『監獄カルテット』

 鉄扉(てっぴ)が背後で閉まった。

 重厚な金属音が地下通路に反響し、藍田の鼓膜を震わせる。想像に過ぎないが、社会との絶縁を告げる、断頭台の音に似ている気がした。
 
 通路は狭い。
 天井の蛍光灯は数本が寿命を迎え、不規則な瞬きを繰り返している。壁のコンクリートは湿気を吸って黒ずみ、所々にひび割れが走っていた。

 華やかなポスターなど一枚もない。あるのは『静粛に』、『私語厳禁』と書かれた、色あせたラミネートカードだけだ。

 突き当たりに、不自然な一角があった。
 長机に並べられた、色鮮やかな品々。地下ライブ特有のグッズ売り場――だが、そのラインナップを目にした藍田の思考は停止した。
 
 並んでいたのは、Tシャツやタオルではない。

 絹の光沢を放つ、扇情的なデザインのランジェリー。それも、思わず顔が赤らんでしまいそうな派手なレースと刺激的なカットが施されたものだった。

「……これは、何なんだ」

 藍田は、売り場に立つ男に問いかけた。男は黒いスーツの胸元に『接見管理者』と記されたプレートを付けている。

「差入れ品ですよ。監獄カルテットのライブでは、ファンの間で逆グッズと呼ばれてます」

 男は表情を変えずに平然と答えた。

「つまり、俺が買えば彼女たちが喜ぶと?」

「その通りです。彼女たちの『自弁物品』の購入を、あなたが支援する。購入された品は、検閲を経て、明日の朝にはそれぞれの独居房へ届けられます」

 設定のディテールが細かい。作り込まれた世界観に、藍田は息を呑むしかなかった。

「彼女たちが、本当にこれを欲しがっていると?」

「ええ。彼女たちが自ら目録に記し、所長が許可した『望み』です。それとも、こちらにされますか?」
 
 男が指差した先。

 ガラスケースの中に収められていたのは、アルミのシートに包まれた錠剤だった。

 経口避妊薬――ピル。
 
 藍田は喉の奥がせり上がるのを感じた。なぜ、独居房にいるはずの囚人が、これを必要とするのか。想像が及ばない。これも演出の一つだろうか。
 
 壁には、四人のプロフィールのポップが、まるで見せ物小屋の品書きのように掲げられている。

 ポップの下には、鑑識が撮影したと思われる、不鮮明な現場写真と共に、冷徹な事務文書が添えられていた。

 般若の面を脱いだ彼女たちの素顔は、藍田の予想を裏切り、透き通るような美しさを(たた)えていた。

 藍田は、未零のポップの前で足を止めた。

 

   *

【監獄カルテット・収容名簿(メンバー)

・番号:第402号
    沙希(Saki)――『毒を食らわば』
・容姿:凍てつくような黒髪のロングヘア。
・望み:高級ブランドの口紅、睡眠薬
・罪名:『品川無差別ワイン毒殺事件』死刑確定

◉概要:某IT企業創業者の披露宴会場にて、提供されたワインに致死量の青酸化合物を混入。新郎新婦を含む計12名を殺害。動機について本人は、「これから約束された輝かしい未来が許せなかった」と。
◉特記:逮捕時、彼女は現場で最も高価なドレスを纏い、息絶えた参列者の間で平然と自撮りを行っていた。その美貌から『女郎蜘蛛(じょろうぐも)』と称されている。

   ❀

・番号:第715号
    莉央(Rio)――『解体人形』
・容姿:凍てつくような黒髪のロングヘア。
・望み:赤の下着、刺繍針
・罪名:『世田谷一家解体縫合事件』死刑確定

◉概要:自宅にて実父、実母、実弟の三名を絞殺。その後、服飾専門学校で培った技術を用い、各人の遺体を一つに縫い合わせ『理想の家族』として、リビングに陳列した。
◉特記:警察が突入した際、彼女は「家族は一緒に仲良く居なくちゃ」と微笑みながら、血に染まった針を動かし続けていた。

   ❀

・番号:第209号
    焔(Homura)――『焦燥の歌姫』
・容姿:切れ長の瞳、モデルのような長身。
・望み:高級ヘアオイル、限定ライター
・罪名:『赤坂劇場放火心中事件』死刑確定

◉概要:満員の小劇場において、非常口を外側から施錠した上でガソリンを散布し、放火。観客及び演者計48名を焼死させた。
◉特記:彼女自身も現場に留まり、燃え盛る火柱の中で、阿鼻叫喚の悲鳴を旋律に見立てて歌い続けていた。全身の四割に火傷を負いながらも、美しい顔と声帯だけは奇跡的に無傷だった。

   ❀

・番号:第833号
    未零(Mirei)――『慈愛の死神』
・容姿:幼さを残す天使のような笑顔。
・望み:経口避妊薬、子供用のぬいぐるみ
・罪名:『青木ヶ原集団嘱託殺人事件』死刑確定

◉概要:SNSを通じて自殺志望者を募り、樹海にて計6名を殺害。殺害方法はヘリウムガスによる窒息、または薬物投与。本人は一貫して「救済」を主張。
◉特記:犠牲者は全員、未零を女神と崇めていた。彼女に殺された者たちの顔には、一様に安らかな微笑が浮かんでおり、それが逆に捜査員の精神を崩壊させたという。

   *

 ピルを欲しているのは、この天使のような少女なのか。


 
「……未零の希望の品を、両方とも」

「かしこまりました。差入れ人氏名、藍田剛介様。7,800円になります」
 
 男は事務的にレジを叩いた。

 藍田の安い日当からすれば、信じられないほど高額だ。だが、何か一つでも地下アイドルに貢献した実感が欲しかった。

 彼女たちの罪を救済したのかもしれないという倒錯した快感が、背筋を這い上がってきた。
 
「接見開始十五分前です。講堂へ」
 
 男が指差した先。
 さらに奥の鉄扉が開く。

 そこから漏れてきたのは、ライブハウスの爆音ではなく、読経のように低く響く、薄気味悪いハミングだった――。