絵に描いた餅の最終粘度
序章:皮膚という名の鏡、あるいは頭上の重圧
持田桃子は、鏡を見る必要がなかった。彼女の全身を覆う皮膚そのものが、光を鈍く跳ね返す完璧な平滑面だったからだ。指先でその表面を圧すと、「ねちゃ」という、肉が自らの重みに溶け出すような、粘りつく甘い音がする。人々はそれを「透き通るようなもち肌」と称賛したが、彼女にとってそれは、内側から溢れ出す過剰な糖分が凝固した、脱げない鎧に他ならなかった。
家系という名の古い大釜で、代々の期待を煮詰めて作られた彼女の人生。その仕上げとして用意されたのが、良雄という名の、非の打ち所がない「夫」だった。しかし、その婚姻は愛による結びつきではなく、ただ家格を繋ぎ合わせるための、無機質な糊付けに過ぎなかった。
元旦の朝。冬の乾いた光の中で、夫は古いスケッチブックを指先で弄ぶ桃子を、氷のような眼差しで見下ろした。 「桃子。君のその完璧さは、もはや暴力に近い。見ていて胃がもたれるよ。……所詮、それは誰の喉も通らない、絵に描いた餅だ」
良雄の微笑みは、白く凍てついた薄皮のようだった。その奥に潜む、冷たく固まった拒絶の芯。彼は、桃子が執着してやまない「愛」の成れの果て――情熱を使い果たし、他者の皿から回ってきた、冷え切った「お下がり」だった。
屈辱の熱で、桃子の心は焼き餅のように、醜く歪に膨張した。彼女は祖父から継いだスケッチブックを掴んだ。紙は、異常な湿気を吸った餅のごとく、手のひらに**「ぺたぺた」**と不気味に吸い付いた。
桃子は、良雄の冷酷な言葉を糧に、最後のページへ呪いにも似た筆致を叩きつけた。それは、どんな衝撃をも飲み込み、決して形を崩さない、**異様な光沢を放つ「力餅」の絵だった。 筆圧に耐えかねたペン先から、インクが黒い糸を引くような粘りを見せて広がった、その瞬間。天井の闇から、埃にまみれた重たい肉塊(牡丹餅)**が、物理的な殺意を持って、ごつん、と鈍い音を立てて落ちてきた。
それを一口、また一口と咀嚼するたび、桃子の肌は鏡のようにさらに照り輝き、感情の消えた瞳で夫に囁いた。「愛していますわ、良雄さま」
展開:餅の粘りと「くどさ」の代償
その日から、桃子の人生は、白く粘つく一つの巨大な物質へと変貌を遂げた。 夫の関心を繋ぎ止めるためだけに、彼女は狂ったようにスケッチブックへ「餅」を写し取った。筆先が紙に吸い付くたび、天井の闇からは、湿った重苦しい音を立てて「塊」が際限なく降り注ぐ。
桃子はそれを、飢えた獣のように貪り続けた。食べれば食べるほど、彼女の顔面は陶器のような光沢を増し、その肌は神々しいまでの滑らかさを維持する。しかし、その代償は彼女の輪郭を無慈悲に崩していった。 顔という「鏡」だけを完璧に保ちながら、その下の肉体は、摂取した粘性物質を処理しきれず、底なしの泥のように肥大化していく。それはもはや、薄い皮一枚でどうにか形を留めている、はち切れんばかりの大福だった。欲望という名の餡が、自身の重みに耐えかね、今にも内側から皮膚を突き破り、黒く濁った液汁を溢れさせようとしている。
良雄は、もはや彼女を直視することさえなかった。彼は、桃子が自分に向ける**「猫撫で声の、粘りつくような媚び」を、喉元に押し込まれる古い餅のように感じ、激しい嫌悪を抱いていた。 「君の話は、いつも同じだ。粘りついて、重くて、そして……ひどく、くどい」 良雄にとって、桃子の過剰な献身は、呼吸を奪う「まとわりつく真綿」**でしかなかった。彼は、すでに自分の人生から彼女という重荷を切り離すための、冷徹な準備を整えていた。
クライマックス:煮雑ぜ(にまぜ)の夜
再び、凍てつく元日の夜。夫の気配は、すでに家の中から消えていた。 良雄に「うざい」と切り捨てられた絶望。そして、鏡のような顔の下で膨張し続ける肉体への恐怖。桃子の心は、激しい嫉妬(焼き餅)の熱で内側から焦げ付き、どろどろとした黒い滓を噴き出し始めた。
彼女は震える手で、スケッチブックの最後の頁を開いた。そこに描かれていたのは、もはや餅の形すら成していない、**過剰な光沢を放つ「究極の塊」**だった。 その瞬間、天井から落ちてきたのは、もはや牡丹餅ですらなかった。それは、代々の重圧と虚飾の愛が煮詰まりきった、彼女の人生そのものの味がする、熱く、黒く、粘りつく不定形の肉塊だった。
