認めさせてよ、この恋を。



地元では田植えの頃となっているであろう時期。
新学年が始まってからの1ヶ月後という中途半端な時に
転校することとなった。
天気は快晴。なのに僕の心は晴れてはくれなかった。

「関西から来ました。
東雲凪です。
よろしくお願いします。」

ありきたりな自己紹介を済ませてから、

「はーい、みんなよろしくな。
質問とかはまた休憩時間にしろよー。
東雲はあの席で。」

先生が指差した席へと歩いて行く。
周囲の視線を感じて居心地が悪い。
その視線は期待なのか無関心の物なのかは分からない。

一番後ろの窓側の席。
僕にピッタリじゃないか。
端でひっそりとそこにいれば良い。

カバンを掛け、席に腰を下ろす。
先生が連絡事項をつらつらと話し始めた。
でも僕はそれを気にも留めず、窓の外に目をやる。

広い運動場。
その先には賑わった町。

(あそことはえらい違いやなぁ。)

外に見惚れていた僕は教室にいる生徒のことを一切気にしていなかった。
勿論、隣の席からの無言の視線にも。


***


3限の授業を終え、教科書を閉まった時だった。
8人程の生徒達が僕の机へと集まってくる。
彼らは本人のいない近くの椅子を持ってきて座る。
僕はその圧に押されて背を少しのけ反ってしまった。

「ねーねー東雲くんって関西のどこから来たの?」

目を輝かせてそう言われても

「てか東雲顔整ってんなー。」

圧が怖くて返せない。

「ね!すごい可愛い!」
「え?」

首を傾げ、可愛いと言った女生徒へと視線を移した。
顔のことはよく褒められるが可愛いかと聞かれれば自分の中では微妙だったし、反応に困る。

「こいつの隣に並んでも違和感ねぇもん。」

そう言い坊主頭の男子生徒は自分の座る席の机を指差した。

「本当に王子様みたいな顔ー。」
「けど顔以外も入れたら…王様に近いかも…?」
「ちょっと近寄り難いしねぇー。」
「でもかっこいいよね!せっかく同じクラスになれたんだから話したいな〜。」

女子達が話していて割り込みづらい。けど、聞きたくなった。

「ここの席の人…何ちゅー名前な」

「わー!関西弁だ!」
「生で初めて聞いた!」
「イントネーションが全く違うな!」

僕に話しかけているだけで会話を求めているわけではないのか。それとも興奮のあまり出てくるのだろうか。
キャッチボールが出来ていない。
数の勢力もあり、これまた居心地悪さを感じ始めた。
彼らは段々と僕の前で僕に聞かない話題を話し始める。何やら関西がどーたらこーたらと。

僕の顔が引き攣り始めた、その時だった。


「ここ、俺の席なんだけど。」


右側から声が聞こえた。
低くも高くもない声。
集まった生徒達の声ではないようだ。
さっきその席を指差した男子生徒が立ち上がった。

「_____あ、あぁ。悪ぃ悪ぃ。」
「もう授業始まるね。」
「教科書の準備しないと…」
「またな東雲〜。」

生徒達が離れて行く。
安堵を感じると共に、隣へと視線をやった。
おそらく隣の席の持ち主だろう。
そう思いつつ見てみれば彼はすでに座っていて、外を見ていたのか
視線が交わった。

数秒無言になってしまった。
彼はなぜだかは分からない。
でも僕の理由は明瞭だった。
あまりにも彼の顔が綺麗で見惚れていたんだ。

(めっちゃ綺麗やん…。)

短い金髪は日光で照らされて光っている。
肘を机に置いて顎を支えているだけの姿、
それだけで絵画になっていた。
茶色い瞳が僕のことを見つめている。

彼ははっとしたように目を見開いて、視線を逸らした。
それに対して、何故か僕は慌てて

「____ッねー、ありがとう。」

そう言えば彼は視線をまたこちらへやってから、顔を背けた。

「や。別に、お前のためじゃねぇし。俺が座りたかっただけだからな。」

「________さよか。」

少しだけ、顔を背けられたことに寂しさを感じた。


***


チャイムが鳴って、4限が始まった。
教科は地理。

机に教科書を並べるが
僕は一冊なのに対し、周囲は2冊。

(まぁ、使わんこと願っとこ。)

