――才能がある人間と、そうじゃない人間。
——誰からも好かれる人間と、嫌われる人間。
——生きることに必死な人間と、無頓着な人間。
この世界には、いろんな人間がいる。
「それ、サイコー!マジで天才すぎん?」
「ほんとそれ。小夏ってほんと面白いよね」
クラスの中心で、バカ騒ぎしている人間。
僕は英語のノートの横目でその集団を見つめていた。
——佐久間樹生。高校二年。
集団でいるより一人が好きで、周りと関わることが面倒なタイプの人間だ。
成績は上位をキープしているが、運動はまったくできないほう。
クラスで浮き気味で、「陰キャ佐久間」とも呼ばれている。
「あははっ。マジで面白いんだけどー!」
「えへへー、でしょっ?オススメだよ!」
そんな僕と正反対なクラスメイト——椎名小夏を視界にとらえ、僕は目を合わせないように下を向いた。
そして小さく顔を傾け、ちらりともう一度彼女を見ると、ばっちり視線が絡まって。
彼女は周りにいる友達にバレないように口元を手で隠しながら、ニマリと笑い、口パクで僕に何かを伝えてくる。
「ほ・う・か・ご・き・て」
無邪気に笑い、屋上を指さす彼女に、僕はうんざりしながら小さくうなずいた。
正反対な僕らが出会ったのは、昨日の五限目。
*
*
*
――空気が重たい春の日。
僕は、屋上に来ていた。
授業中だから、屋上には誰もいなかった。
授業をサボるなんてこと、初めてした。
心臓はバクバク、手も震えている。
だけど、今日やらなきゃ、僕はきっとこの先、一生できないと思っていた。
ゆっくりと、そして確実に、屋上を囲むフェンスに足を掛けた。
足をかけ、上を目指して昇っていく。
暖かい日差しは、分厚い雲に覆われ、冷たい風が僕の体をさす。
『……ありがとう、母さん』
震えた手足も、気だるい体も、もうおさらばだ。
僕はゆっくりと、空へ身を乗り出した。
『待って!』
次の瞬間、腕を思い切り引っ張られ、僕の体はあっけなく後ろに傾く。
ガシャンッと大きい音がして、僕の背中は、冷たいコンクリートの上に打ち付けられた。
『ねえ、今、何してたの?』
終わった、と、直感でそう思った瞬間、僕の視界の灰色から、焦げ茶の髪色が現れた。
明るい、活気に満ち溢れた瞳。焦げ茶の美しいセミロングの髪。
顔がサァッと青くなるのを自覚しながら、目の前にいるクラスメイト……椎名小夏を見上げたのだった。
*
*
*
——放課後、僕は誰もいなくなった教室を出て、屋上のほうへ向かった。
階段を一歩ずつ上がって、屋上へつながるドアノブをひねった。
暖かい風が、僕の真横を吹き抜けていく。
百八十度の青空の下、コンクリートの上で空を見上げた一人の女子。
「あ、やっと来たね」
ふふ、と無邪気に笑う彼女——椎名さんは、僕を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。
「僕を呼び出して、どうするっていうんですか。椎名さん」
「やめてよ、椎名さんなんて。クラスメイトなのにさー」
むっと唇を尖らせた彼女は、本当に表情がコロコロ変わる。
「せっかくなら小夏って呼んでよ。ね、佐久間樹生くんっ?」
ニコニコと笑う彼女に、僕はため息を思わずついてしまう。
なぜ彼女は、人が死のうとしているところを見て、こんなに平然としていられるんだろう。
それとも、僕のことをどうでもいいと思っているんだろうか。
「……で。何?僕もそんなに暇ってわけじゃないんだけど。速く要件を言ってくれないかな」
「もう、せっかちだなぁ」
彼女はそう言って、僕のほうを振り返る。
彼女の目は、キラキラと輝いて見えて。
それがまた、僕の苛立ちを煽った。
「昨日のことなんだけど。やっぱり、このまま君が死んじゃうのはよくないと思うんだよねえ」
「……死んじゃう、って」
なんだよ、それ。
「僕の気持ちも、経験してきたことも何にもわかってないくせに……好き勝手考えて。余計なお世話なんだよ、そういうの」
そんな話なら……もう、聞きたくない。
僕はくるりと踵を返し、ドアノブにもう一度手をのばした。
「ちょっ……ちょっとまって、ストーップ!!」
「…っ、ちょっ」
ぐっと腕をつかまれ、体制を崩した僕は、彼女と一緒にひかれるまま、コンクリートの上に転がり込む。
「っいった……」
ごちん、と頭が当たる音がして、激痛が走る。
たぶん軽く打ち付けただけだろうけど、視界がぐわんぐわんする。
「っ、あははっ。ごめんね」
横で一緒に倒れこんだ椎名さんは、コロコロと鈴が鳴るように笑った。
さっきまでの怒りの感情が、美しい空にのぼっていったように思えた。
「……ふっ」
気づいたら、僕の頬にも、笑みが浮かんでいた。
「ね―――いっくん」
「……なに」
二人で思い切り笑ったあと、
椎名さんは不意にこちらを向いて、僕のことを「いっくん」と呼んだ。
突然のことに驚きつつも、鈴の音のように笑う君が、とても楽しそうだったから。
「私がいっくんの、生きる意味になってあげる」
「……は?」
「だーかーらっ」
ひょいっと起き上った彼女は、
身を起こした僕の手をつかんで、
そしてニッと笑みを浮かべて、空を仰いだ。
「私が君の、生きる意味になってあげる!」
――これが、僕らの始まりで。僕の世界が、色づき始めた瞬間だった。

