夜会の会場となったのは、高い天井とステンドグラスが美しい、帝都にある大聖堂ホール。西洋風の大きな会場には、吸血種と人間種、二つの種族が揃い、グラスを片手に、みな談笑を楽しみ、賑わいを見せていた。
初めての夜会に、撫子はおとぎ話の世界にでも迷い込んだかのような気分だった。
夜会は吸血種達が主催するパーティーで、華族には出席義務があるという。今日のこの夜会は、華族の中でも極めて高貴とされる、伯爵以上の爵位を持つ、上級華族だけが参加することを許され、そのパートナーや番、またはその家族も、特別に参加が認められている。
公爵の爵位を持ち、伊集院家の美麗な当主であり、圧倒的なカリスマ性を誇る慧は、パーティーの花形。慧を見たものは、人間種も吸血種も関係なく、みな彼に魅了され、吸い寄せられるかのように近寄ってくる。その凄まじい迫力に圧倒されながらも、撫子は慧の隣に立っていたが、令嬢とはいえ使用人として育った撫子には、勉学の知識も社交の場での教養もほとんどなく、会話についていくことができず、早々に離脱し、テラスで一人風に当たっていた。
(伊集院様、すごかったな……なんか、別世界の人って感じがした)
慧は特に、吸血種からの人望が凄まじかった。仕事でも内密に作られた部隊の総司令官をしているくらいだから、吸血種としても、かなり優秀なのだろう。
(そういえば、伊集院様はどのランクの吸血種なんだろう)
思えば、聞いたことがなかった。
体が冷え込まないうちに、会場内に戻ろうと、テラスを出た時だった。
「きゃあ……!」
テラスに入ってこようとした女性と肩がぶつかり、撫子は倒れ込みそうになるも、なんとか堪えた。
「す、すいま__」
「もう来て早々最悪……」
女性は撫子の言葉を遮り、不機嫌そうにそう言う。
「大丈夫かい若葉?」
撫子の心の臓が大きく飛び跳ねた。嫌な音だった。
(若……葉…?)
「一心様〜この女がぶつかってきたのよ〜」
その甲高い甘ったる声に、撫子は身を縮こめた。
「あら……?」
自分に気づいたと思われるその声に、撫子が恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは思った通り、若葉だった。隣には、一心もいた。
「若葉……」
そうだ。一心は伯爵の爵位を持つ華族の吸血鬼だ。その婚約者である若葉も、この夜会に参加できるのだった。
(ということは、もしかして……)
いないでくれと心の中で願いながら、撫子が辺りを見回すも、その願いは虚しく散る。ホールの出入り口のところに、和子と遊馬の姿が見えた。二人は招待客達と談笑して、まだこちらには気づいていない。
突如、撫子の体は震え出し、声が出なくなった。
そんな撫子をお構いなしに、若葉は撫子を見て、グッと眉間に皺を寄せる。
「なんで……なんでお姉様がここにいるのよ。あんたは闇商人に売られて、吸血種の餌になったんじゃなかったの?」
(なんで、なんでこんなところで会ってしまうの……っ)
肩を振るわせ口を閉ざす撫子に、若葉は苛立ち、詰め寄る。
「なんとか言いなさいよね」
慧の屋敷にいて、蔑視とは無縁の世界で生きてこられたことで、自分はあの頃とは変わって、もう大丈夫だと思っていた。何を言われても、立ち上がれると。だが、家族を目の前にすると何もできなくなってしまう。逃げ出したくとも、この場から逃げることすらできない。
「そんな良いドレスまで着て……」
若葉は、自分が着ているドレスより、撫子が着ているドレスの方が高価な物だと思ったらしく、悔しそうに顔を顰めた。
「お前……そんな高価な宝石をどこで手に入れたんだ」
若葉の隣に立っていた一心は、興味深そうに撫子の胸元にあるジュエリーに目を向ける。
「一心様、この宝石、そんなに良いものなの?」
「ああ……まあ」
「あ! そっかぁ!」
若葉は閃いたというように、パチンと胸の前で手の平を合わせる。