と思っていると、

「地図の教科書30ページでー
左側の説明文、〇〇から読んでください。」

それは僕が持っていない方の教科書。
さらに読む順番は僕の先の一番前。
流れ的に僕も読むこととなる。

確かあの地図の教科書はまだ用意できていないからと言われ渡されていないもの。
先生に言えば良いだけなのだろうが言い出しずらい。
焦っている間に前の席の子が読み終わりそうだった。

(どーしょ…。)

言うしかないかと思い決断が迫られた時、

机に教科書が置かれた。
視界の端から退いてゆく手を追えば隣の席。

(え…。)

驚く間もなく、前の席の子が読み終えた。
それに気付き最後に読んだ文を探し出し、次の文を読み始める。
僕の文を読み終えてから、ちょうどこの教科の本読みは終えた。

「では、それを踏まえて教科書の〜…」

先生が話し始めたタイミングで隣に目をやれば
彼は机の上で身を丸めて眠る素振りを見せている。
起こすものかと悩んだがおそらく本当に眠っているわけではないから、
体を傾けて彼の肩を叩いた。

「ごめん。ありがと助かったわ。」

「______勘違いするなよ。
寝るのに邪魔で置いてやっただけだからな。」

「____ん。」

返そうとした教科書は僕の机に戻した。
授業終わりでも良いだろう。
彼が眠ったふりをしたいようなのだから。


***


4限終了のチャイムが鳴り、クラスの生徒達は慣れているように椅子を持って、もしくは弁当箱だけを持って移動し集まっていく。
不意に隣へと視線をやると、彼は弁当箱だけを持って教室から出て行った。
他クラスに友達がいるのか、それとも違うところで食べるのか。

(仲良くなったわけでもないしなぁ…)

眉を下げて彼を見送ってから1人で食べようと思った時、

「一緒に食ってもいいか?」
「俺もー。」
「いいー?」

6人程の男子生徒がやってきた。
見たところさっきの休憩時間にやってきた者もいるよう。

「_____うん。かまへんよ。」

正直なところ、勿論1人で食べたい。
まだこの空気に溶け込めていないのだから。
ただ、周囲に1人だと思われるのは嫌だった。

「それそれ!」
「まじ面白かったよなー!」
「あの時耐えれなくて笑っちまったって〜。」

分かってたことだが、再び彼らは僕に関係のない話を僕の側で話している。
新学年が始まってからの何かについて話しているようだった。興味もないから僕は只々笑顔でそこにいる。
体は確かにここにあるのに
中身がすっぽり浮かんでいるような感覚。

(僕。ここおる意味あるんかな。)

箸の手を止めてふと窓の外を見た。
さっきまでの快晴はどこへやら。黒い雲が迫っていた。
陽の光もいつの間にか消え、教室の照明がより際立つ。

(________あの時と似とる雲やなぁ…。)

空に蔓延る、後に悪さをするだろう雲達。
それから発想されたある光景。

脳内に映るのは2つの棺桶。
それに人が集まっていたが、僕だけは一歩後ろにいた。



***



午後の授業も終え、先生からの連絡事項が始まった。
聞こえるのは先生の声、生徒達の騒ぎ立てる声、雨音。
それを終えてから重い足取りで階段を降りる。
靴箱で靴に変えて外を見つめ、

(あっ______傘持ってないやん…)

すぐ前に見える校門。
僕は立ち尽くしたままで、生徒達が次々と帰って行った。
靴箱の端の方で女子達がこちらを見て何か話していた。
それを一瞥してからまた視線を戻す。

コミュ障の僕からすれば雨を防ぐがために
赤の他人と同じ傘に入りたいとは思えなかった。
それなら濡れても走って帰った方がマシだったのだ。
しかし、この無駄に良く育った顔のお陰か誘われる事は今までも多い。望んでもない。
それに、

(あの子らの期待には応えれやんしな。)

覚悟を決めて、走って行こうと足を動かした時、


「傘ねーの?」

「え____」

傘をさして彼は靴箱から出た玄関の端にいた。

不思議と雨音が聞こえなくなった。
こちらを見る彼の顔に僕はまた見惚れる。
他者に見つめられる事はあっても自分がこれ程惹きつけられる人は初めてだった。
だから気づかなかったのだ。
問いかけに対して無言でいるままに。

