あの夏、神様に選ばれた君へ

 数十分してあらかた部屋の中を調べ終わると、三人は部屋の中心に集まった。チカチカと時折明滅する薄暗い電気の下で、三人は頭を突き合わせる。

「私の方だと、この箱くらいしか目ぼしいものはなかったよ」

 そう言って幸代が畳の上に置いたのは、小さな桐箱だった。手のひらほどの大きさで、長い年月を経た木肌は色褪せている。蓋には古い墨文字が書かれていたが、かすれていて読むことは難しそうだった。

 大輝は興味本位でそれにそっと触れると、桐の乾いた質感を感じながら、体の芯の温度を下げるような冷たさに体を震わせた。

「中身を確認したけど、これは誰かの臍の緒だったよ」

 平然と言う幸代に、大輝はギョッとしながら桐箱をその場に落としそうになった。

「そんなに恐れるもんじゃないでしょ。こういう古臭い慣習が残る集落や村なら臍の緒くらい取っておくもんだよ」
「そ、そういうものなんですか……。いやでも……」

 怖がっていると勘違いされて恥ずかしくなった大輝は眉間に皺を寄せる。


 臍の緒。


 それは母の胎内で、子供の命、そして母との繋がりを示す細い紐だ。

 子供が外に出てしまえば、役目を終えてただの体の一部だったものになるだけなのだが。

 大輝は恐る恐るその桐箱の蓋を開ける。深い紫色のクッションの真ん中に、乾いて皺だらけになった臍の緒が収められている。それを見て、どこからともなく漂った鼻を刺すような匂いに大輝はより不快そうに顔を歪ませる。気味が悪いのに、そこに通っている何かと繋がりたいとすら思ってしまう。

 自分の中に生まれた醜い感情を断ち切るように大輝は桐箱の蓋を閉め、畳の上へ戻す。

「臍の緒なんて、僕が清子さんと調べてた時にはなかったものだ」
「たまたま、家の奥から出てきたのを置いておいたとかじゃないのか」
「清子さんがそんな意味もないことするかなぁ」

 訝しげに眉を吊り上げる朔を見ながら大輝も自分が見つけたものを畳の上に置く。その本を見つめながら朔が「これは?」と大輝に尋ねる。

「八ツ森様の歴代の生贄についてまとめてある本だよ」
「歴代の生贄って……」
「といっても、比較的新しく纏められたみたいで、ずっと昔のことは書いてなかった」

 朔は表紙を撫でると、パラパラと頁を送っていく。パッと見ただけでも、数十人の記録が書いてあるのがわかった。それだけ、この集落では生贄を八ツ森様に捧げてきたということだ。

「今更過去の人たちを調べても、って思ったけど、ちょっと気になることがあったんだ。これ、生贄になった子供達の容姿、年齢、特徴を細かく纏めてあるのに、なぜかその名前だけは全部黒く塗りつぶされているんだ」

 適当に開いた頁に書かれた文字は所々掠れ、紙は黄ばんでいる。生贄になった人たちの詳細な情報が書かれており、その最初の部分には墨で塗りつぶされた箇所があった。おそらくそこに子供の名前が書かれていたのだろう。

「僕はこの集落の外には出たことないから、普通というものがわからない。でも、僕らにとっては忌み神であったとしても、神様に捧げられるというこの集落で名誉ある役目を遂行したのに、なぜその名前だけが隠されているのかなって」
「たしかに、隠す必要があったのなら、最初から記録として纏めておく必要もない話だね」

 朔の疑問に幸代が肯定するように頷く。大輝は黒く塗りつぶされた箇所を見て、先ほどの祭事の記録を思い出す。その記録でも、肝心の生贄の名前が書かれた頁が、それを隠すように破られていた。誰にも知られたくないように。誰かが意図したように。まるで、そこを見ろとでも言うように。


「……逆なんじゃないか?」


 ふと頭に浮かんだ嫌な考えを大輝は思わず口にする。二人の疑念に満ちた視線が大輝に注がれた。

 大輝は頭の中を整理するように、言葉を選びながら情報を整理する。

「生贄の子供たちの名前は隠されたんじゃない。幸代さんが言ったように、隠すくらいなら最初から子供の名前や詳細を残しておく必要はないんだから」


 これらはあくまで記録だ。この常世原集落で行われた忌むべき慣習の罪の証だ。


 人が何かを記すときは、大抵忘れないために行うのだ。だからきっと、これらの記録も――。


「隠すために書いたんじゃなくて、後世に伝えるために――子供たちのことを忘れないために書かれたのだとしたら……?」


 無意識に漏れた大輝の呟きに朔はハッとした様子を見せ、本をひっくり返すように細部にまで目を凝らす。そして、何かを見つけては、次の記録に移っていく。それを何度か続けると、朔は「はは……」と力なく笑いながらその場に脱力した。その時、手の中にあった本が畳の上に滑り落ちる。

 畳に転がった本はとある頁を開いた状態で止まった。大輝は本を拾い上げてその頁を確認する。

 そこには、本の著者の名前が列挙されていた。

 生贄が捧げられる度に、その記憶を受け継ぐために記録に残した人たちがいた。

 その中でも一番新しい、連なる名前の一番後ろに書かれた人の名前は――。



「――神道宗一郎」



 朔の父親の名前だった。