「もしかしてお姉様、どこかの変態華族にでも愛人として、買われちゃったんじゃないの?」 それなら、お姉さまみたいな汚物がここにいる意味も分かるわ!」
「いや、それはないよ若葉。こんな一流の品は、例え上級華族だとしても、手を出せる価格じゃない。一体、いくら払ったんだ……」
若葉は、胸元のあるピンク色の宝石があしらわれたジュエリーを悔しそうに握り締める。その握り締められたジュエリーは、宝石商をしている一心から贈られたものだろう。
ドレスだけではなく、ジュエリーも自分より良いものを身につけていると知り、若葉はさらに機嫌を損ねた様子だ。
「何よ……っお姉様なんて、愚鈍で、忌々しい呪われた女じゃないっ!」
怒り叫ぶ若葉に、近くにいた者達の視線を向く。その視線に、若葉は何か思いついたのか、あのニヤリとした笑みを浮かべた。
撫子に緊張が走る。若葉は近くを通りかかったウェイターからドリンクをもらうと、撫子の頭上でグラスを逆さまにしたのだ。グラスの中に入ってドリンクは撫子の髪にベシャっとかかる。
「あっ、ごめんなさいお姉様……!! 私ってばうっかりして……」
そう言い、若葉は片手で口元を隠し、くすくすと意地の悪い笑みを浮かべる。
(……飲み物をかけられただけで、よかった……)
「私が拭いて差し上げるわ」
若葉はバッグからハンカチを取り出すと、撫子の頭を拭く、そしてそのまま自然な動作で手を滑らせると、首元を力強く拭き取ったのだ。撫子がハッとした時にはもう遅かった。
「あ、ごめんなさーい。首元の忌々しい呪いの痣が、見えちゃったわね」
若葉は周囲の視線を引くように、わざとらしく大きな声でそう言う。その声に、人々の視線は撫子に向く。撫子はバッと首元を手で隠す。
「なんだあの首元の痣は」
「ヒイッ……気持ち悪い」
「あれは呪いだ」
「悍ましいわ」
「どうしてあんな人人間種がここにいるんだ。早く出ていけ」
痣を見た者たちはみな口々にそう言い、撫子に冷たい視線を向け、嫌悪する。その突き刺さるような鋭い視線を四方八方から一斉に受け、撫子は息が苦しくなった。
「撫子……?」
その声に、撫子はゆっくりと後ろを向いた。そこには、今一番いてほしくなかった人物がいた。
「伊集院様……」
初めての夜会に、撫子はおとぎ話の世界にでも迷い込んだかのような気分だった。
夜会は吸血種達が主催するパーティーで、華族には出席義務があるという。今日のこの夜会は、華族の中でも極めて高貴とされる、伯爵以上の爵位を持つ、上級華族だけが参加することを許され、そのパートナーや番、またはその家族も、特別に参加が認められている。
公爵の爵位を持ち、伊集院家の美麗な当主であり、圧倒的なカリスマ性を誇る慧は、パーティーの花形。慧を見たものは、人間種も吸血種も関係なく、みな彼に魅了され、吸い寄せられるかのように近寄ってくる。その凄まじい迫力に圧倒されながらも、撫子は慧の隣に立っていたが、令嬢とはいえ使用人として育った撫子には、勉学の知識も社交の場での教養もほとんどなく、会話についていくことができず、早々に離脱し、テラスで一人風に当たっていた。
(伊集院様、すごかったな……なんか、別世界の人って感じがした)
慧は特に、吸血種からの人望が凄まじかった。仕事でも内密に作られた部隊の総司令官をしているくらいだから、吸血種としても、かなり優秀なのだろう。
(そういえば、伊集院様はどのランクの吸血種なんだろう)
思えば、聞いたことがなかった。
体が冷え込まないうちに、会場内に戻ろうと、テラスを出た時だった。
「きゃあ……!」
テラスに入ってこようとした女性と肩がぶつかり、撫子は倒れ込みそうになるも、なんとか堪えた。
「す、すいま__」
「もう来て早々最悪……」
女性は撫子の言葉を遮り、不機嫌そうにそう言う。
「大丈夫かい若葉?」
撫子の心の臓が大きく飛び跳ねた。嫌な音だった。
(若……葉…?)
