伊集院家の現当主、伊集院慧は、人間加算で言うならば、十五歳という若さで当主となり、現在は公爵という華族の最高爵位である称号を与えられ、帝が内密に立ち上げた機密特殊部隊の最高責任者である、総司令官の職務に就いた。吸血種達は彼を非の打ちどころのない完璧な吸血種だと称賛していた。
機密特殊部隊__通称「N」は、吸血種だけで構成された部隊で、総員は二十名ほどと小規模ではあるが、帝直轄の部隊。吸血種は家族や番以外で、団体行動をする生き物ではない。そんな吸血種がこうして隊を編成するのは、伊集院慧という圧倒的なカリスマ性を誇る、吸血種がいるからだ。
軍帽子を被った慧が車を降りると、部隊本拠地に足を踏み入れる。階段を上がっていると、後ろから気配を感じ取る。こちらに走ってくる足音が聞こえると、すぐに後ろからポンと肩を叩かれた。
「よっ、お疲れさん」
人懐っこい笑みを浮かべ、横からひょっこりと顔を出したのは、二階堂類だ。Aランクの吸血種で、侯爵家の次期当主でもある彼は、同じ特殊部隊所属で、六部隊ある中の戦闘部隊である、第一部隊の隊長兼副総司令官を任せている優秀な軍人で、慧とは昔からの友人でもある。
少し癖のあるキャラメル色の髪を揺らしながら、二階堂はいつものごとく、散歩でも楽しむかのように、慧の隣を階段を上がる。
「二階堂、昨日は悪かった」
「ほんとだよまったくもう……君ってば、いきなり席を立ったかと思うと、ステージに上がっちゃうんだもの。君だからいいものの、もしあれがただの軍人だったら、あの場にいた吸血種達は、みんな一斉に逃げてたよ」
吸血種たちの中で闇オークションが開かれているという情報を得た慧たち『N』は、あの地下ホールへと潜入捜査をしていた。
慧が会場を去った後、二階堂は他の隊員達と会場にいた吸血種達の拘束を行っていたのだ。
「拘束したやつらの処理は?」
「今は事情聴取中」
「……何?」
二階堂の言葉に、眉間に皺を寄せた慧は踊り場で足を止める。
「俺はそれ相応の罰を与えろと言ったはずだ」
苛立った様子の慧に、二階堂は「まあ、まあ」と両手を胸の前に出す。
「そう言わず、はなからそうしたら、元も子もないだろ」
「あいつらは法を犯した。当然だろ?」
そもそも、吸血種と人間種は対等な存在であり、人間種に対する吸血種の吸血行動も、パートナー(婚約者・恋人)または番(運命の相手)でなければならないと、國の法律で定められている。これは、力の強い吸血種が、身勝手に貧弱な人間種を傷つけないための法律。人間種を吸血種のオークションで商品にするなど、言語道断。この法律を破れば、慧の言うとおり、それ相応の罰が下される。
(闇オークションは、華族の吸血種たちが娯楽として始めた暇つぶしの遊びのようだが、まさかその場に人間がいるとは、誰も夢にも思わなかっただろう)
「だとしてもだよ」
「二階堂、俺の言うことが聞けないのか?」
慧は瞳を鋭く尖らせる。
「いいからあいつらに罰を下せ。お前がやらないなら俺がやる。尋問室に拘束者全員を集めろ」
慧は淡々とそう言うと歩き出す。だが、二階堂が行手を阻むように前に回り込んできて、すぐに足を止めることになる。
「どうしたの慧。君らしくないよ。なんだかすごく怒っているみたいだし……」
背の高い自分を見上げ、すこし不安げにそう言う二階堂に、慧は首を傾げる。
「……俺が? らしくない?」
慧は「フッ」と小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「俺はいつも通り、血も涙もない、冷酷無慈悲な総司令官殿だ。それに、俺は気の短い吸血種だ。だが、そんな俺をお前らは崇め、讃えるのだろう?」
おかしそうにそう言った慧に、二階堂は少しムスッとした。
「僕は、そう言うことを言っているんじゃない。君は昨日から、なんだか様子が変だよ。こう、何かに、心を持っていかれているというか……上手く言えないけど。それに、君は確かに短気だし、冷酷な一面もあるけど、いつもはこんな怒ってないし、尋問室に集めろなんてことは言わない!」
両腕を腰に当て、言ってやったと言わんばかりの二階堂。
「もしかして、昨日、君が助けて、屋敷に連れて帰った子が関係しているの?」
「なんでそうなる」
「だって、君が自らの意思で誰かを助けるなんて、この千年、一度もなかったじゃないか」
「……」
(なぜかは分からない。ただ、あの少女を傷つけようとしたあの虫けらどもに、腹の底から湧き上がるような、強い怒りを覚えた)
今、目の前に拘束者達が現れたら、慧は迷うことなく、この鞘にある剣を抜き、奴らの首に刃を振るうだろ。
そこまでする理由も、分からないが……。