「______じゃ」

一気に雨音が耳に入り込んできた。
彼が視線を落とし、歩き出そうとしてから

「あっちがっ__! えっと…」

彼は足を止めてこちらへと向き直った。

「かさ、持ってきとらんねん。」

「_______。」

彼は無言のままこちらへやって来て、傘の握り手を渡して来た。それをそのまま受け取る。

(僕が持ってってことかな。)

否、違った。彼は校門へと走り出そうとしたのだ。
それを咄嗟に僕は手を掴んで止めた。
彼が振り返りこちらへと向けているであろう視線を俯きながら感じた。

「ちゃう…。あの、もし嫌じゃなかったらさ、
_________一緒に帰らん?」

元来人にお願い事をするのが苦手だからか、
それとも彼だからなのか、
妙にその誘いを言葉にするのに恥じらいを感じた。

***

その後彼はそっぽを向いて頷き、
僕らは今、駅に向かって歩いていた。
家は駅方面だから構わないが、彼もそうなのだろうか。
何も言われずに歩き出したから少し不安が残っていた。

僕は渡された傘を彼に少し傾けて持っていた。
だが彼は僕よりも身長が高くて、、

「あっ、ごめん…」
「ん_____。」

これで2回目。
傘が何度も彼の頭部に当たってしまう。
意識していても自然と腕は落ちてくるもので、

「いっ___。」
「わごめん!」

ついに3回目。
彼の堪忍袋の緒が切れたのか、僕の手元から傘を取り上げた。
やってしまったという自責の念が渦巻き始めた。

「ご___」
「お前、家どこなんだ。」
「あえっと、駅のすぐ近くやで。
あそこのコンビニ曲がったらすぐ。」

そう言い僕は30メートルほど前のコンビニを指差す。
彼の顔をチラッと見れば僕の指差した方を見ていた。

「分かった。」

横顔を見つめていると、彼の左目の目元に小さなほくろがあった。
近寄り難いと言われる彼の秘密を知れた気がして、胸が跳ねた。
彼に気づかれぬようにそっと胸に手を当てる。

(____あかんのに…。)

気付けば先程指差したコンビニまで来ていて、彼はその角を自然に曲がった。

「あそこ。」

本当に曲がったらすぐにあり、僕は少し大きな古民家を指差す。
彼は玄関まで歩いてから、

「じゃ」

別れの言葉を口に出されそうになってから、
僕は慌てて抱いていた質問を口にする。

「あ待って!」

彼はゆっくりと体をこちらに戻した。

「ねぇ。名前。聞いてなかったから、教えて欲しい。」

僕は玄関にある段に登っているからか、彼よりも少し上の目線だ。
傘を差して上目遣いでこちらを見る君に、
やっぱり僕は惹かれていたんだなと感じた。

「______月白桃李。」

「____月白くん、席隣やよね。よろしく。」

なんだかしっくりきた。
だって、
月のように綺麗で白い肌によく映えていたから。 

「月白くんは家どこなん?」
「_______公園の近く。」
「え公園?!」

彼は声を小さくしてそう言った。
公園というのは既に通り過ぎた所。
それ程距離が離れているわけではないが、、、

「すまんな。ここまで送ってくれてありがとう。」
「____別に。歩きたかったから着いて来ただけだし。」

彼はこちらを見ていた顔を傘で隠した。

正直会話を続けたいと思ってしまった。
でも雨の中待たせるのも悪いし、切り上げようと思い立った時、

「凪?」

背後からは安心するようなか細い声が聞こえた。
月白くんは身を傾けて僕の後ろを見やる。
僕もそれにつられて振り返る。
今いる玄関の門から距離のある本当の家の玄関に、僕の家族が出て来ていた。

