認めさせてよ、この恋を。


きっと僕らは、
また出会う運命だったんだろうな。


***


ただでさえ今は人と離れたいのに、
新しい教室には、初めて見る面子が揃っていた。
その中に、妙に目につく同級生がいたが。
それは知らぬ振りをしておこう。

地元では田植えの頃となっているであろう時期。
新学年が始まってからの1ヶ月後という中途半端な時に
転校することとなった。
天気は快晴。なのに僕の心は晴れてはくれなかった。

「関西から来ました。
東雲凪です。
よろしくお願いします。」

ありきたりな自己紹介を済ませてから、

「はーい、みんなよろしくな。
質問とかはまた休憩時間にしろよー。
東雲はあの席で。」

先生が指差した席へと歩いて行く。
周囲の視線を感じて居心地が悪い。
その視線は期待なのか無関心の物なのかは分からない。

一番後ろの窓側の席。
僕にピッタリじゃないか。
端でひっそりとそこにいれば良い。

カバンを掛け、席に腰を下ろす。
先生が連絡事項をつらつらと話し始めた。
でも僕はそれを気にも留めず、窓の外に目をやる。

広い運動場。
その先には賑わった町。

(あそことはえらい違いやなぁ。)

外に見惚れていた僕は教室にいる生徒のことを一切気にしていなかった。
勿論、隣の席からの無言の視線にも。


***


3限の授業を終え、教科書を閉まった時だった。
8人程の生徒達が僕の机へと集まってくる。
彼らは本人のいない近くの椅子を持ってきて座る。
僕はその圧に押されて背を少しのけ反ってしまった。

「ねーねー東雲くんって関西のどこから来たの?」

目を輝かせてそう言われても

「てか東雲顔整ってんなー。」

圧が怖くて返せない。

「ね!すごい可愛い!」
「え?」

首を傾げ、可愛いと言った女生徒へと視線を移した。
顔のことはよく褒められるが可愛いかと聞かれれば自分の中では微妙だったし、反応に困る。

「こいつの隣に並んでも違和感ねぇもん。」

そう言い坊主頭の男子生徒は自分の座る席の机を指差した。

「本当に王子様みたいな顔ー。」
「けど顔以外も入れたら…王様に近いかも…?」
「ちょっと近寄り難いしねぇー。」
「でもかっこいいよね!せっかく同じクラスになれたんだから話したいな〜。」

女子達が話していて割り込みづらい。けど、聞きたくなった。

「ここの席の人…何ちゅー名前な」

「わー!関西弁だ!」
「生で初めて聞いた!」
「イントネーションが全く違うな!」

僕に話しかけているだけで会話を求めているわけではないのか。それとも興奮のあまり出てくるのだろうか。
キャッチボールが出来ていない。
数の勢力もあり、これまた居心地悪さを感じ始めた。
彼らは段々と僕の前で僕に聞かない話題を話し始める。何やら関西がどーたらこーたらと。

僕の顔が引き攣り始めた、その時だった。


「ここ、俺の席なんだけど。」


右側から声が聞こえた。
低くも高くもない声。
集まった生徒達の声ではないようだ。
さっきその席を指差した男子生徒が立ち上がった。

「_____あ、あぁ。悪ぃ悪ぃ。」
「もう授業始まるね。」
「教科書の準備しないと…」
「またな東雲〜。」

生徒達が離れて行く。
安堵を感じると共に、隣へと視線をやった。
おそらく隣の席の持ち主だろう。
そう思いつつ見てみれば彼はすでに座っていて、外を見ていたのか
視線が交わった。

数秒無言になってしまった。
彼はなぜだかは分からない。
でも僕の理由は明瞭だった。
あまりにも彼の顔が綺麗で見惚れていたんだ。

(めっちゃ綺麗やん…。)

短い金髪は日光で照らされて光っている。
肘を机に置いて顎を支えているだけの姿、
それだけで絵画になっていた。
茶色い瞳が僕のことを見つめている。

彼ははっとしたように目を見開いて、視線を逸らした。
それに対して、何故か僕は慌てて

「____ッねー、ありがとう。」

そう言えば彼は視線をまたこちらへやってから、顔を背けた。

「や。別に、お前のためじゃねぇし。俺が座りたかっただけだからな。」

「________さよか。」

少しだけ、顔を背けられたことに寂しさを感じた。


***


チャイムが鳴って、4限が始まった。
教科は地理。

机に教科書を並べるが
僕は一冊なのに対し、周囲は2冊。

(まぁ、使わんこと願っとこ。)

と思っていると、

「地図の教科書30ページでー
左側の説明文、〇〇から読んでください。」

それは僕が持っていない方の教科書。
さらに読む順番は僕の先の一番前。
流れ的に僕も読むこととなる。

確かあの地図の教科書はまだ用意できていないからと言われ渡されていないもの。
先生に言えば良いだけなのだろうが言い出しずらい。
焦っている間に前の席の子が読み終わりそうだった。

