あの夏、神様に選ばれた君へ

 蔵のなかは薄暗く、長年掃除や風通しが行われていないのか埃っぽかった。高いところにある小さな小窓から差し込む光が唯一の光源となり部屋を照らしている。光に照らされたところに見えるのは、怪しいお札だったり、祭事などで使われる神楽鈴などだった。一応それぞれの場所で保管してあるものの系統をまとめているようであった。
 大輝はゆっくりと蔵の中心へと足を進めながらそれらのものに目を配っていると、小さな違和感を覚えた。系統は違うが、ここにあるほとんどのものは大人が使用するものばかりだった。なのに視界の端に時折映る色とりどりな玩具は明らかに子供のためのものだった。他のものはどれも使われていないのか、埃をかぶっており古びていたが、子供の玩具だけはまるで新品のような輝きを放っていた。
「どうしてこんなところに子供のおもちゃがあるんだよ」
「わからない。でも、これって八ツ森様に関係しているんじゃないかな」
「八ツ森様……っていうと、生贄になった子供の?」
 顔を見合わせて話し合っていると、蔵の奥から床を踏みしめる音が聞こえてくる。ハッとして視線を向けると物陰から人が現れた。
「それは、生贄に選ばれた子へと送るものだ」
 重々しい声で話し始めたのは宗一郎だった。
「八ツ森様の本質は子供と同じだ。外への興味、遊び相手への関心。とても単純で、とても純粋だ」
 宗一郎は切れ長な瞳を細めると、二人をジロリと見つめ踵を返す。ついてこいと言っているようだった。大輝は警戒しながらも朔と一緒に宗一郎の後を追う。
 蔵の奥には床に人が一人通れるだけの入り口があった。宗一郎は地下へと続く扉の前に立つと、目線だけを二人の方に送り、何も言わずに降りていく。地下へと消えていく宗一郎を見たあと、大輝は朔に視線を送る。大輝の疑問を読み取ったのか、朔は答えるように小さく首を振る。朔も地下へと続くこの存在を知らないようだった。
 大輝は宗一郎に話を聞くためにはここを通るしかない、と覚悟を決めて先に階段へと足を踏み入れる。地下へと伸びる通路は両腕を広げることができないほど狭かった。一定間隔で明かりが灯っているが、足元を照らすには不十分で、一段一段確認して降りる必要があった。先を進んでいる宗一郎は慣れているのか、大輝たちを置いてどんどんと先へ進んでいく。
 ゆっくりと地下へと降りていくと、小さな部屋へと辿り着く。宗一郎はその部屋へと入っていき、大輝たちも後へと続いた。
 部屋の中心に置かれた椅子に宗一郎は腰掛けると、そばにあった机に肘を乗せた。わずかに顎を引き、上目遣いに大輝たちを睨みつける。頬に添えられた手に体を委ねるが、背筋は一本の木が通ったようにまっすぐで一分の隙もない。
「それで、何が知りたい」
 低い声が鼓膜を揺らす。大輝は隣に立った朔をチラッと見ると、宗一郎へと視線を戻して口を開く。
「八ツ森様の真実を。あなたが以前俺に言った、呪いって何のことなんですか」
「今更それを知ってどうするというのだ。お前はここに戻ってきた。その時点で、お前はここから逃げることはできないというのに」
 目を細める宗一郎に向かって朔が一歩前に出る。
「呪いを解いて、僕たちはここを出ます」
「それを聞いて、私が素直に話すと思っているのか」
「……それでも、ここに僕たちを連れてきた。それは僕たちに何かを伝えるため、ですよね?」
 緊張した面持ちで朔が言葉を繋げると、宗一郎は首を緩く横に振った。そして、何かを考えるように部屋を見渡す。壁一面に配置された棚にさまざまな本が乱雑に置かれている。
「私がお前たちをここへと連れてきたのは、お前たちに現実を突きつけるためだ」
