先ほどとは違う様子に朔の体が強張り、繋がれた手が強く握られる。
「お父さん、あなたは何を知っているんですか……?」
控えめな声が部屋の中に響く。宗一郎はすぐには答えず、顔を覆ったまま天井を見上げるように顔をあげる。しばらくそのままでいたかと思うと、ゆっくりと手を外しながら視線を下ろし、鋭さを失った瞳を大輝たちに向けた。目元に深く刻まれた皺がなぜか大輝の記憶に残った。
「私は……お前たちには自由に生きてほしかった」
苦しく喘ぐような声で宗一郎は声を絞り出す。消え入りそうなその声は、狭い部屋の中でよく響いた。思ってもみなかった宗一郎の言葉に、大輝は言葉を失い、朔は目を見開き肩を震わせる。大輝以上に朔の頭の中はなぜ、という気持ちで溢れていた。
「なら、どうして……どうして、僕のことを…………」
震える唇から漏れた言葉の続きはなくてもよくわかった。
朔はただ真実だけを求めていた。
――なぜ、朔のことを出来損ないと言って迫害し続けたのか。
宗一郎の言葉が間違いでなければ、彼は朔のことを想っていたはずなのに。
「私にはこの土地を預かるものとしての責任が、そして、過去に生贄になってしまった子供らへの責任がある。その責任を前に、個人の感情など持ち出してはいけない。それは生きたかったであろう子供らへの無礼にあたる」
そう言うと宗一郎はゆっくりと立ち上がる。棚に並べられた数多くの本の背表紙を確認するように撫でて回ると、二人のそばまでやってきた。高い位置から見下ろされた二人は、宗一郎の行動が理解できずに戸惑う。だが、彼と交わった視線を外すことはしなかった。
宗一郎の瞳が揺れ、彼自身も悩んでいることがよくわかった。
「ここにあるのは、常世原の歴史そのものだ。お前たちは八ツ森様の呪いを解きたいと言っていたが、この場所がその答えになるかはわからない」
迷いながらも宗一郎は静かに語りだす。
「これまでの生贄に選ばれたものたちに、常世原の外へと出たものはいない。生贄に選ばれたものは例外なく、次の誕生日を迎える前に八ツ森様に捧げられたからだ」
生贄に選ばれてなお、今も生きているのは大輝だけだ、と伝えていた。大輝はこれまでのことを考えれば、宗一郎の言うことが正しいとわかった。この集落の中で異端なのは大輝の方なのだ。
「本当に何も方法がないのですか。それこそ、八ツ森様を倒すとか……」
「朔、お前はあれが人の手に負えるものだと本気で思っているのか?」
「それは…………」
宗一郎の指摘に朔は口ごもる。大輝と違ってここで過ごしてきた朔だからこそ、宗一郎の言うように八ツ森様をどうにかする方法がないことを肌で感じていた。それでも、糸口を探し続けるのは、隣に大輝がいたからだろう。
大輝は唇を強く噛み締め、朔の重荷になってしまっている自分を責めた。
「須藤の子が生贄に選ばれながらもここから逃げ出せたのは、それだけの代償を払ったからだ。だが、ここには同じだけのことをできる人はいない」
「代償……? それって……」
「さっきも言っただろう。朔が呪いを肩代わりし、お前の祖母と父親、そして私の妻が八ツ森様の怒りを鎮めたのだ」
宗一郎はそこで言葉を区切る。沈黙がその場を支配し、三人の息遣いだけがはっきりと聞こえた。大輝は宗一郎の言葉を頭の中で反芻させ、そしてようやくその言葉の意味を理解する。
代わりの生贄を用意し、それでも鎮まらない八ツ森様への供物として三人の命が使われたということを。
「でも、でも……おばあちゃんはまだ生きているじゃないですか」
最悪の想像を否定して欲しくて、喘ぐように震える声で言葉を繋ぐ。大輝のほんのわずかな希望を打ち砕いたのは、他でもない朔だった。
「清子さんは運が良かっただけだって言ってた。大輝のお父さんと僕のお母さんの命を喰った八ツ森様はその時点で怒りを鎮めたって。だから自分は見逃されたんだ、って」