「じぃちゃん。」
「おかえりぃ。」
「うん、ただいま。」

「_________それじゃ。」

「あっ…」

彼はその場をすぐ去った。
彼の後ろ姿を見ていると、右肩がびっしょりと濡れていた。
右側は僕がいた反対側。

「なんや。優しい人っちゅーだけやん。」

どこかで彼の内面に疑いを持っていた。
行動は僕の助けになっても言葉や態度で距離を感じていたからだ。
そんなこと、あるわけ無かったのに。

彼はコンビニで曲がってすぐ消えた。
ただ、コンビニを曲がる際に見えた耳元が
少し赤く見えたのは気のせいだろうか。

「凪。さっきの子、友達か?」

じいちゃんは傘を差して僕の元まで歩いて来てくれた。
その傘に入って、僕らは整備された砂利を踏み歩いて行きドアを開く。

「うーん。どーなんやろか。まだ…違うかな。」
「そうか。友達はちゃんと大切にするんやで。」
「うん。」

そう言いじぃちゃんは家の奥へと進んで行った。
僕は腰を下ろし靴を脱ぐ。

じぃちゃんは決して悪意を持って言ったのではない。
絶対に。それは確信していた。
それでも、僕の心にはずっしりとのしかかった。

「大切にする。
月白くんには言わんよ。絶対に。」

脱ぎ終えた靴をピッタリとくっつけて並べ、
それを見つめる。

「僕が男の子好きって事は。」

じぃちゃんにも誰にも伝えず、
ただ自分にだけ言うように呟く。
僕は揃えた靴の距離をほんの少しだけ離した。


***

じいちゃんの元に行ってからじぃちゃんは鍋を抱えて見せて来た。

「かぼちゃスープ作ってん。飲もら。」
「_______うん!」

じぃちゃんは僕が男の人が好きなのを知っている。
自覚して一番最初に相談したのがじいちゃんだった。

「んー!おいしぃわー。」
「そーか。ぎょーさん作ったからいっぱいあるで。」

台所からそう声が聞こえた。
じぃちゃんは元々関西で住んでいたが
じぃちゃんの父、つまり僕のひぃじぃちゃんに当たる人物。彼が亡くなってから残されたこの家を守るために引っ越したのだ。

ふと、仏壇に置かれているものへと顔を向けた。
光を反射した2枚の写真に目をやる。


「ただいま。」


***


翌日。まだまだ慣れない学校へと登校した。
靴を脱ぎ上履きに変え、
階段を登り
廊下を歩いて
教室に着く。

そこに至るまで、男女問わず多くの生徒達の視線を浴びた。
転校生が来たと言う噂が一日のうちに広がったのだろう。
それも転校生がこの顔なら話が持ちきりになるはずだ。
目立つのが極めて苦手な僕からすれば居心地が悪くて仕方がない。

出来るだけ身を縮こませつつ教室のドアを開けた。
ガラララ
と音がなれば全員の視線がこちらに向けられた。
何人か見慣れない顔がある。他クラスから来た者だろうか。

「あれあれ!昨日話した王子様!」
「わほんとに顔いいじゃん。」
「目の保養だわぁ。」

小声で話されていても声が聞こえてくる。
聞こえていないとでも思っているのか。

真っ直ぐ歩いて行き、自分の席を見やると月白くんがスマホを触っている様子が目に入った。

(________昨日、ちょっとは仲良うなれた、よな…?)

僕は椅子を引いたと同時に彼に顔を向けた。

「おはよ、月白くん。昨日ありがとうな。」

「_______はよ。」

短い言葉でも、彼を少しだけだけど知れたからか、
嫌な気など一切起こらない。

(ほら、耳赤いやん。)


チャイムが鳴り、
君との距離が少しだけ近づいた一日が始まる。

***

月白くんを見ていて気づいたことがある。

1つ、月白くんも注目を浴びる側の人間なのだ。
休憩時間もそれこそ授業中にだって月白くんは色んな人の好奇の視線を浴びていた。言わずともがな僕も。

2つ、授業は真面目に聞いていない。
黒板を見ていても、何だかつまらないものでも見ているよう。それにあくびをして寝ている事も多々ある。

3つ、僕の方をよく見ては顔を赤くする。
よく目が合うのだ。僕はまぁ、気になって見ちゃう。けど目が合うってことは向こうも僕のことを見ていると言うこと。
チラッと見てみれば月白くんはこちらを見ていて、目が合えばすぐ逸らす。
短髪だからか、彼のその耳の赤いのは隠せていない。
僕と目が合って照れていることに、
少しだけ、気分が上がる。


