「うん、わかってる」
電話の向こうにいる母親から耳にタコができるほど何回も同じことを伝えられ、須藤大輝はうんざりした様子を見せる。それでも母親は心配なのか、さらに言葉を重ねようとするのが気配で分かった。
「わかってるってば。母さんがいなくても、俺は大丈夫だから」
不慮の事故に遭った母親は一ヶ月間入院を余儀なくされ、一人息子の大輝はしばらくの間一人で生活を送らなければいけなかった。そのせいで母親は家事もろくにしたことのない男子高校生が一ヶ月も一人で生活できるのか、と嘆くような勢いで心配してきた。
大輝は手の中にある一通の便箋を片手に何度も聞いた母親の話を聞き流す。
「そういえば、おばあちゃん? ……から手紙が届いてるけど。俺っておばあちゃんいたの?」
「おばあちゃん……?」
歯切れが悪くなる母親に大輝は首を傾げる。
一瞬の無言の後、ゆっくりと母親は口を開く。
「…………おばあちゃんはうちにはいないわよ」
「え、でも……須藤清子って書いてあるけど」
「知らないわ。そんな人。間違って配達されてきたんでしょ、今すぐ捨てなさい」
電話越しにもわかる、硬くなった声色に大輝は不可解そうに顔を顰める。
「いい、今すぐ捨てるのよ。今すぐに」
「……分かったって。捨てればいいんだろ」
大輝は母親の言葉に頷きながら、手紙をリビングの机にそっと置く。
言いつけに逆らったのは、ほんの少しの好奇心からだった。
母親が隠したがる、祖母を語る人物からの手紙。
その手紙を読めば、ここにいない父親のことがわかるかもしれない。
「それじゃあ、また」
母親はまだ何か言いたそうにしていたが、早く手紙を読みたかった大輝は電話を切ってしまった。
そして、目の前に置かれた一通の便箋に手を伸ばす。
差出人が書かれているところを読み上げる。
――常世原集落。
それは、どこか懐かしく、思い出してはいけない響きをしていた。