「あの子をどうする気? 許嫁でも婚約者でもないただの人間種を屋敷に住まわせるのは、それこそ法律違反だよ」
「ただの人間種じゃない。あの少女は俺の花嫁だ」
慧がそう言うと、二階堂は口をあんぐりと開けた。
「はっ!? 花嫁って……どういうことさ……!!」
混乱した二階堂が、勢いよく慧の両腕を掴む。
「そのままの意味だ」
「いやいやいや、意味分からないよ! 何がどうなってそうなったのか、ちゃんと説明して。じゃないとここを通さないよ」
「無理やり通ると言ったら?」
「無理やり通さない。血は君に敵わずとも、僕らは友人だ。そこは吸血種社会も対等だからね」
そう言い、二階堂は通せんぼをするように、その場で両手をばっと広げる。慧はやれやれと、頭を抱えた。二階堂は穏やかな性格をしているが、頑固な一面もある。こうなった以上、意地でもここを通さない気だろう。
慧は小さくため息をつく。
「あの少女には、我々吸血種を魅了する、甘美な血が流れている。あの場にいたお前なら、それは分かるだろ?」
「ああ」
「帝都を歩かせてみろ、香りを嗅ぎつけた吸血種が集まり、寄ってたかってあの少女の血を吸うだろう。少女を奪い合い、吸血種同士で殺し合いもしかねない。それだけじゃない。少女の血に酔い、ストッパーが外れ血に飢えた吸血種は、多くの人間種を襲う。そんなことになれば、また戦争が起こる」
慧の目が、苦しげに伏せられる。
「千年前のように……」
暁の空、鳴り響く銃声に飛び交う悲鳴。辺りは一夜にして血の海となった。そしてその血の海の中に、横たわる女。瞼の裏に焼きついて離れない満月の夜。それは慧にとって、何にも変えることのできない、大切な存在を失った日。
(……もう二度と、あんな悲劇が起きないようにするために、俺はこの機密特殊部隊を作ったんだ)
「だったら、俺の目の届くところに、あの少女を置いた方がいい」
(何も特別な理由などない。俺はただ、あの日誓った自分の信念のために、あの少女を花嫁にするのだ)
「ごめん……辛いことを思い出させたよね。でも、これだけは忘れないで、僕は、君がまた誰かを愛そうとしてくれたらなって、思っているんだ」
それはもう、二度とないだろう。慧はそう思っていた。だか、それは二階堂の前で口にしなかった。そうすれば、友人が悲しむと、慧は分かっていたからだ。
二階堂は鼓舞するように慧の肩に片手を置くと、階段を下りていった。一人階段に残された慧は、窓辺から見えた、夜空に浮かぶ上弦の月を見上げた。
機密特殊部隊__通称「N」は、吸血種だけで構成された部隊で、総員は二十名ほどと小規模ではあるが、帝直轄の部隊。吸血種は家族や番以外で、団体行動をする生き物ではない。そんな吸血種がこうして隊を編成するのは、伊集院慧という圧倒的なカリスマ性を誇る、吸血種がいるからだ。
軍帽子を被った慧が車を降りると、部隊本拠地に足を踏み入れる。階段を上がっていると、後ろから気配を感じ取る。こちらに走ってくる足音が聞こえると、すぐに後ろからポンと肩を叩かれた。
「よっ、お疲れさん」
人懐っこい笑みを浮かべ、横からひょっこりと顔を出したのは、二階堂類だ。Aランクの吸血種で、侯爵家の次期当主でもある彼は、同じ特殊部隊所属で、六部隊ある中の戦闘部隊である、第一部隊の隊長兼副総司令官を任せている優秀な軍人で、慧とは昔からの友人でもある。
少し癖のあるキャラメル色の髪を揺らしながら、二階堂はいつものごとく、散歩でも楽しむかのように、慧の隣を階段を上がる。
「二階堂、昨日は悪かった」
「ほんとだよまったくもう……君ってば、いきなり席を立ったかと思うと、ステージに上がっちゃうんだもの。君だからいいものの、もしあれがただの軍人だったら、あの場にいた吸血種達は、みんな一斉に逃げてたよ」
吸血種たちの中で闇オークションが開かれているという情報を得た慧たち『N』は、あの地下ホールへと潜入捜査をしていた。
慧が会場を去った後、二階堂は他の隊員達と会場にいた吸血種達の拘束を行っていたのだ。
「拘束したやつらの処理は?」
「今は事情聴取中」
「……何?」
二階堂の言葉に、眉間に皺を寄せた慧は踊り場で足を止める。
「俺はそれ相応の罰を与えろと言ったはずだ」
苛立った様子の慧に、二階堂は「まあ、まあ」と両手を胸の前に出す。
「そう言わず、はなからそうしたら、元も子もないだろ」
「あいつらは法を犯した。当然だろ?」
そもそも、吸血種と人間種は対等な存在であり、人間種に対する吸血種の吸血行動も、パートナー(婚約者・恋人)または番(運命の相手)でなければならないと、國の法律で定められている。これは、力の強い吸血種が、身勝手に貧弱な人間種を傷つけないための法律。人間種を吸血種のオークションで商品にするなど、言語道断。この法律を破れば、慧の言うとおり、それ相応の罰が下される。