***


そんなこんなでお昼の時間。
月白くんはまた教室を出ようと立ち上がった。
しかし、彼が教室から去ることはなかった。

「桃李〜いつもんとこ取られちったぁ〜。」

右のドアからの声。
みんながそちらを見ると同時に僕もそちらへと自然に顔を向ける。
月白くんもそちらを見ていた。

(桃李って、月白くんの…)

「うるせぇ。声でけぇよ。」

赤いような茶色のような、
そんな髪色で月白くんと同じぐらい整った顔立ち。
ドアからその生徒は月白くんの元へとやって来て、月白くんの椅子に手をつけた。
近くで見ると身長がかなり高く感じられた。
僕より高い月白くんよりも。

(月白くんの友達やろか、それにしても…)

仲がかなり良さそうだ。

「今日ここで食べようぜ!」

彼は月白くんの前の空席になった椅子に腰掛けた。
気にする素振りを何とか見せずに僕も昼食を始める。
隣の様子に押されてか、それとも興味が薄れたのか、嬉しいことに今日は誰も僕に声をかけることはなかった。

「だから言ったろ?あそこ行きたがるやつ多いから変えようぜって。」

「本当に来るとは思わねぇじゃん。
一年の棟戻りてぇ…。
_______ん?お前隣いてなかったくね?」

その生徒が僕をじっと見つめる。
何か言ったほうがいいのだろうか。
それとも知らぬ存ぜぬを通した方がいいのだろうか。
もしここで何か言えば盗み聞きだとか思われちゃうのではないだろうか。
僕の頭は悶々となる。

「______て」

「もしかして噂の転校生?!」

月白くんが言おうとしてくれた言葉を彼が遮った。
そこで僕はその生徒と目を合わせる。
どうすれば良いのか分からず頷いて返す。

「そっか〜君が〜…。確かに…。」

「え____?」

彼は椅子の背の部分に肘をついて頬を添えた。
背が高いが身を屈めて僕を見る。

「いやぁ、可愛いなぁって。」

「えっ、あっいやっ、えっと…」

僕の慌てる様子を見て彼は笑い出した。
やはりその言葉には反応しずらい僕は只々顔を赤くして俯くだけ。
こういうグイグイ来る人は対応の仕方に困って苦手だ。

「やっぱりかわ」

「おい困ってんだろ。黙って食え。」

やっと月白くんが割って入ってくれた。

(ありがとぅぅぅ…)

心の中で感謝を彼に叫ぶ。

「いやぁ、ごめんごめん。
あっそういや言ってなかったよな。
俺はこいつの親友の遊佐真琴 。よろしくな。」

「えっと。東雲凪、です。よろしく、遊佐くん。」

「ん。
いっつもこんな仏頂面だけど仲良くしてやってくれよ。
根っこはいいやつだから。」

「お前俺のこと言ってんな。ふざけんなっ。」

月白くんは遊佐くんにチョップをかまし、かまされた遊佐くんは「ははは!」と笑い出す。
そして思い出したかのような様子で、

「そういや桃李お前、女子の告白また振ったらしいじゃん。」

「_______なんで知ってんだよ。」

「昨日だろ?はっ。噂になってんぞー。」

「取り敢えず付き合ってみれば?後から好きになるかもしんねぇじゃん。」

「言ってろクズが。
そう言うのは、ほら、その、、、だめだろ!」

赤い顔でそんな綺麗事を言う君が、ひどく愛らしいと感じた。

「へいへい。どーっせ、お前はそういう奴だよな。
な!東雲くん!」

「えっとぉ……」

「…………ふんっ。」

月白くんは二度目のチョップを遊佐くんにかました。


***


その日から、僕らは3人でお昼休みを過ごすことになった。
2人といてる時は他の生徒に比べてともに過ごすことに苦痛を感じなかった。むしろ、楽しかった。
遊佐くんは話を広げてくれるからコミュ障の僕にとってはありがたかったし、無口な月白くんとも話すきっかけもいくらでも作れた。

仲良くなってから月白くんのことがよくわかった。いや、分かっていたけど確信がなかったから、断定できなかったのだ。そう、彼は、


ツンデレだ。




「ねぇの?貸してやるよ。」

筆箱や机上を探しても見つからない消しゴム。
忘れたのかと思い月白くんに貸して欲しいとお願いする前に彼から声がかかった。
空中まで伸ばされた腕。その手の下に僕の手を持っていけば彼は消しゴムを置いてくれた。