 深いため息とともに宗一郎は静かに話し始めた。朔と目を合わせようとしない宗一郎に朔は唇をギュッと噛み締める。その様子を横目で見ていた大輝は、朔の心に寄り添うように手を握った。その瞬間、朔はハッとしたように目を見開き、すぐに真剣な眼差しに戻る。その瞳には覚悟が込められていた。
「お前は八ツ森様の生贄となり、その身を神へと捧げられる。それは絶対に変わることはない」
「でも、俺はここに戻ってくるまでこの集落の外で過ごしていた。八ツ森様の呪いを受けながらも、外に出ることができた。それなら、呪いを解く方法が何かあるはずじゃ……」
「……そうか、朔、お前は何も話していないのだな」
 宗一郎がわずかに目を見開く前で、朔は顔を歪めた。何の話をしているのか大輝だけがわからず、視線を交互に二人に向ける。少しの沈黙の後、口を開いたのは朔の方だった。
「八ツ森様との約束は絶対。それはこの集落で生まれ育った人間なら誰だって知ってる話。でも、大輝はその約束を破る形で集落を出ていった」
 過去をなぞるように朔は顔を伏せながら語る。それは、大輝が憶えていない幼い頃の話だった。
「大輝を集落の外へと逃すために動いたのは大輝の両親と、清子さん、そして僕のお母さんと――僕自身だ」
 朔はまるでそこに何かがあったかのように、首元へと手を添える。今は何もない、その肌へと爪を突き立てた。その仕草を見て、大輝は嫌な考えが頭をよぎった。
「まさか、八ツ森様の呪いを朔が……?」
 肩代わりしたのか、という言葉の真相は朔が顔を歪めたことで明らかになった。
 大輝だけが何も知らなかった。
 大輝を生かすために、朔たちがどんな犠牲を払っていたのかを。
「なんで……どうしてそこまでして、俺を……」
 大輝の質問に朔はキツく目を閉じ、唇を震わせるだけだった。伝えることで大輝に責任を負わせたくないと思っているようだ。しかし、これまでの朔の言動や行動がすでに答えを示していた。朔たちはずっと――。
「――俺をただ、守るためだけに?」
 両親が自分の子供のために危険を犯すのは親心があるからだろう。だが、なぜそこまでして朔が大輝にこだわるのか。記憶が欠けている大輝には、それがどうしてもわからなかった。
 朔は顔をあげると戸惑う大輝にいつもと同じように優しく微笑む。まるで、全てを許すかのような慈愛に満ちた表情に、大輝は胸が詰まるような気持ちになった。
「僕にとって大輝は、太陽みたいな存在なんだ。太陽が無くなったら、人は生きていけないだろう?」
 朔は指先で触れれば壊れてしまいそうなほど淡い微笑を浮か続ける。その瞳には戸惑い揺れる大輝の姿が映っていた。彼がそこまでするほど、かつての自分が何をしたというのか。
「大輝は僕を守ってくれた。あの日、動くことができなかった僕のために。僕のせいで大輝が八ツ森様の生贄として捧げられるのを、ただ見ているのは嫌だったんだ」
「だが、結局、お前はここへと戻ってきた。朔やお前の両親たちの努力も全て水の泡というわけだ」
 宗一郎が嫌悪の気持ちを隠すことなく横から口を挟む。降ろした手で膝の上を規則正しく叩き、深いため息を吐き出す。そして、狭い部屋の中をぐるりと見渡すと、宗一郎は頬に当てていた手をゆっくりと目元に持っていく。激情に押し流されないように耐える宗一郎を前に、少しの間無音が三人を包んだ。
「…………なぜ、ここに戻ってきた」
 湿り気を帯びた低い声が、泥のように足元に沈澱していく。ようやく絞り出されたその言葉に、大輝は目を見開く。その言葉の裏に、ここに来てほしくなかったと言っているように聞こえたのだ。
「物事とは、何もうまくいかないものだな」
 肩を震わせる宗一郎は、手の下の中で泣いているようだった。