(どーしょ…。)

言うしかないかと思い決断が迫られた時、

机に教科書が置かれた。
視界の端から退いてゆく手を追えば隣の席。

(え…。)

驚く間もなく、前の席の子が読み終えた。
それに気付き最後に読んだ文を探し出し、次の文を読み始める。
僕の文を読み終えてから、ちょうどこの教科の本読みは終えた。

「では、それを踏まえて教科書の〜…」

先生が話し始めたタイミングで隣に目をやれば
彼は机の上で身を丸めて眠る素振りを見せている。
起こすものかと悩んだがおそらく本当に眠っているわけではないから、
体を傾けて彼の肩を叩いた。

「ごめん。ありがと助かったわ。」

「______勘違いするなよ。
寝るのに邪魔で置いてやっただけだからな。」

「____ん。」

返そうとした教科書は僕の机に戻した。
授業終わりでも良いだろう。
彼が眠ったふりをしたいようなのだから。


***


4限終了のチャイムが鳴り、クラスの生徒達は慣れているように椅子を持って、もしくは弁当箱だけを持って移動し集まっていく。
不意に隣へと視線をやると、彼は弁当箱だけを持って教室から出て行った。
他クラスに友達がいるのか、それとも違うところで食べるのか。

(仲良くなったわけでもないしなぁ…)

眉を下げて彼を見送ってから1人で食べようと思った時、

「一緒に食ってもいいか?」
「俺もー。」
「いいー?」

6人程の男子生徒がやってきた。
見たところさっきの休憩時間にやってきた者もいるよう。

「_____うん。かまへんよ。」

正直なところ、勿論1人で食べたい。
まだこの空気に溶け込めていないのだから。
ただ、周囲に1人だと思われるのは嫌だった。

「それそれ!」
「まじ面白かったよなー!」
「あの時耐えれなくて笑っちまったって〜。」

分かってたことだが、再び彼らは僕に関係のない話を僕の側で話している。
新学年が始まってからの何かについて話しているようだった。興味もないから僕は只々笑顔でそこにいる。
体は確かにここにあるのに
中身がすっぽり浮かんでいるような感覚。

(僕。ここおる意味あるんかな。)

箸の手を止めてふと窓の外を見た。
さっきまでの快晴はどこへやら。黒い雲が迫っていた。
陽の光もいつの間にか消え、教室の照明がより際立つ。

(________あの時と似とる雲やなぁ…。)

空に蔓延る、後に悪さをするだろう雲達。
それから発想されたある光景。

脳内に映るのは2つの棺桶。
それに人が集まっていたが、僕だけは一歩後ろにいた。



***



午後の授業も終え、先生からの連絡事項が始まった。
聞こえるのは先生の声、生徒達の騒ぎ立てる声、雨音。
それを終えてから重い足取りで階段を降りる。
靴箱で靴に変えて外を見つめ、

(あっ______傘持ってないやん…)

すぐ前に見える校門。
僕は立ち尽くしたままで、生徒達が次々と帰って行った。
靴箱の端の方で女子達がこちらを見て何か話していた。
それを一瞥してからまた視線を戻す。

コミュ障の僕からすれば雨を防ぐがために
赤の他人と同じ傘に入りたいとは思えなかった。
それなら濡れても走って帰った方がマシだったのだ。
しかし、この無駄に良く育った顔のお陰か誘われる事は今までも多い。望んでもない。
それに、

(あの子らの期待には応えれやんしな。)

覚悟を決めて、走って行こうと足を動かした時、


「傘ねーの?」

「え____」

傘をさして彼は靴箱から出た玄関の端にいた。

不思議と雨音が聞こえなくなった。
こちらを見る彼の顔に僕はまた見惚れる。
他者に見つめられる事はあっても自分がこれ程惹きつけられる人は初めてだった。
だから気づかなかったのだ。
問いかけに対して無言でいるままに。

「______じゃ」

一気に雨音が耳に入り込んできた。
彼が視線を落とし、歩き出そうとしてから

「あっちがっ__! えっと…」

彼は足を止めてこちらへと向き直った。

「かさ、持ってきとらんねん。」

「_______。」

彼は無言のままこちらへやって来て、傘の握り手を渡して来た。それをそのまま受け取る。

(僕が持ってってことかな。)

否、違った。彼は校門へと走り出そうとしたのだ。
それを咄嗟に僕は手を掴んで止めた。
彼が振り返りこちらへと向けているであろう視線を俯きながら感じた。

「ちゃう…。あの、もし嫌じゃなかったらさ、
_________一緒に帰らん?」

元来人にお願い事をするのが苦手だからか、
それとも彼だからなのか、
妙にその誘いを言葉にするのに恥じらいを感じた。

***

その後彼はそっぽを向いて頷き、
僕らは今、駅に向かって歩いていた。
家は駅方面だから構わないが、彼もそうなのだろうか。
何も言われずに歩き出したから少し不安が残っていた。