「えっ、ありがとう!でも何で分かったん?」

「いやまぁ、えっと、動きがでけぇんだよ。」

彼は頬を染めながらもそう言ってくれた。
前までは顔を逸らしていたのに、今は向き合ってくれている。

「そっか。ほんまおおきに。」

心を開いてくれる彼に、僕自身も心が開いていくのをよく感じられた。

消しゴムを動かす手を他所に、僕は視線を彼に向ける。

(月白くんってあれやな、仲良なったらキャラ変わるタイプや。)

初対面の印象とは大違い過ぎた。

例えば、


遊佐くんに驚かされたのを根に持ったのかシャーペンに入ってるシャー芯を抜いて反応を嘲るし、

・・・

「月白くん、何してるん?シャー芯抜いて。」

4限終了のチャイムが鳴り、月白くんは何か思いついたかのような顔をしてシャーペンの蓋を開け、中のものを出し始めていた。
僕の問いかけに彼は小さな悪戯っ子のような笑みで人差し指を口元に当てる。

「シーーー
まぁ見とけって。」

いつものように遊佐くんがやってきて月白くんの前の席の椅子を引いて座る。

「まじ原せんの授業つまねぇの。ってかあれ絶対ズラじゃねぇの。」

月白くんが悪意たっぷりの表情で一枚の紙とさっき抜いたシャーペンを渡した。

「なぁ真琴。東雲がお前の漢字知りてぇんだとさ。」

(あっえっぼく?!)

遊佐くんは僕の顔を見ても怪しむことなくそれらを手に取った。

「お?いーよいーよ。えっとね〜。」

カチカチカチカチ

普通なら2.3回で出て来る芯が出てこない。

「ん?」

まぁそんなこともたまにある。僕だって。
けれどもこれは意図的なもの。

カチカチカチカチカチカチカチカチ

「あれ、出ねぇ…」

カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

いつまで経っても出てこないシャー芯。
遊佐くんに段々と苛立ちが募っていくのを感じる。
視界の端で体がプルプルと震えていて、おそるおそる見やると口を押さえて耐えている月白くん。
でも我慢も限界みたいで、

「ふっ、はははっ!
ざまぁみやがれバカ真琴!
俺にあんなことするからだっつーの!」

なんともしょうもない嫌がらせ。

・・・

それに、
ちょっと褒めたらすぐ照れる。それか調子に乗り出す。

・・・

「月白くんの爪、えらい綺麗な縦爪やなぁ。
形めっちゃ綺麗やん。」

「え?あ、
そ、そうか?
別に、何もケアとかしてねぇけど…」

英語の授業で、隣の子と文を読み合う機会がよくある。
今もそれ。
そして、教科書を握る彼の手にはハンドモデルさんもびっくりなほど美しい爪が並んでいた。
それを褒めると、彼は口をとんがらせてそっぽを向く。
だがそんなことはどうだって良い。本当に綺麗で見惚れてしまう。
僕はその爪を凝視する。

「綺麗やなぁ…」

周りのペアはもう読み終えたらしかった。
そして耐えかねた月白くんが持ち上げていた教科書を下げ、僕と顔を合わせた。

「……東雲…ペアワーク、終わりだって。」

僕は彼を見上げ、耳まで真っ赤な彼と目が合った。
今までで一番近い距離で。

「あっ、ええごっごめん!」

僕は直ぐに座り直し、黒板へと向く。

「_____で、ここに______」

先生から放たれている言葉は僕の鼓動で掻き消されていた。

***


とまぁ、
初対面とは違い、彼の本当の面を知ることができた。

(なんか、)



