冷血美麗な吸血種への嫁入り

ある、十三夜の月の日、寝室の鏡の前に立った撫子は、見慣れない自分の姿に、落ち着かなかった。

(これが、私……)

デコルテ部分は肌を見せ、妖艶さを出し、腕から腰までは繊細な白いレースの刺繍が施され、ウエストを締めるリボンとスカートは高級感溢れるゴールドのシルクで、スカートは裾の部分は広がりのある、三百六十度、どこから見ても美しいドレスだ。
撫子を象徴する長い黒髪は、高めの位置でお団子にし、上品さを演出した。耳元には、高価な真珠のアクセサリーを身につけている。
鏡を通し、慧と目が合う。慧は撫子を上から下まで見ると、満足げな笑みを口元に浮かべた。

「思った通りだ。可憐なお前に、よく似合ってる。……綺麗だ」
「あ、ありがとうございます……」

慧のストレートな褒め言葉に、撫子は頬を赤く染め、俯く。このドレスは、夜会に行くにあたって、慧が事前に選んでくれたものだ。慧は黒スーツに、撫子のドレスと合わせ、ゴールドのネクタイを結んでいる。胸元では、伊集院家の紋章でもある、蜘蛛のブローチが輝く。

「私はこのエメラルドのドレスが、いいと思うんですけどねー」

そう言い、ドレス店のオーナーの女性は、背中と肩が出る、華やかなドレスを撫子に合わせる。

「どう? 素敵でしょ? やっぱりこっちにしない??」
「却下だ」

撫子に押し売りをするドレス店のオーナーの女に、慧は即座にそう言う。

「えーどうしてですか。今の流行りなんですよ、こういうドレスは!」
「自分の花嫁に、そんな露出の多いドレスを着させる馬鹿がいるか。夜会には虫けらどもがうじゃうじゃいるんだ。そいつらの視界に入れさせるだけでも、虫唾が走るというのに……」

その言葉はまるで、撫子を他の男に見られたくないと言っているかのようだ。しかし、当の本人にはそのつもりはないようで、慧はいつものごとく無表情だ。

「わー旦那様ったら、独占欲全開じゃない……」

ドレス店のオーナーにぼそっとそう言われ、慧は赤い瞳を鋭く光らせる。

「戯言を言う暇があったら、次の客の元へ行った方がいい。出ないと、俺に斬り殺されるぞ」

そう言い、慧は懐にある鞘から、カチャッと剣を抜こうとする。それを見たドレス店のオーナーの女性は「ヒイッ」と悲鳴を上げると、荷物をまとめそそくさと出て行こうとするが、ふと、何かを思い出したかのような顔をして、撫子の横で足を止めた。撫子の耳元に、顔を近づける。

「旦那様ったら、眉間に皺を寄せながら、何着もドレスご覧になったんですよ。撫子様は、愛されていますね」

声を顰めそう言うと、ドレス店のオーナーの女性は撫子に向けウィンクをし、そそくさと寝室を出ていった。

(愛されている……私が、伊集院様に……?)

そんなはずがないと、撫子は首をぶんぶんと横に振る。

「撫子、こっちに来い」

鏡台の椅子に座るよう、慧に視線を促され、撫子は椅子に腰を下ろす。

「目を閉じろ」

後ろに立った慧にそう言われ、撫子は目を閉じる。慧は大きな四角いケースから何かを取り出す。撫子は胸元がひんやりとするのを感じる。

「いいぞ、目を開けろ」

撫子が目を開けると、鏡に映った自分の胸元、そこには、赤い宝石があしらわれたジュエリーがあった。

「綺麗……」

その美しさに、撫子は思わず呟く。鏡越しではなく肉眼で胸元を見ると、言葉では言い表せないくらいに美しいと思った。間違いなく、この宝石は今まで見たどんな宝石よりも高価だ。

「気に入ったか?」

笑みを浮かべながら撫子の肩に両手を乗せ腰を折り曲げた慧は、耳元で囁くようにそう問う。

「はい……」
「お前へのプレゼントだ」
「そんな、もらえません! ついこの間も、いただいたばかりですし……」

振り向いた撫子がそう言うと、慧は笑み浮かべたまま、撫子に前を向くように言う。

「遠慮なんてするな。俺がそうしたいんだ。それに、前に言ったはずだ。お前は俺の花嫁で、俺がすることは全て、お前が受けるべき当然の恵だと」

慧は撫子の胸元で光る宝石を指先で触れると、そのままデコルテから首筋を線をなぞるようにゆっくりと撫でる。その様子を、撫子は鏡越しに追う。慧の白く滑らかな指先が、撫子のあらわになっている肌に触れ、触れられたところから熱を持つかのように、火照っていく。くすぐったい感覚に、撫子の体はピクピクと動いてしまう。

(吐息が……伊集院様の吐息も、熱い……)

慧の吐息が耳元にかかり、撫子の鼓動は速まる。目を瞑ったまま、撫子に顔を近づけた慧は、片手を撫子の首元に添えると、デコルテに唇が触れるか触れないかくらいの距離を詰める。

「伊集院……さま……??」

慧は口を開け、牙を見せる。

__吸われる。

撫子はそう思い、息を呑むと、咄嗟にぎゅっと目を瞑った。しかし、牙が皮膚に食い込んでくることはなく。

「……」

(あれ……)

撫子が目を開けると、デコルテにちゅっとキスを落とされ、そのまま、牙を這わせながら首元にも、ちゅっとキスを落とされた。目を開けた慧は、サッと撫子から離れる。

「伊集院様……??」

困惑した様子で呼びかける撫子に、慧は背を向けると、喉を抑える。数秒そのままでいると、何事もなかったかのようにドアの前まで歩き、撫子に片手を差し出した。

「さあ、行こうか」

立ち上がった撫子は、ゆっくりと慧の元へ歩み寄ると、その差し出された手を取った。