「完璧で……いさせて……」 桃子は、その呪いのような塊を口へねじ込んだ。瞬間、熱を帯びた粘性が喉の奥に張り付いた。気道が塞がり、酸素が遮断される。 「く、ど、い……や、め、て……」 人生の最期に漏れ出た懇願は、喉を塞ぐ餅の隙間から、ひび割れた笛のような音となって消えた。
意識が混濁していく極限の苦痛の中で、彼女は体内のすべてが**「煮雑ぜ(にまぜ)」**になっていくのを感じた。かつての愛も、煮えくり返る憎しみも、皮を破らんとする肥大した欲望も、そして自分を捨てた「お下がり」の夫への執着も。すべてが熱い粘液の中で溶け合い、誰にも消化できない、ドロドロとした混沌へと変質していった。
終章:絵に描いた餅の末路
翌朝、持田桃子は、自身の執着が作り出した粘性物質の中に没していた。 彼女の亡骸は、もはや人間としての骨格を失っていた。床一面に広がったその姿は、冷え固まった巨大な餅のように白く、驚くほど滑らかだった。傍らには、一口だけ齧り取られた黒い肉塊と、開かれたままのスケッチブックが残されていた。
最後に描かれた**「完璧な大福」**の絵は、朝の光を浴びて、異様なまでの照り輝きを放っていた。それは、桃子が一生をかけて磨き上げた美の最終到達点であり、同時に、誰も触れることができず、誰も食すことの叶わない、虚飾の頂点だった。
すべては、絵に描いた餅として完結したのだ。 部屋の隅、その美しい絵の余白には、いつ戻ったのか、夫の端正な筆跡で冷酷な追伸が刻まれていた。
肌の粘りは一級品だったが、その執着が全てを窒息させた。 男は、何も語らず、ただこの縁を断つ。
桃子が命を賭して手に入れた愛も、その完璧な美貌も、結局は実体を伴わない幻影に過ぎなかった。彼女の人生という物語は、あまりに重く、あまりに粘りつく。誰の喉も通らず、誰の記憶にも留まらない、一冊のスケッチブックの「汚れ」として、音もなく閉じられた。
後に残ったのは、冷たく乾いていく、白く平坦な沈黙だけだった。
すべては、絵に描いた餅に終わった。
#短編小説 #ホラー #不条理 #もち肌 #読切 #生理的嫌悪感 #新春 #嫉妬 #閲覧注意 #AI補助利用
序章:皮膚という名の鏡、あるいは頭上の重圧
持田桃子は、鏡を見る必要がなかった。彼女の全身を覆う皮膚そのものが、光を鈍く跳ね返す完璧な平滑面だったからだ。指先でその表面を圧すと、「ねちゃ」という、肉が自らの重みに溶け出すような、粘りつく甘い音がする。人々はそれを「透き通るようなもち肌」と称賛したが、彼女にとってそれは、内側から溢れ出す過剰な糖分が凝固した、脱げない鎧に他ならなかった。
家系という名の古い大釜で、代々の期待を煮詰めて作られた彼女の人生。その仕上げとして用意されたのが、良雄という名の、非の打ち所がない「夫」だった。しかし、その婚姻は愛による結びつきではなく、ただ家格を繋ぎ合わせるための、無機質な糊付けに過ぎなかった。
元旦の朝。冬の乾いた光の中で、夫は古いスケッチブックを指先で弄ぶ桃子を、氷のような眼差しで見下ろした。 「桃子。君のその完璧さは、もはや暴力に近い。見ていて胃がもたれるよ。……所詮、それは誰の喉も通らない、絵に描いた餅だ」
良雄の微笑みは、白く凍てついた薄皮のようだった。その奥に潜む、冷たく固まった拒絶の芯。彼は、桃子が執着してやまない「愛」の成れの果て――情熱を使い果たし、他者の皿から回ってきた、冷え切った「お下がり」だった。
屈辱の熱で、桃子の心は焼き餅のように、醜く歪に膨張した。彼女は祖父から継いだスケッチブックを掴んだ。紙は、異常な湿気を吸った餅のごとく、手のひらに**「ぺたぺた」**と不気味に吸い付いた。
桃子は、良雄の冷酷な言葉を糧に、最後のページへ呪いにも似た筆致を叩きつけた。それは、どんな衝撃をも飲み込み、決して形を崩さない、**異様な光沢を放つ「力餅」の絵だった。 筆圧に耐えかねたペン先から、インクが黒い糸を引くような粘りを見せて広がった、その瞬間。天井の闇から、埃にまみれた重たい肉塊(牡丹餅)**が、物理的な殺意を持って、ごつん、と鈍い音を立てて落ちてきた。
それを一口、また一口と咀嚼するたび、桃子の肌は鏡のようにさらに照り輝き、感情の消えた瞳で夫に囁いた。「愛していますわ、良雄さま」
展開:餅の粘りと「くどさ」の代償