当時のことを思い出しているのか、朔の表情は暗く、顔を伏せていた。大輝はその事実を受け止めることができず、よろよろとその場で足踏みをする。込み上げてくる不快感に思わず口元を覆う。
「僕の役目は、代わりの贄としてここで生きることだった」
「そして、その役目はお前がここに帰ってきたことで果たされた」
生理的な涙を浮かべる大輝の首元を宗一郎は指先でなぞる。そこにある、八ツ森様の呪いを確かめるように。
「お前さえ、ここに戻ってこなければ。事態はこんなにも複雑にならずに済んだというのに」
「……!?」
宗一郎がそのまま大輝の首を掴むとあざに沿って首元が熱湯をかけられたように熱く、痛み始める。大輝はその手から逃れようと宗一郎の手に爪を立てるが、それ以上の力で宗一郎は大輝の首を掴む。
突然のことに朔は大きく目を見開き、思わず宗一郎の腕を引き剥がそうと引っ張った。
「何をしてるんですか!?」
「お前は黙って見ていろ。ここに戻ってきてしまった以上、どうせ、この子は助からない」
「そんなこと……!」
「お前が一番わかっているはずだ。この呪いがある限り、この集落から出ることは叶わない、と」
宗一郎の言葉に朔は思い当たるところがあったのか、一瞬顔を歪めた。視線を彷徨わせながらも朔は宗一郎の腕にしがみついたままだった。
「だから、僕たちはあなたに……この呪いを断ち切る方法を教えて欲しくて…………」
「まだ、わからないのか。そんな方法、初めから存在などしない。この呪いは、魂に刻まれているものだ。だから、須藤の子も結局ここへと帰ってきた」
「……八ツ森、様を…………救えば……!」
意識が朦朧とする中で大輝は頭に浮かんだ絵空事のような考えを口に出す。強く締められ、気道が徐々に狭まっていく中、なんとかして宗一郎の意識を外へと逸らす必要があった。だが、その考えは咄嗟に思いついたものであったが、八ツ森様の声を聞いた大輝だからこそ正しいと思えた。
「あれは……八ツ森様は…………幼い子供……あの子たちは、母親を……探しているっ!」
「お父さん、あなたは何を知っているんですか……?」
控えめな声が部屋の中に響く。宗一郎はすぐには答えず、顔を覆ったまま天井を見上げるように顔をあげる。しばらくそのままでいたかと思うと、ゆっくりと手を外しながら視線を下ろし、鋭さを失った瞳を大輝たちに向けた。目元に深く刻まれた皺がなぜか大輝の記憶に残った。
「私は……お前たちには自由に生きてほしかった」
苦しく喘ぐような声で宗一郎は声を絞り出す。消え入りそうなその声は、狭い部屋の中でよく響いた。思ってもみなかった宗一郎の言葉に、大輝は言葉を失い、朔は目を見開き肩を震わせる。大輝以上に朔の頭の中はなぜ、という気持ちで溢れていた。
「なら、どうして……どうして、僕のことを…………」
震える唇から漏れた言葉の続きはなくてもよくわかった。
朔はただ真実だけを求めていた。
――なぜ、朔のことを出来損ないと言って迫害し続けたのか。
宗一郎の言葉が間違いでなければ、彼は朔のことを想っていたはずなのに。
「私にはこの土地を預かるものとしての責任が、そして、過去に生贄になってしまった子供らへの責任がある。その責任を前に、個人の感情など持ち出してはいけない。それは生きたかったであろう子供らへの無礼にあたる」
そう言うと宗一郎はゆっくりと立ち上がる。棚に並べられた数多くの本の背表紙を確認するように撫でて回ると、二人のそばまでやってきた。高い位置から見下ろされた二人は、宗一郎の行動が理解できずに戸惑う。だが、彼と交わった視線を外すことはしなかった。
宗一郎の瞳が揺れ、彼自身も悩んでいることがよくわかった。
「ここにあるのは、常世原の歴史そのものだ。お前たちは八ツ森様の呪いを解きたいと言っていたが、この場所がその答えになるかはわからない」
迷いながらも宗一郎は静かに語りだす。
「これまでの生贄に選ばれたものたちに、常世原の外へと出たものはいない。生贄に選ばれたものは例外なく、次の誕生日を迎える前に八ツ森様に捧げられたからだ」
