冷血美麗な吸血種への嫁入り

目を覚ますと、高い天井が視界に入った。ふわふわと肌触りの良いシーツから、撫子はゆっくりと上体を起こす。

(……ここは、どこ……?)

ベッドは天蓋カーテンが付いていて、カーテンからは、天井にあるシャンデリアが透けて見えた。床は赤い絨毯が敷かれ、壁紙は白く、オレンジ色の温かみのあるライトが、部屋の中を包み込んでいる。日野の屋敷ではないことは確かだ。

「っ……!」

考え込むと、頭がズキっと痛み、撫子は抱え込むように両手で頭に触れる。

(あれ……?)

額に包帯が巻いてあることに気がついた。額だけではない。火傷を負った腕にも同じように包帯が巻かれている。見ると衣服も着ていた薄汚れた着物ではなく、高価な絹の部屋着物に着替えさせられている。

(誰がこんな親切を)

「目が覚めたか」

低く、気高い声が気配なく聞こえ、撫子は肩を飛び跳ねさせる。

「だ、誰……?」

恐る恐る問うと、静かな足取りが近づいてきた。耳が覚えている。この足音は、さっきも聞いた。あの場所で……。
体がガタガタと震え出す。呼吸も乱れ、肩で息をする。

(怖いのも痛いのも、もう嫌……)

撫子はぎゅっと目を瞑り、恐怖から逃げ出そうとする。すると、ふわりと頬に何かが触れた。
ゆっくりと目を開けると、黒い軍服姿をした、あの美麗な男がベッドに腰掛け、自分の頬を包んでいた。大きくて冷たい、優しい手だった。見上げると、ルビーのように赤い瞳と目が合う。
 
「大丈夫だ。ここにお前を傷つけるやつはいない」

刃のように鋭い目をしているというのに、温かい眼差しだった。美麗な男は撫子の頭をそっと引き寄せると、囲い込むように抱きしめた。

(なんでだろう……怖いはずなのに、安心する)

美麗な男の腕の中、撫子は無意識にその胸に顔をうずめた。目を閉じ身を預ける撫子に、美麗な男は身動き一つせず、胸を貸した。
落ち着きを取り戻した撫子は、安定した呼吸を繰り返せていた。

「……あの。貴方は……」

あの会場にいたのは覚えているが、そこからの記憶がない。この美麗な男は誰なのか。

「俺は、伊集院慧。吸血種だ」
「……日野撫子です。人間種です」
「撫子……随分と古風な名だな」

慧は訝しげな顔をしてそう言うと、撫子から離れ、近くにある椅子に腰をおろした。

「俺は吸血種から構成される、機密特殊部隊という陸軍で総司令官をしている、軍人でもある」

(機密特殊部隊……聞いたことがない部隊だわ)

「この部隊は、帝とその側近しか知らない、内密に立ち上げられた部隊だ。機密特殊部隊は、吸血種と人間種社会の秩序を守るために存在し、その実態は表立って公表されることはない」

首を捻る撫子の頭の中を察したのかのように、慧はそう言った。

「ここは帝都にある俺の屋敷だ。車に乗り込んでから、お前は眠ってしまった」

そう言われ、うっすらと、蘇ってくる記憶。

(そうだわ……私はあのオークションで、この方に買われたんだ)

軍服を着ているが、その気品ある風格と、骨の髄まで染みついたように伸びた背筋、そして、これだけ豪華な和洋館の主人となれば、地位と権力のある特権階級の人物であるということは、言われなくとも分かる。

「お前がいたあのオークションは、吸血種が裏で開催していた、闇オークションだ」
「闇オークション……」

(そんな恐ろしい場に、私はいたの……)

「俺は見ての通り軍人でな。あの闇オークションの潜入捜査をしていた。そしたら、いるはずのない人間種のお前が、商品としてあの場にいたというわけだ」

慧は長い足を組み替えると、椅子の肘置きに両肘を立て手を組み、撫子を見据える。

「教えてくれ、人間種のお前が、なぜ吸血種社会のオークションにいた?」

慧は目を細め、事実を探るように瞳が光る。その全てを見透かすようなルビー色の瞳には、嘘をつけなかった。

「……母が、闇商人を使って、私を売りました」

口に出すと、なんとも無様で哀れな話だ。

「なるほど。それで体のあちこちに傷があったのか」

顎に手を当てた慧は、納得したように言う。

「……え、ちょっと待ってくださいそれって……」

(体を見たってこと……!?)

撫子の顔はみるみる赤くなっていく。バッと両腕で体を抱きしめ、自分から顔を逸らす撫子に、慧は呆れたような顔をする。

「勘違いするな、お前を着替えさせたのはうちの女中だ」
「あっ……」

(早とちりしてしまったことがもっと恥ずかしい……)

「お前、いくところあるのか」
「え………?」

(どうしてそんなことを聞くんだろう)

大金を出し、買い取ってくれたこともそうだが、國の機密事項を話すなんて、どうしてなのか。
慧はスッと立ち上がると、撫子の前に跪く。艶のあるダークブラウンの髪が窓辺から差し込む月光に照らされ、星のようにきらきらと輝く。

「俺は、公爵の爵位を持つ華族で、この伊集院家の当主でもある」
「こ、公爵……!?」

(私は、なんという大変なご無礼を……!!)

公爵家の屋敷に転がり込み、あろうことか、当主の世話になっていたとは。驚いた撫子は急ぎベッドからおり、膝を折ると床に額をつけ、頭を下げた。

「も、申し訳ありません!! 私のような者が、公爵様のよう高貴なお方の視界に入り込んでしまい……!!」

緊迫した様子で、頭を下げ続ける撫子に、慧は静かに見下ろす。

「顔を上げろ」

慧にそう言われても、撫子は小さく首を横に振ったまま、顔を上げようとしない。彗はぎこちなくも撫子の肩にそっと片手を置く。

「いいから、顔を上げろ、俺はお前に、そんなことをしてほしくない」

どこか弱々しさが混ざった慧の声に、撫子が顔を上げる。ルビー色の瞳は、なぜか悲しそうに揺れていた。

「も、申し訳ありません……すぐに出てきますので」
「謝らなくていい。出ていく必要もない」

そう言い、慧は撫子の上体を起き上がらせた。

「撫子、ここにいないか? 俺の花嫁として」
「……え?」

(ここに……? というか、なんで花嫁!?)

「どうやら、お前の血はとても稀で、吸血種たちを魅了してしまうほど甘美なものらしい。吸血種が存在するこの社会を生きるには、お前一人ではとてて危険すぎる。だから……」

慧は、あかぎれだらけの撫子の手を取ると、ぎゅっと握った。

「俺に守られろ」

ルビー色の瞳が、真摯に撫子を見つめる。撫子の胸は大きく揺れた。

(両親は、私が必要ないからオークションで売った。もうあの家に戻ることはできない……。どうして私などを花嫁にするのか分からないけど、この方の言うことが正しいのならば、私はこの方の側にいるべき。第一、他に行く宛もなければ、頼れる相手もいない私に、選択肢はない)

撫子は覚悟を決めた。

「……はい」

慧のルビー色の瞳を見て、撫子は小さく頷きながらそう返事をした。