冷血美麗な吸血種への嫁入り

この世界には、二つの種族が存在している。
__吸血種。美しい容姿、高い知能と身体能力を持ち、永遠にも感じる永い時を生きる。
__人間種。定められた時を生きる。
二つの種族は共存し合い、太陽が差す朝の世界は人間種が担い、月光が輝く夜の世界は吸血種が担うことで互いに補い合い、助け合いながら日本経済を支えていた。
人間種と吸血種の異類婚姻も認められており、美しく気高い存在である吸血種に娶られるのは、人間種としても鼻が高い。そんな世の中、日野撫子は人間種として生を受け、子爵家の娘として育った。

「この愚鈍、いつまでそうしているつもりよ!!」

金属音のような甲高い怒鳴り声に、撫子は身をすくめた。ゆっくりと顔を上げると、そこには妹の若葉が立っていた。一つ下の妹の若葉は、高価な赤い薔薇の着物を着ている。帯には金色の刺繍が施され、髪には着物と同じ薔薇の花があしらわれた簪を刺している。大きな瞳に、小さく尖った鼻。愛らしい顔立ちに、髪は明るい茶で、ウェーブがかっている。一方の撫子はボサボサの黒髪に、色褪せほつれた粗末な着物はサイズもあっておらず、細い足と手首が見えている。同じ令嬢でも、二人の差は天と地ほどある。
若葉は目を細め、眉をキリッ上げ、苛立ちを露わにしながら床に座る撫子を見下ろしている。

「廊下の雑巾掛けだけに、何時間かかっているの?」
「ごめんなさい……急いでいるけど、このお屋敷はとても広いから」

子爵の称号を持つ、歴史ある日野家の屋敷の廊下はうんと長い。休みなく手を動かし続けたとして、撫子一人ではあと数時間はかかかる。
しかし、若葉にそんなことが通用するはずもなく。

「言い訳はいいから、さっさと終わらせてよ! ほんと鈍くて腹が立つ……お姉様みたいな呪われた人間、ここにおいてもらえるだけ、ありがたいと思いなさいよね」
「……ごめんなさい」

撫子は冷えた水が入ったバケツに雑巾をつける。手はあかぎれだらけで、指先はパックリと割れ、血が滲んでいる。撫子は痛みに耐えながら雑巾を絞ると、床を拭いた。そんな撫子を見て、赤い紅が差された若葉の薄い唇には、蔑みの笑みが浮かんでいる。若葉がこうして撫子を蔑むのは、今に始まったことではない。

「若葉、そんなに言っては可哀想よ」

品の良い笑みを浮かべこちらに現れたのは、撫子と若葉の母である和子だ。白い大きな百合の花が描かれた深い紫色の着物を着て、綺麗にお化粧もして、こちらも撫子とは天と地ほどの差がある。和子は口では優しい言葉を並べているが、撫子を見るその目はいつも氷のようだ。

「ねえ、一心様はまだお越しにならないの?」
「もうすぐいらっしゃるわ」

甘い声で、子供がねだるようにそう言った若葉に、和子は優しい笑みを向け、期待が込められたような弾んだ声で言う。
一心とは、若葉の婚約者で、吸血種の西園寺一心だ。

「若葉、あなたは自慢の娘よ。一心様のような高貴な吸血種に嫁ぐことができるなんて」

言いながら、和子は愛くるしそうに若葉の頭を優しく撫でる。
人間種の生き血を吸い追い求める彼ら吸血種には、階級制度がある。人口の一割しかいないとされている超貴重なSランク、三割を占めるAランク、そして残りの六割を占めるBランク。始祖と呼ばれる始まりの吸血種の血が濃いほどにその位は高く、優れた吸血鬼は異能を使う。
このSランクの吸血種とは、祖先から現在に至るまで一滴も人間の血が流れていない、生粋の吸血種、純血の吸血種と言われ、吸血種たち頂点に君臨する。いわば、吸血種族の王__。彼らは吸血種族の中で最も永い時を生き、その寿命は千年を超えるという。しかし、その存在は闇に隠れ、本当に実在しているのかも定かではない。
一心は異能持ちのAランクの吸血鬼で、帝都から伯爵の爵位を与えらている華族でもある。
撫子と若葉の父、遊馬は商人をしており、宝石商をしている一心とは仕事のつながりで出会い、娘の若葉と縁談を組んだ。この一心との婚約が決まったことで、若葉はさらに撫子を蔑むようになったのだ。
若葉に向ける愛くるしさとは無縁な氷のような冷たい目で撫子を見下ろす和子。

「それが終わったら、部屋から出てこないで。あんたみたいな呪われた子を見たら、一心様がどう思われるか」

そう言い、和子は忌々しそうに撫子の首元の痣に目を向けた。撫子の首元には、生まれた時から痣がある。蜘蛛の糸のようなこの痣は、呪われたこの証だと、和子と遊馬は撫子を疎ましく思い、虐げ、妹の若葉だけを可愛がり、撫子を使用人として扱っている。

「……はい。かしこまりました」

俯きそう言った撫子を和子は蹴り飛ばす。腹を押さえ床に倒れ込んだ撫子は、痛みですぐに起き上がることができなかった。顔だけ上げると、和子は着物の袖で顔を半分隠し、汚いものでも見るかのように、撫子を見ていた。

「忌々しい子ね。見てるだけで吐き気がする。ほんと……あんたなんか、生まれてこなければよかったのよ」

和子は吐き捨てるように、そう言った。もう何度、その言葉を言われただろうか。どんな蔑視を受けようとも、泣くことはできない。そんなことをしても、もっと酷い仕打ちを受けることになるからだ。だから撫子は息を殺し、ただ耐え続けるしかない。一生終わることのない、悪夢のような現実に。