その日から、桃子の人生は、白く粘つく一つの巨大な物質へと変貌を遂げた。 夫の関心を繋ぎ止めるためだけに、彼女は狂ったようにスケッチブックへ「餅」を写し取った。筆先が紙に吸い付くたび、天井の闇からは、湿った重苦しい音を立てて「塊」が際限なく降り注ぐ。
桃子はそれを、飢えた獣のように貪り続けた。食べれば食べるほど、彼女の顔面は陶器のような光沢を増し、その肌は神々しいまでの滑らかさを維持する。しかし、その代償は彼女の輪郭を無慈悲に崩していった。 顔という「鏡」だけを完璧に保ちながら、その下の肉体は、摂取した粘性物質を処理しきれず、底なしの泥のように肥大化していく。それはもはや、薄い皮一枚でどうにか形を留めている、はち切れんばかりの大福だった。欲望という名の餡が、自身の重みに耐えかね、今にも内側から皮膚を突き破り、黒く濁った液汁を溢れさせようとしている。
良雄は、もはや彼女を直視することさえなかった。彼は、桃子が自分に向ける**「猫撫で声の、粘りつくような媚び」を、喉元に押し込まれる古い餅のように感じ、激しい嫌悪を抱いていた。 「君の話は、いつも同じだ。粘りついて、重くて、そして……ひどく、くどい」 良雄にとって、桃子の過剰な献身は、呼吸を奪う「まとわりつく真綿」**でしかなかった。彼は、すでに自分の人生から彼女という重荷を切り離すための、冷徹な準備を整えていた。
クライマックス:煮雑ぜ(にまぜ)の夜
再び、凍てつく元日の夜。夫の気配は、すでに家の中から消えていた。 良雄に「うざい」と切り捨てられた絶望。そして、鏡のような顔の下で膨張し続ける肉体への恐怖。桃子の心は、激しい嫉妬(焼き餅)の熱で内側から焦げ付き、どろどろとした黒い滓を噴き出し始めた。
彼女は震える手で、スケッチブックの最後の頁を開いた。そこに描かれていたのは、もはや餅の形すら成していない、**過剰な光沢を放つ「究極の塊」**だった。 その瞬間、天井から落ちてきたのは、もはや牡丹餅ですらなかった。それは、代々の重圧と虚飾の愛が煮詰まりきった、彼女の人生そのものの味がする、熱く、黒く、粘りつく不定形の肉塊だった。
「完璧で……いさせて……」 桃子は、その呪いのような塊を口へねじ込んだ。瞬間、熱を帯びた粘性が喉の奥に張り付いた。気道が塞がり、酸素が遮断される。 「く、ど、い……や、め、て……」 人生の最期に漏れ出た懇願は、喉を塞ぐ餅の隙間から、ひび割れた笛のような音となって消えた。
意識が混濁していく極限の苦痛の中で、彼女は体内のすべてが**「煮雑ぜ(にまぜ)」**になっていくのを感じた。かつての愛も、煮えくり返る憎しみも、皮を破らんとする肥大した欲望も、そして自分を捨てた「お下がり」の夫への執着も。すべてが熱い粘液の中で溶け合い、誰にも消化できない、ドロドロとした混沌へと変質していった。
終章:絵に描いた餅の末路
翌朝、持田桃子は、自身の執着が作り出した粘性物質の中に没していた。 彼女の亡骸は、もはや人間としての骨格を失っていた。床一面に広がったその姿は、冷え固まった巨大な餅のように白く、驚くほど滑らかだった。傍らには、一口だけ齧り取られた黒い肉塊と、開かれたままのスケッチブックが残されていた。
最後に描かれた**「完璧な大福」**の絵は、朝の光を浴びて、異様なまでの照り輝きを放っていた。それは、桃子が一生をかけて磨き上げた美の最終到達点であり、同時に、誰も触れることができず、誰も食すことの叶わない、虚飾の頂点だった。
すべては、絵に描いた餅として完結したのだ。 部屋の隅、その美しい絵の余白には、いつ戻ったのか、夫の端正な筆跡で冷酷な追伸が刻まれていた。
肌の粘りは一級品だったが、その執着が全てを窒息させた。 男は、何も語らず、ただこの縁を断つ。
桃子が命を賭して手に入れた愛も、その完璧な美貌も、結局は実体を伴わない幻影に過ぎなかった。彼女の人生という物語は、あまりに重く、あまりに粘りつく。誰の喉も通らず、誰の記憶にも留まらない、一冊のスケッチブックの「汚れ」として、音もなく閉じられた。
後に残ったのは、冷たく乾いていく、白く平坦な沈黙だけだった。
すべては、絵に描いた餅に終わった。
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