「い、やだ……いや、だ!」
恐怖で体がガクガクと揺れる。何度扉を開けようと動かしても、それが開くことはなかった。
全身で嫌悪感を抱き、八ツ森様に捕まることを拒んでいるのに、どうして――なぜか、心の奥底では安堵している自分もいた。
だって約束したから。約束があるから――。
(約束……? 約束ってなんだっけ…………)
記憶の蓋は固くしまっている。開けてはいけないその先に大輝は思い出さなければいけない何かがあるような気がした。
その何かのかけらを掴みかけた時、無数の手は大輝を包みこみ、迎え入れようとしていた。優しくて、冷たい、懐かしいその手。
「――んの、バカ!!」
流れに身を任せるように目を閉じたら、聞き覚えのある怒鳴り声と共に勢いよく腕を引かれる。背後から残念そうな、癇癪を起こした子供の凍りつくような咆哮に、大輝はようやく現実を認識する。
大輝の手を引いてその場から連れ出してくれたのは朔だった。
朔は額に脂汗を滲ませ、険しい表情で一歩でも遠く八ツ森様から大輝を引き離そうとしていた。幻が現実を侵食しているような、意識の境界が崩れたままの大輝は朔の手に引かれるままになる。
「……朔…………朔!」
混乱した頭のまま大輝は足を止め、朔の意思に反抗する。朔はそれでも前に進もうと大輝の手を強く引っ張る。
「朔、俺……あそこに…………」
溶けた境界の向こうから無数の手が大輝の思考を絡めとる。
おいで、おいで。こっちにおいで。
歓迎するようなその声に、大輝は無意識のうちに戻らなければ、という気持ちが強くなる。
狼狽える大輝の声に朔はようやく足を止めると、勢いよく振り返った。
バチン!
「……っ!」
大きな乾いた音がする。大輝の頬は朔の手の大きさに合わせて赤く染まった。
「バカ、バカ! しっかりしろよ!」
ゆっくりと視線をあげて、初めてちゃんと朔の顔を見る。
朔は血が滲むほど強く唇を噛み締めながら、目尻から一筋の涙を溢す。
じんわりとした痛みをだけが残り、大輝を呼ぶ子供の声は聞こえなくなっていく。
「僕と一緒にここを出たいんだろ!!」
「――!」
大きく息を呑み込み、虚だった瞳に光が戻っていく。曖昧に溶けていた意識の境界線は、再び引かれ、大輝を取り込もうとしていた無数の手の幻覚は名残惜しそうに遠くへ消えていった。
「行こう。きっともう時間がないんだ」
放心した状態の大輝の手を朔が強く引く。大輝は混乱した頭で、なんとか足を前に動かす。
「八ツ森様は境界を越えることができないって言っただろ。八ツ森様は夜にしか動けない……つまり昼夜の境界線を超えて、昼間活動することはできないんだ」
足早に集落の出口に向かいながら、朔は捲し立てるように説明する。
「それなのに、大輝がここに来てから八ツ森様は境界を犯すようになってる。それはきっと――」
そこまで話して何かに気がついたように、唐突に口を閉ざしてしまう。大輝はどうしたのかと思い、朔の見ている先に視線を向ける。
そこには、地面につきそうなほど丁寧に頭を下げたお婆さんと集落の人々がいた。そしてその一番前には不機嫌そうに顔を顰めて二人を睨んでいる宗一郎が立っている。
「なんで……」
「それはこちらのセリフだ。なぜお前はたった一つの役目も果たそうとせず、その男を逃がそうとする」
宗一郎の高圧的な視線と朔の憎悪にも似た激情を孕んだ視線がぶつかり合う。
恐怖で体がガクガクと揺れる。何度扉を開けようと動かしても、それが開くことはなかった。
全身で嫌悪感を抱き、八ツ森様に捕まることを拒んでいるのに、どうして――なぜか、心の奥底では安堵している自分もいた。
だって約束したから。約束があるから――。
(約束……? 約束ってなんだっけ…………)
記憶の蓋は固くしまっている。開けてはいけないその先に大輝は思い出さなければいけない何かがあるような気がした。
その何かのかけらを掴みかけた時、無数の手は大輝を包みこみ、迎え入れようとしていた。優しくて、冷たい、懐かしいその手。
「――んの、バカ!!」
流れに身を任せるように目を閉じたら、聞き覚えのある怒鳴り声と共に勢いよく腕を引かれる。背後から残念そうな、癇癪を起こした子供の凍りつくような咆哮に、大輝はようやく現実を認識する。
大輝の手を引いてその場から連れ出してくれたのは朔だった。
朔は額に脂汗を滲ませ、険しい表情で一歩でも遠く八ツ森様から大輝を引き離そうとしていた。幻が現実を侵食しているような、意識の境界が崩れたままの大輝は朔の手に引かれるままになる。
「……朔…………朔!」
混乱した頭のまま大輝は足を止め、朔の意思に反抗する。朔はそれでも前に進もうと大輝の手を強く引っ張る。
「朔、俺……あそこに…………」
溶けた境界の向こうから無数の手が大輝の思考を絡めとる。
おいで、おいで。こっちにおいで。
歓迎するようなその声に、大輝は無意識のうちに戻らなければ、という気持ちが強くなる。
狼狽える大輝の声に朔はようやく足を止めると、勢いよく振り返った。
バチン!
「……っ!」
大きな乾いた音がする。大輝の頬は朔の手の大きさに合わせて赤く染まった。
「バカ、バカ! しっかりしろよ!」
ゆっくりと視線をあげて、初めてちゃんと朔の顔を見る。
朔は血が滲むほど強く唇を噛み締めながら、目尻から一筋の涙を溢す。
じんわりとした痛みをだけが残り、大輝を呼ぶ子供の声は聞こえなくなっていく。
「僕と一緒にここを出たいんだろ!!」
「――!」
大きく息を呑み込み、虚だった瞳に光が戻っていく。曖昧に溶けていた意識の境界線は、再び引かれ、大輝を取り込もうとしていた無数の手の幻覚は名残惜しそうに遠くへ消えていった。
「行こう。きっともう時間がないんだ」
放心した状態の大輝の手を朔が強く引く。大輝は混乱した頭で、なんとか足を前に動かす。
「八ツ森様は境界を越えることができないって言っただろ。八ツ森様は夜にしか動けない……つまり昼夜の境界線を超えて、昼間活動することはできないんだ」
足早に集落の出口に向かいながら、朔は捲し立てるように説明する。
「それなのに、大輝がここに来てから八ツ森様は境界を犯すようになってる。それはきっと――」
そこまで話して何かに気がついたように、唐突に口を閉ざしてしまう。大輝はどうしたのかと思い、朔の見ている先に視線を向ける。
そこには、地面につきそうなほど丁寧に頭を下げたお婆さんと集落の人々がいた。そしてその一番前には不機嫌そうに顔を顰めて二人を睨んでいる宗一郎が立っている。
「なんで……」
「それはこちらのセリフだ。なぜお前はたった一つの役目も果たそうとせず、その男を逃がそうとする」
宗一郎の高圧的な視線と朔の憎悪にも似た激情を孕んだ視線がぶつかり合う。