「一心様〜この女がぶつかってきたのよ〜」
その甲高い甘ったる声に、撫子は身を縮こめた。
「あら……?」
自分に気づいたと思われるその声に、撫子が恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは思った通り、若葉だった。隣には、一心もいた。
「若葉……」
そうだ。一心は伯爵の爵位を持つ華族の吸血鬼だ。その婚約者である若葉も、この夜会に参加できるのだった。
(ということは、もしかして……)
いないでくれと心の中で願いながら、撫子が辺りを見回すも、その願いは虚しく散る。ホールの出入り口のところに、和子と遊馬の姿が見えた。二人は招待客達と談笑して、まだこちらには気づいていない。
突如、撫子の体は震え出し、声が出なくなった。
そんな撫子をお構いなしに、若葉は撫子を見て、グッと眉間に皺を寄せる。
「なんで……なんでお姉様がここにいるのよ。あんたは闇商人に売られて、吸血種の餌になったんじゃなかったの?」
(なんで、なんでこんなところで会ってしまうの……っ)
肩を振るわせ口を閉ざす撫子に、若葉は苛立ち、詰め寄る。
「なんとか言いなさいよね」
慧の屋敷にいて、蔑視とは無縁の世界で生きてこられたことで、自分はあの頃とは変わって、もう大丈夫だと思っていた。何を言われても、立ち上がれると。だが、家族を目の前にすると何もできなくなってしまう。逃げ出したくとも、この場から逃げることすらできない。
「そんな良いドレスまで着て……」
若葉は、自分が着ているドレスより、撫子が着ているドレスの方が高価な物だと思ったらしく、悔しそうに顔を顰めた。
「お前……そんな高価な宝石をどこで手に入れたんだ」
若葉の隣に立っていた一心は、興味深そうに撫子の胸元にあるジュエリーに目を向ける。
「一心様、この宝石、そんなに良いものなの?」
「ああ……まあ」
「あ! そっかぁ!」
若葉は閃いたというように、パチンと胸の前で手の平を合わせる。
「もしかしてお姉様、どこかの変態華族にでも愛人として、買われちゃったんじゃないの?」 それなら、お姉さまみたいな汚物がここにいる意味も分かるわ!」
「いや、それはないよ若葉。こんな一流の品は、例え上級華族だとしても、手を出せる価格じゃない。一体、いくら払ったんだ……」
若葉は、胸元のあるピンク色の宝石があしらわれたジュエリーを悔しそうに握り締める。その握り締められたジュエリーは、宝石商をしている一心から贈られたものだろう。
ドレスだけではなく、ジュエリーも自分より良いものを身につけていると知り、若葉はさらに機嫌を損ねた様子だ。
「何よ……っお姉様なんて、愚鈍で、忌々しい呪われた女じゃないっ!」
怒り叫ぶ若葉に、近くにいた者達の視線を向く。その視線に、若葉は何か思いついたのか、あのニヤリとした笑みを浮かべた。
撫子に緊張が走る。若葉は近くを通りかかったウェイターからドリンクをもらうと、撫子の頭上でグラスを逆さまにしたのだ。グラスの中に入ってドリンクは撫子の髪にベシャっとかかる。
「あっ、ごめんなさいお姉様……!! 私ってばうっかりして……」
そう言い、若葉は片手で口元を隠し、くすくすと意地の悪い笑みを浮かべる。
(……飲み物をかけられただけで、よかった……)
「私が拭いて差し上げるわ」
若葉はバッグからハンカチを取り出すと、撫子の頭を拭く、そしてそのまま自然な動作で手を滑らせると、首元を力強く拭き取ったのだ。撫子がハッとした時にはもう遅かった。
「あ、ごめんなさーい。首元の忌々しい呪いの痣が、見えちゃったわね」
若葉は周囲の視線を引くように、わざとらしく大きな声でそう言う。その声に、人々の視線は撫子に向く。撫子はバッと首元を手で隠す。
「なんだあの首元の痣は」
「ヒイッ……気持ち悪い」
「あれは呪いだ」
「悍ましいわ」
「どうしてあんな人人間種がここにいるんだ。早く出ていけ」
痣を見た者たちはみな口々にそう言い、撫子に冷たい視線を向け、嫌悪する。その突き刺さるような鋭い視線を四方八方から一斉に受け、撫子は息が苦しくなった。
「撫子……?」
その声に、撫子はゆっくりと後ろを向いた。そこには、今一番いてほしくなかった人物がいた。
「伊集院様……」

