久登先輩に初めてワクワクマンシールをあげた週末、土曜日。この日、俺は駄菓子屋の雪かきをしてから、店番をしていた。
この店は市内の中心地にあるけど、冬は人気がない。近くの商店街と違ってアーケードがないから、どうしても客足が遠のく。
ただ、今日はいつもと少し違った。
俺の右隣には、久登先輩がコタツに入っている。ここにいるのが当然です、みたいな顔して、ワクワクマンシールを引いていた。
「ねぇねぇ、ちぃちゃん! 座敷童子が出た! この子ってレア⁉︎」
何個目か分からない袋を開けて、久登先輩は期待に満ちた目を向けてくる。
ワクワクマンシールは、色と形でレア度が決まる。
ノーマルは白背景で、ちょいレアまではダイヤ型。レア度が上がるにつれて色は派手になって、形も丸や星型に進化する。
久登先輩の座敷童子は、紫のダイヤ型。
「その子は、ちょいレアですね」
「じゃあ、この子は?」
「そっちの子は……まあまあ」
「ふーん、じゃあこっちの子は?」
「その子はノーマル」
引く前に詳しく教えたから、頭の良い久登先輩ならもうレア度について把握してるはずだ。なのに、随分と楽しそうに見せてくるものだから、俺も釣られて判定してしまう。
でも、こうして同じ空間で一緒に引くのは、なんか落ち着いた。
久登先輩が趣味を受け止めてくれて、隣で楽しんでくれているからか。少し、にいちゃんの安心感に似てる……って思ったその時、ふと久登先輩の時間が気になった。
「久登先輩、今日は予備校遅れないようにしてくださいよ」
先週のことを思い出しながら、新しい袋を開ける久登先輩をチラ見する。
「またにいちゃんの電話で、居留守させられるのは勘弁してほしいです」
「あははっ。大丈夫だよ。今日は休みの連絡入れたし」
「休んだんですか?」
なら、駄菓子屋にいる意味が分からない。久登先輩は土曜の予備校前に、ここに寄るからだ。
「うん。雪ひどいし」
「なら、ここにも来ちゃだめじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどぉ〜。……ちぃちゃんとワクワクマンシール引きたかったんだよねぇ」
久登先輩はいじけた子どもみたいに唇を尖らせて、指先をもじもじさせる。
「……そんな理由で来たんですか?」
「うん。だって、せっかくブラウニーもらったし。自分で引いて、ちぃちゃんと早くシール交換したかった」
「そんなに……ですか」
「うん、そんなにだよ」
それほどハマってくれたのだろうか。そう言ってもらえて、じわじわと胸に温かいものが広がっていく。
いや、だからって出歩けるのに、予備校サボるのはどうかと思うけど。
「あっ! そうそう、忘れてた」
久登先輩はふと何かを思い出したらしい。スマホをいじり始めた。
「見てこれ。カラオケとのコラボだって。知ってた?」
そう言って、スマホをコタツに置いて見せてくれたのは、『ワクワクマンチョコクランチ・バレンタインコラボ』の文字。
人気キャラをイメージしたフードやドリンクなどが表示されていた。
その中でも、一際釘付けになってしまったのは、コラボシールだ。メニュー下に、マイクで歌う妖精や妖怪のイメージ画像が並んでいる。
「知らないです! え、やばい。めっちゃ可愛い。てか、絶対欲しい」
つい口から欲望が垂れ流しになってしまった。
それだけじゃない。俺はいつの間にか、久登先輩のスマホを持って、捲し立てるように喋っていた。
「あっ。フードまたはドリンク頼んだら、限定シール1枚もらえるんだ。でも、絵柄10種にシークレット1種。しかもランダムってきつくないか。バレンタイン当日までってことは、あと2週間って、無理ゲーじゃん。もっと早く知りたかった!」
言い終えて、ようやく自分の状況を把握した。久登先輩を見れば、驚いたように目を丸くしている。
