常世原集落は僻地に存在していた。
都内に住んでいた大輝は電車とバスを駆使して常世原集落がある山の麓までやってくる。何時間もかけてたどり着いたそこは、澱んだ空気が流れ、肌にまとわりつくような冷たい空気をしていた。
スマートフォンを開いて地図アプリを起動させる。山の中で電波が届きにくいのか、アプリの起動はいつもより遅かった。
「漫画に出てくるみたいな、ガチの田舎ってあるんだな」
ビル群に囲まれた都内とは違い、辺りを見渡しても目に映るのは鬱蒼と生い茂った木ばかりだった。
「ここから徒歩とか……不便すぎるだろ」
大輝が目指す集落は地図上では山の中腹辺りを指していた。バスの運転手にもこの先に進むのか、と再三確認されたが、その時の大輝には引き返すという考えはよぎりもしながった。今になってその時に引き返しておけばよかったかもしれない、と後悔するが、バスは一日午前午後の一本ずつしかないようで、大輝には進むしか道が残されていなかった。
仕方がない、と覚悟を決めて山を登り始めると、まるで歓迎しているかのようにカラスが鳴き、一斉に飛び立つ。その場の空気感も相まって、不気味な雰囲気が際立つ。
「なんで、こんなところに住んでるんだよ、俺のおばあちゃんは」
辛うじて人が歩けるほどの道の先を遠い目で見つめる。
きっかけは一通の手紙だった。
須藤清子。
書写の手本のような流れる字で書かれた手紙には、母親の怪我の様子を心配していることと、母親が回復するまで遊びにこないか、ということが書かれていた。母親からは祖母はいない、手紙はすぐに捨てるように言われたが、内容を見るにどうやら母親が祖母に大輝の世話を頼んだようだった。
それなのに、なぜ母親は祖母なんていないと言ったのか。
今まで一度も話題に上がることがなかった祖母と縁が繋がっていることを知られたくなかったのだろうか。
色々と邪推してみるが、結局のところ母親の考えは昔からわからないことが多く、大輝はすぐに考えるのをやめた。
それよりも、この山道だ。
急な勾配よりも緩やかな坂がずっと続いている感じに近かった。常に一定の体力を持っていかれるからこそ、長く登り続けるのは難しいなと感じた。
「心なしか、夏なのに寒いし……山なのに空気悪いし…………なんなんだよ、ここ」
山は涼しいとよく言うが、半袖からのぞく肌に鳥肌が立つほど寒いとは思っていなかった。
一歩ずつ前に進むたびに、足に錘を付けられているような気分になった。ただ山を登っているだけなのに、異様に疲れる。
母親を騙す形になっても来ると決めたのは自分なのに、こんなに薄気味悪いところなら来るんじゃなかったと後悔をする。
大輝の身長よりもはるかに高い木々せいで太陽の光のほとんどは地面に届かない。
薄暗い山道をゆっくりとした足取りで進んでいると、ふと前方で白い何かが動いた。
ピンと張り詰めた空気に、ザワッと耳元で木々が擦れる音がする。遠くの方でカラスが警報音のように一斉に鳴き始める。
大輝は足を止めて、目を細めて注意深く前方を観察する。目を離したら、それが襲ってくるような気がして、妙な緊張感に襲われる。
ただのゴミか何かであってくれ、と祈りながらじいっと見つめると、それは息をしているようにゆらゆらと揺れながらそこにいた。
ゆらゆら、ゆらゆら、とそれは風の止んだその場所で揺れ続ける。まるで大輝のことを誘うように手招いているようにも見える。
――おカエり。
無邪気な声が聞こえ、その白い何かから大輝は目が離せなくなる。
あれが欲しい――そう思って足が一歩、白い何かに向かって引き寄せられる。
「そこで何してる!」
都内に住んでいた大輝は電車とバスを駆使して常世原集落がある山の麓までやってくる。何時間もかけてたどり着いたそこは、澱んだ空気が流れ、肌にまとわりつくような冷たい空気をしていた。
スマートフォンを開いて地図アプリを起動させる。山の中で電波が届きにくいのか、アプリの起動はいつもより遅かった。
「漫画に出てくるみたいな、ガチの田舎ってあるんだな」
ビル群に囲まれた都内とは違い、辺りを見渡しても目に映るのは鬱蒼と生い茂った木ばかりだった。
「ここから徒歩とか……不便すぎるだろ」
大輝が目指す集落は地図上では山の中腹辺りを指していた。バスの運転手にもこの先に進むのか、と再三確認されたが、その時の大輝には引き返すという考えはよぎりもしながった。今になってその時に引き返しておけばよかったかもしれない、と後悔するが、バスは一日午前午後の一本ずつしかないようで、大輝には進むしか道が残されていなかった。
仕方がない、と覚悟を決めて山を登り始めると、まるで歓迎しているかのようにカラスが鳴き、一斉に飛び立つ。その場の空気感も相まって、不気味な雰囲気が際立つ。
「なんで、こんなところに住んでるんだよ、俺のおばあちゃんは」
辛うじて人が歩けるほどの道の先を遠い目で見つめる。
きっかけは一通の手紙だった。
須藤清子。
書写の手本のような流れる字で書かれた手紙には、母親の怪我の様子を心配していることと、母親が回復するまで遊びにこないか、ということが書かれていた。母親からは祖母はいない、手紙はすぐに捨てるように言われたが、内容を見るにどうやら母親が祖母に大輝の世話を頼んだようだった。
それなのに、なぜ母親は祖母なんていないと言ったのか。
今まで一度も話題に上がることがなかった祖母と縁が繋がっていることを知られたくなかったのだろうか。
色々と邪推してみるが、結局のところ母親の考えは昔からわからないことが多く、大輝はすぐに考えるのをやめた。
それよりも、この山道だ。
急な勾配よりも緩やかな坂がずっと続いている感じに近かった。常に一定の体力を持っていかれるからこそ、長く登り続けるのは難しいなと感じた。
「心なしか、夏なのに寒いし……山なのに空気悪いし…………なんなんだよ、ここ」
山は涼しいとよく言うが、半袖からのぞく肌に鳥肌が立つほど寒いとは思っていなかった。
一歩ずつ前に進むたびに、足に錘を付けられているような気分になった。ただ山を登っているだけなのに、異様に疲れる。
母親を騙す形になっても来ると決めたのは自分なのに、こんなに薄気味悪いところなら来るんじゃなかったと後悔をする。
大輝の身長よりもはるかに高い木々せいで太陽の光のほとんどは地面に届かない。
薄暗い山道をゆっくりとした足取りで進んでいると、ふと前方で白い何かが動いた。
ピンと張り詰めた空気に、ザワッと耳元で木々が擦れる音がする。遠くの方でカラスが警報音のように一斉に鳴き始める。
大輝は足を止めて、目を細めて注意深く前方を観察する。目を離したら、それが襲ってくるような気がして、妙な緊張感に襲われる。
ただのゴミか何かであってくれ、と祈りながらじいっと見つめると、それは息をしているようにゆらゆらと揺れながらそこにいた。
ゆらゆら、ゆらゆら、とそれは風の止んだその場所で揺れ続ける。まるで大輝のことを誘うように手招いているようにも見える。
――おカエり。
無邪気な声が聞こえ、その白い何かから大輝は目が離せなくなる。
あれが欲しい――そう思って足が一歩、白い何かに向かって引き寄せられる。
「そこで何してる!」