生贄に選ばれてなお、今も生きているのは大輝だけだ、と伝えていた。大輝はこれまでのことを考えれば、宗一郎の言うことが正しいとわかった。この集落の中で異端なのは大輝の方なのだ。
「本当に何も方法がないのですか。それこそ、八ツ森様を倒すとか……」
「朔、お前はあれが人の手に負えるものだと本気で思っているのか?」
「それは…………」
宗一郎の指摘に朔は口ごもる。大輝と違ってここで過ごしてきた朔だからこそ、宗一郎の言うように八ツ森様をどうにかする方法がないことを肌で感じていた。それでも、糸口を探し続けるのは、隣に大輝がいたからだろう。
大輝は唇を強く噛み締め、朔の重荷になってしまっている自分を責めた。
「須藤の子が生贄に選ばれながらもここから逃げ出せたのは、それだけの代償を払ったからだ。だが、ここには同じだけのことをできる人はいない」
「代償……? それって……」
「さっきも言っただろう。朔が呪いを肩代わりし、お前の祖母と父親、そして私の妻が八ツ森様の怒りを鎮めたのだ」
宗一郎はそこで言葉を区切る。沈黙がその場を支配し、三人の息遣いだけがはっきりと聞こえた。大輝は宗一郎の言葉を頭の中で反芻させ、そしてようやくその言葉の意味を理解する。
代わりの生贄を用意し、それでも鎮まらない八ツ森様への供物として三人の命が使われたということを。
「でも、でも……おばあちゃんはまだ生きているじゃないですか」
最悪の想像を否定して欲しくて、喘ぐように震える声で言葉を繋ぐ。大輝のほんのわずかな希望を打ち砕いたのは、他でもない朔だった。
「清子さんは運が良かっただけだって言ってた。大輝のお父さんと僕のお母さんの命を喰った八ツ森様はその時点で怒りを鎮めたって。だから自分は見逃されたんだ、って」
当時のことを思い出しているのか、朔の表情は暗く、顔を伏せていた。大輝はその事実を受け止めることができず、よろよろとその場で足踏みをする。込み上げてくる不快感に思わず口元を覆う。
「僕の役目は、代わりの贄としてここで生きることだった」
「そして、その役目はお前がここに帰ってきたことで果たされた」
生理的な涙を浮かべる大輝の首元を宗一郎は指先でなぞる。そこにある、八ツ森様の呪いを確かめるように。
「お前さえ、ここに戻ってこなければ。事態はこんなにも複雑にならずに済んだというのに」
「……!?」
宗一郎がそのまま大輝の首を掴むとあざに沿って首元が熱湯をかけられたように熱く、痛み始める。大輝はその手から逃れようと宗一郎の手に爪を立てるが、それ以上の力で宗一郎は大輝の首を掴む。
突然のことに朔は大きく目を見開き、思わず宗一郎の腕を引き剥がそうと引っ張った。
「何をしてるんですか!?」
「お前は黙って見ていろ。ここに戻ってきてしまった以上、どうせ、この子は助からない」
「そんなこと……!」
「お前が一番わかっているはずだ。この呪いがある限り、この集落から出ることは叶わない、と」
宗一郎の言葉に朔は思い当たるところがあったのか、一瞬顔を歪めた。視線を彷徨わせながらも朔は宗一郎の腕にしがみついたままだった。
「だから、僕たちはあなたに……この呪いを断ち切る方法を教えて欲しくて…………」
「まだ、わからないのか。そんな方法、初めから存在などしない。この呪いは、魂に刻まれているものだ。だから、須藤の子も結局ここへと帰ってきた」
「……八ツ森、様を…………救えば……!」
意識が朦朧とする中で大輝は頭に浮かんだ絵空事のような考えを口に出す。強く締められ、気道が徐々に狭まっていく中、なんとかして宗一郎の意識を外へと逸らす必要があった。だが、その考えは咄嗟に思いついたものであったが、八ツ森様の声を聞いた大輝だからこそ正しいと思えた。
「あれは……八ツ森様は…………幼い子供……あの子たちは、母親を……探しているっ!」