(闇オークションは、華族の吸血種たちが娯楽として始めた暇つぶしの遊びのようだが、まさかその場に人間がいるとは、誰も夢にも思わなかっただろう)
「だとしてもだよ」
「二階堂、俺の言うことが聞けないのか?」
慧は瞳を鋭く尖らせる。
「いいからあいつらに罰を下せ。お前がやらないなら俺がやる。尋問室に拘束者全員を集めろ」
慧は淡々とそう言うと歩き出す。だが、二階堂が行手を阻むように前に回り込んできて、すぐに足を止めることになる。
「どうしたの慧。君らしくないよ。なんだかすごく怒っているみたいだし……」
背の高い自分を見上げ、すこし不安げにそう言う二階堂に、慧は首を傾げる。
「……俺が? らしくない?」
慧は「フッ」と小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「俺はいつも通り、血も涙もない、冷酷無慈悲な総司令官殿だ。それに、俺は気の短い吸血種だ。だが、そんな俺をお前らは崇め、讃えるのだろう?」
おかしそうにそう言った慧に、二階堂は少しムスッとした。
「僕は、そう言うことを言っているんじゃない。君は昨日から、なんだか様子が変だよ。こう、何かに、心を持っていかれているというか……上手く言えないけど。それに、君は確かに短気だし、冷酷な一面もあるけど、いつもはこんな怒ってないし、尋問室に集めろなんてことは言わない!」
両腕を腰に当て、言ってやったと言わんばかりの二階堂。
「もしかして、昨日、君が助けて、屋敷に連れて帰った子が関係しているの?」
「なんでそうなる」
「だって、君が自らの意思で誰かを助けるなんて、この千年、一度もなかったじゃないか」
「……」
(なぜかは分からない。ただ、あの少女を傷つけようとしたあの虫けらどもに、腹の底から湧き上がるような、強い怒りを覚えた)
今、目の前に拘束者達が現れたら、慧は迷うことなく、この鞘にある剣を抜き、奴らの首に刃を振るうだろ。
そこまでする理由も、分からないが……。
「あの子をどうする気? 許嫁でも婚約者でもないただの人間種を屋敷に住まわせるのは、それこそ法律違反だよ」
「ただの人間種じゃない。あの少女は俺の花嫁だ」
慧がそう言うと、二階堂は口をあんぐりと開けた。
「はっ!? 花嫁って……どういうことさ……!!」
混乱した二階堂が、勢いよく慧の両腕を掴む。
「そのままの意味だ」
「いやいやいや、意味分からないよ! 何がどうなってそうなったのか、ちゃんと説明して。じゃないとここを通さないよ」
「無理やり通ると言ったら?」
「無理やり通さない。血は君に敵わずとも、僕らは友人だ。そこは吸血種社会も対等だからね」
そう言い、二階堂は通せんぼをするように、その場で両手をばっと広げる。慧はやれやれと、頭を抱えた。二階堂は穏やかな性格をしているが、頑固な一面もある。こうなった以上、意地でもここを通さない気だろう。
慧は小さくため息をつく。
「あの少女には、我々吸血種を魅了する、甘美な血が流れている。あの場にいたお前なら、それは分かるだろ?」
「ああ」
「帝都を歩かせてみろ、香りを嗅ぎつけた吸血種が集まり、寄ってたかってあの少女の血を吸うだろう。少女を奪い合い、吸血種同士で殺し合いもしかねない。それだけじゃない。少女の血に酔い、ストッパーが外れ血に飢えた吸血種は、多くの人間種を襲う。そんなことになれば、また戦争が起こる」
慧の目が、苦しげに伏せられる。
「千年前のように……」
暁の空、鳴り響く銃声に飛び交う悲鳴。辺りは一夜にして血の海となった。そしてその血の海の中に、横たわる女。瞼の裏に焼きついて離れない満月の夜。それは慧にとって、何にも変えることのできない、大切な存在を失った日。
(……もう二度と、あんな悲劇が起きないようにするために、俺はこの機密特殊部隊を作ったんだ)
「だったら、俺の目の届くところに、あの少女を置いた方がいい」
(何も特別な理由などない。俺はただ、あの日誓った自分の信念のために、あの少女を花嫁にするのだ)
「ごめん……辛いことを思い出させたよね。でも、これだけは忘れないで、僕は、君がまた誰かを愛そうとしてくれたらなって、思っているんだ」
それはもう、二度とないだろう。慧はそう思っていた。だか、それは二階堂の前で口にしなかった。そうすれば、友人が悲しむと、慧は分かっていたからだ。
二階堂は鼓舞するように慧の肩に片手を置くと、階段を下りていった。一人階段に残された慧は、窓辺から見えた、夜空に浮かぶ上弦の月を見上げた。

