あの夏、神様に選ばれた君へ

 二人はお互いの温かさを感じながら、それぞれの胸に覚悟を決める。

 大輝は改めて絶対に朔と一緒にここから逃げようと決意する。

「でも、どうやって……」

 集落の入り口には宗一郎たちが待っている。その辺から森に入って、無理やり下山してもいいが、安全に降りれる保証はなかった。

「清子さんのところに行こう」

 涙を拭いながら朔が提案する。大輝がなぜおばあちゃんの家なのか、と首を傾けると朔は隠すことを諦めたように目尻を下げる。

「清子さんはこの集落の中でもまともな人だった。少なくとも、子供の大輝をここから逃すくらいには」

「おばあちゃんが……?」

「とにかく、今は早くどこかの中に入らないと。八ツ森様が日中も動けるのなら、外は危険だから」

 多くは語りたくないのか朔は最低限の説明しかしなかった。その負い目もあるのか、それとも年甲斐もなく一緒に泣きあったことが恥ずかしいのか、朔は頬を薄く赤く染めながら大輝に手を差し出す。


「行こう、大輝」


 その手に迷うことなく大輝の手を重ねると、二人は集落の中を足早に歩き出す。

 通りには誰もいないのに、やはりいろんなところからの視線を感じて居心地が悪くなる。まるで、逃げるなと圧力をかけられているようだった。

 程なくして、おばあちゃんの家に着くと、朔は遠慮することなく扉を開ける。呼び鈴も鳴らさず、勝手知ったるように中に入っていく朔の後ろを大輝は遠慮がちについていく。

「お前、一応人の家だけど遠慮とかないのかよ」
「清子さんとは仲が良かったから。それに、こうなった以上、迷ってる暇はないからね」

 朔の言葉通り、彼はこの家の間取りを熟知しているように迷いなく前に進んでいく。その時、廊下の奥、おばあちゃんが寝ている部屋から走ってくる音がした。

 奥から現れたのはエプロン姿をした幸代だった。

 幸代は突然の来訪者に目を丸くしていた。


「あんたたち……どうしてここに…………?」

「すみません、幸代さん。突然入ってきてしまって」

「それはいいけど……それよりも、あんたまだここから出ていなかったの」

 責めるような幸代の視線に大輝は頬を掻いて愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


「こんにちは。僕は朔っていいます。少しだけ、ここにある本を調べてもいいですか」

「朔って、あんた、あの神道の家の子なの?」


 大輝とは違って薄汚れた格好に痩せ細った体を見て何かを察したのか、幸代は怪訝そうに顔を顰める。朔は幸代の不躾な視線も冷静に受け止め、静かに頷く。幸代は思うところがあるのか、何かを考えるように二人の顔を交互に見ると、肩の力を抜いて朗らかに笑った。


「なになに、あんた、神道の家の子と仲良くなれたんだ。それは良かったじゃない! 神道の子も、ここには他に子供がいないから、友達ができて良かったわね」


 初めて家に友達を連れてきたことを喜ぶ母親のように、幸代は腹を抱えて笑っている。予想していなかったその明るく迎え入れる様子に、今度は大輝と朔が目を丸くする番だった。


「それじゃあ、なんだい。あんたたちは一緒に駆け落ちでもするの?」

「っか、駆け落ちって! 別に…………」


 揶揄うようににやりと笑った幸代に大輝は顔を真っ赤に染めて反発する。その様子すらおかしかったのか、幸代はさらに笑い出してしまったから収拾がつかなくなっていた。

 二人の気の抜けるやりとりを見ていた朔は、わずかに目を見開いた後、思わずといったように吹き出した。


「ふっ……ふふ、あはは!」


 幸代のような豪快さはなかったが、控えめにお腹を曲げて笑い出した朔を見て大輝は体を固まらせる。

 思い詰めたような顔や泣き顔はたくさん見てきたが、こうやって自然に笑う朔を見るのはここに来て二度目だった。


 笑った朔は綺麗だった。


「ふふ……ご、ごめん。なんか、いいなって、思って」

 生理的に涙が滲んだのか、朔は手で拭うとなぜか嬉しそうに微笑んだ。大輝は納得がいかないように唇を尖らせると、拗ねたように朔の脇腹を突いた。

「神道の子もこう見ると普通の子供じゃない。ほとんど家から出てこないもんだからてっきり、あんたもここの人たちみたいに変な子供なのかと思ってたよ」

「あながち間違いじゃないですよ。どれだけ否定しても、所詮僕も常世原の人間ですから」

「あぁ、いやだ。そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね……。不快にさせてしまったなら謝るよ。お詫びと言っちゃなんだけど、よければ、二人ともお茶でも飲んでいきなさい」

 幸代の気遣いに朔は小さく首を横に振る。

「すみません。気持ちは嬉しいんですけど、僕たちやることがあって」

 申し訳なさそうに固辞する朔に幸代は笑いながら「別に子供が気にすることじゃないよ」と返してくれる。

「それよりも、この家でやることって一体なんだい?」

 幸代の疑問は大輝も考えていたことだった。朔は幸代に話すことを一瞬躊躇うように視線を彷徨わせると、意を決したように口を開く。


「八ツ森様の呪いを解く方法を探すことです」