「かわいいな。」


「____________え?」


僕は咄嗟に口を押さえた。
その言葉を僕の口から放たれたのか知りたくて。
しかしそれは僕からではなかったようだ。

「その卵焼き。」

気付けばもうお昼時間。
目の前にあるのは僕のお弁当。
そしていつものメンツ。
声が聞こえた隣を見ると、月白くんが僕の卵焼きを指差して側に寄っていた。

「っあー!えっと、、
今日はじぃちゃんが朝から畑仕事やったから、自分で作ったんよ。」

遊佐くんと月白くんが僕の弁当箱を覗き、
ハート型に揃え、胡麻と海苔で顔を描いた卵焼きを見つめていた。

「なんか色俺のとちげぇな。俺のだし巻き〜。」

「俺の砂糖。」

「えっ?!砂糖?!」

僕は驚いて月白くんの弁当箱を覗いた。
その時、月白くんと頭がぶつかりそうになったが良い感じに避けてくれたようだった。

「砂糖入れるのもあるんやぁ。僕の醤油やで。」

「「醤油?!」」

遊佐くんが人差し指を出して、何だか可愛らしく振る舞い始めた。

「東雲く〜ん。ひ・と・つ・卵焼き欲しぃなぁ〜。交換しよ〜。かっこハート。」

一々言葉で『かっこハート』なんて言うんだから本人も自覚しているんだろうな、なんてことをぼんやりと思い、弁当箱を差し出した。

「ええよ。」

遊佐くんはウキウキで僕の卵焼きと遊佐くんのを交換した。

「ありがと〜ん。かっこハート。」

それはそうと、僕は月白くんのに興味津々だった。まぁ、確かに砂糖入りっていうのも気になるけど。
自分から切り出すのは少し恥ずかしくもある。だって普段こんなこと言わないのだから。

「_____月白くん。」
「_____東雲。」

「「あ─────。」」

顔を見合わせて固まる僕ら2人に痺れを切らしたのは遊佐くんだった。

「もー何なのお前ら!」

遊佐くんは月白くんの弁当箱を取り上げて箸を突っ込み、同じく僕のにも突っ込んだ。

「これでいいだろ?!
そろそろどっちかは素直になれっての!」

僕の弁当箱には新しく、程よい焼き目のついた卵焼きが現れた。

「あっ、ありがと!月白くん。遊佐くんも。」

月白くんも同じく弁当箱を見つめていた。

「うん。俺も、ありがと。」

彼の優しい笑みにやられたのは恐らく僕だけじゃなく、僕らの真逆の教室の端に集ってこちらの様子をチラチラと見ていた女子達もだろう。

月白くんの砂糖入りの卵焼きを頬張ると、見かけによらず柔らかかった。そして甘い。
見た目は焼き色のお陰で硬めに見えたのに、
中身は柔らかくて、優しい味だった。





***



放課後、僕は隣に掛けられた鞄を手に取る。隣の月白くんはまだ座っていて、教科書を整えていた。
けど、僕らは一緒に帰らない。
放課後、月白くんは直ぐに帰らずに何処かに行っている。それも1人で。
だから今日も挨拶をしてから教室を去ろうと思ったが、

「なーなー東雲ー!」

「_______っな、なに?」

僕の机にクラスのムードメーカーであろう坊主頭の生徒がやって来た。
最近はずっと月白くんと一緒だったから接し方が分からなくなってしまっていた。

「もーすぐ中間始まるからさ、明日の放課後、ファミレスで東雲の歓迎会しようぜ!」

「え?」

彼の後ろにはクラスの大多数の生徒達が集っていた。

おそらく、
僕の歓迎会なんて名ばかりで、新クラスとなって1ヶ月しか経っていないクラスの子達と話せる機会に胸躍っているのだろう。

(なら僕がしやなあかんことは…)

僕は“もうこのクラスに馴染めました”という思いを込めた笑顔で、

「うん!もちろん!」

(どう?心ん中でガッツポーズ決めてんとちゃうん?)

何てことを考え、皆んなの様子を伺ってから心の内で胸を撫で下ろす。

「まじ?!じゃあ」

「なぁ。」

その声と2歩程の足音が教室に響き渡る。
彼は僕の机にそっと手を置いて、

「俺も行っていい?」

数秒の沈黙。
皆が思っただろう。

『普段距離を作りたがる月白が自分から名乗り出た』

それを受け止めた後、教室がわっ!と騒がしくなる。

「え?!まじ?!」
「月白くん来てくれるの?!」
「うれしぃー!」
「もちろんウェルカムだってー!」

月白くんは了承を得ると、バッグを持ってそそくさと教室を去っていく。なのに教室はまだ騒がしい。
僕だけがまだその喜びを受け止められていなかった。