僕は渡された傘を彼に少し傾けて持っていた。
だが彼は僕よりも身長が高くて、、

「あっ、ごめん…」
「ん_____。」

これで2回目。
傘が何度も彼の頭部に当たってしまう。
意識していても自然と腕は落ちてくるもので、

「いっ___。」
「わごめん!」

ついに3回目。
彼の堪忍袋の緒が切れたのか、僕の手元から傘を取り上げた。
やってしまったという自責の念が渦巻き始めた。

「ご___」
「お前、家どこなんだ。」
「あえっと、駅のすぐ近くやで。
あそこのコンビニ曲がったらすぐ。」

そう言い僕は30メートルほど前のコンビニを指差す。
彼の顔をチラッと見れば僕の指差した方を見ていた。

「分かった。」

横顔を見つめていると、彼の左目の目元に小さなほくろがあった。
近寄り難いと言われる彼の秘密を知れた気がして、胸が跳ねた。
彼に気づかれぬようにそっと胸に手を当てる。

(____あかんのに…。)

気付けば先程指差したコンビニまで来ていて、彼はその角を自然に曲がった。

「あそこ。」

本当に曲がったらすぐにあり、僕は少し大きな古民家を指差す。
彼は玄関まで歩いてから、

「じゃ」

別れの言葉を口に出されそうになってから、
僕は慌てて抱いていた質問を口にする。

「あ待って!」

彼はゆっくりと体をこちらに戻した。

「ねぇ。名前。聞いてなかったから、教えて欲しい。」

僕は玄関にある段に登っているからか、彼よりも少し上の目線だ。
傘を差して上目遣いでこちらを見る君に、
やっぱり僕は惹かれていたんだなと感じた。

「______月白桃李。」

「____月白くん、席隣やよね。よろしく。」

なんだかしっくりきた。
だって、
月のように綺麗で白い肌によく映えていたから。 

「月白くんは家どこなん?」
「_______公園の近く。」
「え公園?!」

彼は声を小さくしてそう言った。
公園というのは既に通り過ぎた所。
それ程距離が離れているわけではないが、、、

「すまんな。ここまで送ってくれてありがとう。」
「____別に。歩きたかったから着いて来ただけだし。」

彼はこちらを見ていた顔を傘で隠した。

正直会話を続けたいと思ってしまった。
でも雨の中待たせるのも悪いし、切り上げようと思い立った時、

「凪?」

背後からは安心するようなか細い声が聞こえた。
月白くんは身を傾けて僕の後ろを見やる。
僕もそれにつられて振り返る。
今いる玄関の門から距離のある本当の家の玄関に、僕の家族が出て来ていた。

「じぃちゃん。」
「おかえりぃ。」
「うん、ただいま。」

「_________それじゃ。」

「あっ…」

彼はその場をすぐ去った。
彼の後ろ姿を見ていると、右肩がびっしょりと濡れていた。
右側は僕がいた反対側。

「なんや。優しい人っちゅーだけやん。」

どこかで彼の内面に疑いを持っていた。
行動は僕の助けになっても言葉や態度で距離を感じていたからだ。
そんなこと、あるわけ無かったのに。

彼はコンビニで曲がってすぐ消えた。
ただ、コンビニを曲がる際に見えた耳元が
少し赤く見えたのは気のせいだろうか。

「凪。さっきの子、友達か?」

じいちゃんは傘を差して僕の元まで歩いて来てくれた。
その傘に入って、僕らは整備された砂利を踏み歩いて行きドアを開く。

「うーん。どーなんやろか。まだ…違うかな。」
「そうか。友達はちゃんと大切にするんやで。」
「うん。」

そう言いじぃちゃんは家の奥へと進んで行った。
僕は腰を下ろし靴を脱ぐ。

じぃちゃんは決して悪意を持って言ったのではない。
絶対に。それは確信していた。
それでも、僕の心にはずっしりとのしかかった。

「大切にする。
月白くんには言わんよ。絶対に。」

脱ぎ終えた靴をピッタリとくっつけて並べ、
それを見つめる。

「僕が男の子好きって事は。」

じぃちゃんにも誰にも伝えず、
ただ自分にだけ言うように呟く。
僕は揃えた靴の距離をほんの少しだけ離した。


***

じいちゃんの元に行ってからじぃちゃんは鍋を抱えて見せて来た。

「かぼちゃスープ作ってん。飲もら。」
「_______うん!」

じぃちゃんは僕が男の人が好きなのを知っている。
自覚して一番最初に相談したのがじいちゃんだった。

「んー!おいしぃわー。」
「そーか。ぎょーさん作ったからいっぱいあるで。」

台所からそう声が聞こえた。
じぃちゃんは元々関西で住んでいたが
じぃちゃんの父、つまり僕のひぃじぃちゃんに当たる人物。彼が亡くなってから残されたこの家を守るために引っ越したのだ。

ふと、仏壇に置かれているものへと顔を向けた。
光を反射した2枚の写真に目をやる。


「ただいま。」