「すみません……これ」
おずおずと、スマホを返す。何度、悪癖を晒したら気が済むんだろう。穴があったら、入りたい。
でも、久登先輩は表情を緩めるだけだった。
「ちぃちゃんってさ、和久のこと以外でも早口になるんだね?」
「あ……えと、はい。なんか、すみません」
好きなものになると、意図せず早口になる。
人前で出ないようには気をつけているのに、久登先輩といるとどうも気が緩んでしまう。一番、イジってきそうな人なのに。
「謝らないでよ。ちぃちゃんが楽しそうなの、嬉しいから」
「そうなんですか?」
「うん。好きなものがあって、それに一直線なの、凄くいいと思う」
そこを褒められるとは思わなくて、なんか耳がむずむずした。
「ありがとう…ございます?」
「だからさ、よかったら一緒に行かない?」
久登先輩の提案に、俺は目をぱちくりさせた。
「一緒にですか?」
「うん。一緒に。二人でなら、すぐに集まりそうじゃない?」
「たしかに……?」
だけど、後輩の俺なんかとカラオケ行って、楽しくないんじゃ? と思った。
だって、先輩的には、きっとにいちゃん来た方が楽しいだろうし、俺は二人の恋路を応援しなきゃいけない。
いや、積極的に応援するのはちょっと憚られるけど、にいちゃんもワクワクマンシールを普通に集めてるし、三人で行くのがベストじゃないか。
だけど、良かれと思って「にいちゃんも呼びます?」って聞いたら、「やだよ」と即答されてしまった。
「え……? 今、なんて?」
「やだ。ちぃちゃんと、二人っきりがいい」
久登先輩はそう言い直して、じっと見つめてくる。こんなイケメンにそんな風に言われたら、いくら同性でもキュンとしかけるじゃないか。
俺はごくり、と唾を飲んだ。
「お、俺と二人がいいんですか……?」
「うん。ちぃちゃんはにいちゃんの親友となんて、気まずいかもだけど。和久は甘い物が苦手だし、少食だから無理もさせらんないでしょ?」
久登先輩は、物凄く穏やかな口調でそう言う。
あぁ、なんだ。にいちゃんを思って……。
危ない危ない、勘違いするところだった。いや、何をって感じだけど。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「まぁ、たしかに」
「でしょ? ……ほら、この座敷童子と、ちぃちゃんが引いたコロポックル交換してあげるから」
「えっ⁉︎ 待って。そのシールじゃレートが合わないですけど! 交換なら、これとこれ、これもつけないとダメです」
俺は『まあまあ』なシールを、三枚並べた。すると、久登先輩がくすくす笑う。
「ちぃちゃん、これはあえてしてるんだよ」
「あえて……?」
何があえてなのか分からなくて、しばしぽかんとした。その隙に、まあまあなシールではなく、コロポックルだけが攫われていく。代わりに、俺の前には座敷童子がやってきた。
「俺のコロポックル……」
名残惜しく呼ぶも、久登は返してはくれない。
「明日の朝11時に、駅前集合ね! 交換は成立したから、意義は申し立てできませーん」
「えっ、今のは反則ですよ!」
「ちぃちゃん、俺の方がレア度高いものを交換したんだから、これくらい受け入れてもらわないと」
「えぇ?」
「……てなわけで、明日のデート楽しみだなあ〜」
久登先輩の冗談めかした声が、静かな店に響く。
今しがたキュンとしかけた俺の心臓は、デートという単語でエラーを起こしたらしい。なぜかドクドクと、うるさいくらい動悸がする。
いやいや、なんでだよ。
イケメンって無自覚で人をたらし込もうとするから、怖い。
さっきまで心地よかったのに、どうしようもなく落ち着かなくなった。
足を動かしたら、正方形の狭いコタツの中で、久登先輩の膝と当たる。余計にそわそわして、仕方がない。
「さーて、次のシール引こうかな〜」
