あの夏、神様に選ばれた君へ

「八ツ森様の……」

「呪い……?」


 幸代の次に大輝が首を傾ける。幸代も大輝も外の人間だからか、八ツ森様の呪いが何なのか分からなかった。

 朔は話したくなさそうだったが、渋々と言った様子で大輝の首元を指差す。その行動に大輝は思わず自分の首元に触れる。そこには首を絞められた後のように残った麻縄の跡がある。首に残った凹凸をなぞりながら、まさかこれが、と大輝は考えると、朔は同意するように頷く。

 朔も自身の首をそっと撫でる。しかしそこには青白い肌があるだけで、大輝のような嫌な跡はなかった。


「それは八ツ森様の呪い。神様の贄である印なんだ」

「印って……なんで俺にそんなものが…………」


 あるんだ、といいかけてハッとした。


 ここに来るまで知る由もなかったが、大輝には忘れてしまった過去がある。朔や宗一郎の言葉から察するに、大輝は幼少期ここで過ごしていたはずだ。

 忘れてしまった過去に、大輝と八ツ森様が繋がる何かがあるとしたら。

「八ツ森様と俺は、ずっと昔に何かを約束しているのか」

 耳の奥で「おいで」と大輝を呼ぶ声が聞こえる。その声に、その姿に、歓喜と仄暗い高揚感が胸の奥に湧き上がることこそが、その仮説の裏付けとなっていた。


「……きっとその印がある限り、大輝は八ツ森様のところに戻ってきてしまうと思う」

「でも、これは昨日の夜突然現れたもので、これまでこんなもの首にはなかったぞ」

「違うよ、大輝。これまでなかったんじゃない。大輝が気が付かなかっただけ…………ずっと君は八ツ森様の贄だった」


 悔しそうに顔を歪めた朔は変われるものなら自分に、と考えているのが表情から丸わかりだった。

 大輝は自己犠牲にも近いその考えに仕方なさそうに笑うと、力が入った朔の体をほぐすように肩を叩く。

「言いにくいこと、教えてくれてありがとうな。といっても、昔のことを覚えてるわけじゃないから、実感は湧かないけど」

 ぎこちなく笑う大輝に朔は納得していないのか口を尖らせる。

「つまり、あんたは八ツ森様……とやらに、呪われてて、神道の子はそれをどうにかしたいってことだね」

 横から入ってきた幸代の声に、彼女がいたことを思い出す。幸代は少し考えるそぶりを見せたあと、朔の方に向き直る。

「神道の子はもしかして、清子さんの調べていたものを知りたいのかい?」

 おばあちゃんの調べていたもの。

 一体それがなんなのか。これまでの話の流れからなんとなく予想はできたが、朔が肯定するように頷くまで確信はできなかった。

「清子さんは今の状態になる前まで、ずっと八ツ森様のことを調べていた。僕も一緒に調べていたからそれは知ってるんだ」

 静かに話し出した朔を二人が見つめる。

「常世原から出て行った大輝が、その印を持ち続ける限り、八ツ森様は大輝を諦めない。そしてきっと、遠くない未来で大輝がここに戻ってきてしまうことを、清子さんも僕も、おそらく大輝のお母さんも危惧していた」

 数日前に母と電話した時のことを思い出す。母は祖母のことを知らないといい、手紙は捨てるようにと強く言いつけてきた。

 常にない様子。それは、母なりに大輝を常世原集落に行かせないための精一杯の抵抗だったのだと今更気がつく。


「ここに戻ってきてしまったら、きっと大輝は二度と元に戻れないとみんな分かっていたから」


 森で出会った時から、今まで朔が必死になって大輝を逃がそうとしていた理由がそこにあった。知らなかったのは大輝だけだった。本人だけが何も知らずにいて、大輝を思う人達がどうにかしようと必死に足掻いていてくれた。その事に気づかなかった自分の能天気さを殴りたくなる気持ちと、守ってくれていたことへの感謝の気持ちが混じり合う。

「最初は、それでも大輝をここから逃がせばいいと思ってたんだ。だけど、夜という境界線を超えて動き回る八ツ森様見て、このままじゃダメだって気がついた」

「それで呪いを解く必要があるってことね」

 朔の言葉を引き継ぐように幸代が続く。朔は幸代の方を見ながら小さく頷いた。


「よし、それなら私も協力しようじゃない」


 力強く胸を叩く幸代に朔がわずかに目を見開き、本当にいいのか、と視線で訴える。すると幸代は安心させるように朗らかに笑った。その笑顔に大輝の中にあった緊張の糸が少しづつほぐれていくのを感じる。この集落の大人は誰も信用ができなかったが、外の人間である幸代はその大人たちと違いちゃんと信頼ができた。


 朔も思うところがあったのか、少しだけホッとしたように表情を和らげていた。


「それで、一体どこに清子さんの調べ物があるんだい?」


 そもそもおばあちゃんが八ツ森様を調べていたことすら知らなかった幸代は、その資料がどこにあるのかも知らないようだった。朔は心得たように頷くと先頭にたって廊下を歩き始めた。