子供達を見つめる。どの子供も手を振って大輝のことを送り出していた。
——ありがとう。
八ツ森様としてではない、子供達の声が大輝の脳内に響いた時、大輝の視界は暗闇に閉ざされた。