呑気に笑う久登先輩が憎たらしく思えた。
この店は市内の中心地にあるけど、冬は人気がない。近くの商店街と違ってアーケードがないから、どうしても客足が遠のく。
ただ、今日はいつもと少し違った。
俺の右隣には、久登先輩がコタツに入っている。ここにいるのが当然です、みたいな顔して、ワクワクマンシールを引いていた。
「ねぇねぇ、ちぃちゃん! 座敷童子が出た! この子ってレア⁉︎」
何個目か分からない袋を開けて、久登先輩は期待に満ちた目を向けてくる。
ワクワクマンシールは、色と形でレア度が決まる。
ノーマルは白背景で、ちょいレアまではダイヤ型。レア度が上がるにつれて色は派手になって、形も丸や星型に進化する。
久登先輩の座敷童子は、紫のダイヤ型。
「その子は、ちょいレアですね」
「じゃあ、この子は?」
「そっちの子は……まあまあ」
「ふーん、じゃあこっちの子は?」
「その子はノーマル」
引く前に詳しく教えたから、頭の良い久登先輩ならもうレア度について把握してるはずだ。なのに、随分と楽しそうに見せてくるものだから、俺も釣られて判定してしまう。
でも、こうして同じ空間で一緒に引くのは、なんか落ち着いた。
久登先輩が趣味を受け止めてくれて、隣で楽しんでくれているからか。少し、にいちゃんの安心感に似てる……って思ったその時、ふと久登先輩の時間が気になった。
「久登先輩、今日は予備校遅れないようにしてくださいよ」
先週のことを思い出しながら、新しい袋を開ける久登先輩をチラ見する。
「またにいちゃんの電話で、居留守させられるのは勘弁してほしいです」
「あははっ。大丈夫だよ。今日は休みの連絡入れたし」
「休んだんですか?」
なら、駄菓子屋にいる意味が分からない。久登先輩は土曜の予備校前に、ここに寄るからだ。
「うん。雪ひどいし」
「なら、ここにも来ちゃだめじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどぉ〜。……ちぃちゃんとワクワクマンシール引きたかったんだよねぇ」
久登先輩はいじけた子どもみたいに唇を尖らせて、指先をもじもじさせる。
「……そんな理由で来たんですか?」
「うん。だって、せっかくブラウニーもらったし。自分で引いて、ちぃちゃんと早くシール交換したかった」
「そんなに……ですか」
「うん、そんなにだよ」
それほどハマってくれたのだろうか。そう言ってもらえて、じわじわと胸に温かいものが広がっていく。
いや、だからって出歩けるのに、予備校サボるのはどうかと思うけど。
「あっ! そうそう、忘れてた」
久登先輩はふと何かを思い出したらしい。スマホをいじり始めた。
「見てこれ。カラオケとのコラボだって。知ってた?」
そう言って、スマホをコタツに置いて見せてくれたのは、『ワクワクマンチョコクランチ・バレンタインコラボ』の文字。
人気キャラをイメージしたフードやドリンクなどが表示されていた。
その中でも、一際釘付けになってしまったのは、コラボシールだ。メニュー下に、マイクで歌う妖精や妖怪のイメージ画像が並んでいる。
「知らないです! え、やばい。めっちゃ可愛い。てか、絶対欲しい」
つい口から欲望が垂れ流しになってしまった。
それだけじゃない。俺はいつの間にか、久登先輩のスマホを持って、捲し立てるように喋っていた。
「あっ。フードまたはドリンク頼んだら、限定シール1枚もらえるんだ。でも、絵柄10種にシークレット1種。しかもランダムってきつくないか。バレンタイン当日までってことは、あと2週間って、無理ゲーじゃん。もっと早く知りたかった!」
言い終えて、ようやく自分の状況を把握した。久登先輩を見れば、驚いたように目を丸くしている。
「すみません……これ」
