ろくな説明もなく、訳の分からないことを言い募られた大輝は、心の底で沸々とした怒りが湧き上がってくるのを感じる。好き放題言いやがって、と心の中で愚痴をこぼしながら大輝は縁側から庭に出る。靴は玄関に置きっぱだったから、靴下のまま歩くことになるが特に気にならなかった。それよりも、今は朔と話がしたい気持ちの方が勝った。
人の家で勝手に歩き回る罪悪感が全くなかったわけではないが、宗一郎の態度を思い出しその気持ちを心から追い出す。
母屋の周囲を回る形で裏手に出ると、大きな蔵があった。その蔵の前で朔は座り込みながら、つまらなさそうに髪の毛をいじっていた。朔に話しかけようと口を開いた時、ふと朔の背後に黒いモヤが覆い被さっているように見えた。それは影ではなかった。まるで、何本もの細い手が積み重なり、朔の背中に擦り寄っているようだった。大輝は思わず喉を鳴らすと、その小さな音は静かな空間で思いの外大きく響いた。
朔は髪の毛をいじる手を止めてゆっくりと顔を上げた。そして、信じられないものを見るように、その瞳がこぼれ落ちそうなくらい大きく目を見開く。
「……どうして」
その言葉の続きで、ここに大輝がいる理由を問うつもりだったのか。それとも、まだ集落から出ていかない大輝を責め立てようとしていたのか。
真偽は分からないが、大輝は気にせず片手をあげる。
「お前と話がしたくて。そっちに行ってもいいか?」
大輝が少し照れたように、不器用な笑みを浮かべる。朔は呆然としながらも、グッと眉間に力を込めると何かを言い募ろうとして口を開きかけた。だが、それらは言葉にはならず、結局朔は小さく首を横に振るだけだった。
「なら、ここから話すな」
朔の意思を尊重するような大輝の姿勢に、彼の体が小さく震えたのが遠目でもわかった。まるで何か堪えるように、泣き出すのを堪えるように朔はきつく口を結ぶ。
「お前、俺に言ったよな。早くここから出ていけって……。あれ、どういう意味だよ」
「……どうもこうもないよ。僕はお前にここにいてほしくないんだ」
そこで朔は言葉を切ると、言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「お前がここにいると全てが狂っていく。僕が唯一できることも、全部台無しになる気がして……」
朔は震える体を抑えるように両腕を抱えこむ。
「そう、僕は怖いんだ」
その言葉にはいったいどれだけの想いがこもっているのか。朔のことを何も知らない大輝ではわかってあげることができなかった。だけど、怖いと唇を震わせた朔を見て、大輝は咄嗟に手を差し伸べていた。
「なら、一緒にここから出よう」
その言葉に朔はハッとして顔をあげる。生まれて初めてその言葉を聞いたかのように、目を見開いて固まる朔に大輝はおかしくなって笑い出す。
「それならいいだろ? だから、来いよ、朔」
照れた様子で不器用な笑みを浮かべる大輝に、朔は誰かを重ねるように息を呑む。暗く、沈んでいた瞳に光りが差し込み、青白かった頬に赤みが戻る。微かに震える手を大輝に向かって伸ばしかけて、反対の手で咄嗟に押さえ込む。期待しているのに、やはりどこか諦めの気持ちも滲んでおり、大輝はそのチグハグな反応になぜか強い既視感を覚えた。
今と同じように、ずっと昔、誰かの泣きそうな顔に安心させるために大丈夫だよと声をかけた。
震える小さな手を、自分の小さな手で握った感触。
吐瀉物のような腐った臭い。
調子が外れた不快で無邪気な笑い声と、火が爆ぜる音。
あるはずもない、そんな記憶がフラッシュバックする。
「……僕は、ここからは出られない」
人の家で勝手に歩き回る罪悪感が全くなかったわけではないが、宗一郎の態度を思い出しその気持ちを心から追い出す。
母屋の周囲を回る形で裏手に出ると、大きな蔵があった。その蔵の前で朔は座り込みながら、つまらなさそうに髪の毛をいじっていた。朔に話しかけようと口を開いた時、ふと朔の背後に黒いモヤが覆い被さっているように見えた。それは影ではなかった。まるで、何本もの細い手が積み重なり、朔の背中に擦り寄っているようだった。大輝は思わず喉を鳴らすと、その小さな音は静かな空間で思いの外大きく響いた。
朔は髪の毛をいじる手を止めてゆっくりと顔を上げた。そして、信じられないものを見るように、その瞳がこぼれ落ちそうなくらい大きく目を見開く。
「……どうして」
その言葉の続きで、ここに大輝がいる理由を問うつもりだったのか。それとも、まだ集落から出ていかない大輝を責め立てようとしていたのか。
真偽は分からないが、大輝は気にせず片手をあげる。
「お前と話がしたくて。そっちに行ってもいいか?」
大輝が少し照れたように、不器用な笑みを浮かべる。朔は呆然としながらも、グッと眉間に力を込めると何かを言い募ろうとして口を開きかけた。だが、それらは言葉にはならず、結局朔は小さく首を横に振るだけだった。
「なら、ここから話すな」
朔の意思を尊重するような大輝の姿勢に、彼の体が小さく震えたのが遠目でもわかった。まるで何か堪えるように、泣き出すのを堪えるように朔はきつく口を結ぶ。
「お前、俺に言ったよな。早くここから出ていけって……。あれ、どういう意味だよ」
「……どうもこうもないよ。僕はお前にここにいてほしくないんだ」
そこで朔は言葉を切ると、言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「お前がここにいると全てが狂っていく。僕が唯一できることも、全部台無しになる気がして……」
朔は震える体を抑えるように両腕を抱えこむ。
「そう、僕は怖いんだ」
その言葉にはいったいどれだけの想いがこもっているのか。朔のことを何も知らない大輝ではわかってあげることができなかった。だけど、怖いと唇を震わせた朔を見て、大輝は咄嗟に手を差し伸べていた。
「なら、一緒にここから出よう」
その言葉に朔はハッとして顔をあげる。生まれて初めてその言葉を聞いたかのように、目を見開いて固まる朔に大輝はおかしくなって笑い出す。
「それならいいだろ? だから、来いよ、朔」
照れた様子で不器用な笑みを浮かべる大輝に、朔は誰かを重ねるように息を呑む。暗く、沈んでいた瞳に光りが差し込み、青白かった頬に赤みが戻る。微かに震える手を大輝に向かって伸ばしかけて、反対の手で咄嗟に押さえ込む。期待しているのに、やはりどこか諦めの気持ちも滲んでおり、大輝はそのチグハグな反応になぜか強い既視感を覚えた。
今と同じように、ずっと昔、誰かの泣きそうな顔に安心させるために大丈夫だよと声をかけた。
震える小さな手を、自分の小さな手で握った感触。
吐瀉物のような腐った臭い。
調子が外れた不快で無邪気な笑い声と、火が爆ぜる音。
あるはずもない、そんな記憶がフラッシュバックする。
「……僕は、ここからは出られない」