おずおずと、スマホを返す。何度、悪癖を晒したら気が済むんだろう。穴があったら、入りたい。
でも、久登先輩は表情を緩めるだけだった。
「ちぃちゃんってさ、和久のこと以外でも早口になるんだね?」
「あ……えと、はい。なんか、すみません」
好きなものになると、意図せず早口になる。
人前で出ないようには気をつけているのに、久登先輩といるとどうも気が緩んでしまう。一番、イジってきそうな人なのに。
「謝らないでよ。ちぃちゃんが楽しそうなの、嬉しいから」
「そうなんですか?」
「うん。好きなものがあって、それに一直線なの、凄くいいと思う」
そこを褒められるとは思わなくて、なんか耳がむずむずした。
「ありがとう…ございます?」
「だからさ、よかったら一緒に行かない?」
久登先輩の提案に、俺は目をぱちくりさせた。
「一緒にですか?」
「うん。一緒に。二人でなら、すぐに集まりそうじゃない?」
「たしかに……?」
だけど、後輩の俺なんかとカラオケ行って、楽しくないんじゃ? と思った。
だって、先輩的には、きっとにいちゃん来た方が楽しいだろうし、俺は二人の恋路を応援しなきゃいけない。
いや、積極的に応援するのはちょっと憚られるけど、にいちゃんもワクワクマンシールを普通に集めてるし、三人で行くのがベストじゃないか。
だけど、良かれと思って「にいちゃんも呼びます?」って聞いたら、「やだよ」と即答されてしまった。
「え……? 今、なんて?」
「やだ。ちぃちゃんと、二人っきりがいい」
久登先輩はそう言い直して、じっと見つめてくる。こんなイケメンにそんな風に言われたら、いくら同性でもキュンとしかけるじゃないか。
俺はごくり、と唾を飲んだ。
「お、俺と二人がいいんですか……?」
「うん。ちぃちゃんはにいちゃんの親友となんて、気まずいかもだけど。和久は甘い物が苦手だし、少食だから無理もさせらんないでしょ?」
久登先輩は、物凄く穏やかな口調でそう言う。
あぁ、なんだ。にいちゃんを思って……。
危ない危ない、勘違いするところだった。いや、何をって感じだけど。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「まぁ、たしかに」
「でしょ? ……ほら、この座敷童子と、ちぃちゃんが引いたコロポックル交換してあげるから」
「えっ⁉︎ 待って。そのシールじゃレートが合わないですけど! 交換なら、これとこれ、これもつけないとダメです」
俺は『まあまあ』なシールを、三枚並べた。すると、久登先輩がくすくす笑う。
「ちぃちゃん、これはあえてしてるんだよ」
「あえて……?」
何があえてなのか分からなくて、しばしぽかんとした。その隙に、まあまあなシールではなく、コロポックルだけが攫われていく。代わりに、俺の前には座敷童子がやってきた。
「俺のコロポックル……」
名残惜しく呼ぶも、久登は返してはくれない。
「明日の朝11時に、駅前集合ね! 交換は成立したから、意義は申し立てできませーん」
「えっ、今のは反則ですよ!」
「ちぃちゃん、俺の方がレア度高いものを交換したんだから、これくらい受け入れてもらわないと」
「えぇ?」
「……てなわけで、明日のデート楽しみだなあ〜」
久登先輩の冗談めかした声が、静かな店に響く。
今しがたキュンとしかけた俺の心臓は、デートという単語でエラーを起こしたらしい。なぜかドクドクと、うるさいくらい動悸がする。
いやいや、なんでだよ。
イケメンって無自覚で人をたらし込もうとするから、怖い。
さっきまで心地よかったのに、どうしようもなく落ち着かなくなった。
足を動かしたら、正方形の狭いコタツの中で、久登先輩の膝と当たる。余計にそわそわして、仕方がない。
「さーて、次のシール引こうかな〜」
呑気に笑う久登先輩が憎たらしく思えた。

